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先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
一章 厄災の帰還
13/56

第四話 霊樹・サクラ誕生

続、投稿実験中。

 ◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇

         ◇◇【????樹海・渓谷/中層】◇◇



 先生、どこにいるの?

 ほら、出ておいでよ。


「るーるるるー」


 声は耳元でするのに、先生の姿は見えず。

 おかしい。

 いくら存在感が薄い先生とはいえ、薄暗いこの景色にあの白さは同化しないはずだ。


『う、うおぉう。やめてください。北のほうの国経由でごんぎつねまで思い出しちゃったじゃないですか。僕、あの作品はトラウマなんです。ああっ、もう! そこは懐に忍ばした栗が弾に熱せられて奇跡的に爆発反応装甲な効果を発揮、威力を相殺し九死に一生を得た、とかじゃダメだったんですかね!?』


「いや、あの作品の作者が発表当時爆発反応装甲の仕組みを知ってたら、日本史が少し変わっちゃうよ。あと、弾を相殺するほどの勢いで栗が弾けたらごんの懐も無事じゃ済まないよね? そういえば、今年のごんぎつね。死角から撃たれた兵十の弾を、ごんが振り向きもせずに指で弾いたどんぐりで撃ち抜いたらしいね? で、その後も二人は様々な戦場で出会っては何度も死闘を繰り広げる。けれど、最後には争いの不毛さを悟って和解。回覧板に『ワ・ヲ・ン』と書き込むと依頼を引き受けてくれるシティ狩人ハンターになって大活躍した。……って話を低学年の子から聞いたよ。僕らが習ったごんぎつねと一部内容が違うんだけど?」


『銃声にビックリして硬直したごん。ニュートンのゆりかごよろしく、ヒットした弾の衝撃はごんの身体を上手く伝わり抜けて、代わりに背負っていた籠のどんぐりや栗が飛び散った。二人はその不思議体験によって科学に目覚める。研究に研究を重ね、ついに亡くなったお母さんたちを人体錬成で甦らさせることにしました。めでたし、めでたし。……これになにか不満でも?』


「そのごんぎつねの授業をしたことで、僕ら生徒が亡くした親や戦友の人体錬成を目指したらどうする気だったの? あの漫画を読んでいなかったら悲劇が生まれていたところだよ。って、だから先生はどこにいるのさ?」


『その場に僕はいませんよ。僕は今、バカどもによって倫理委員会に突き出されている最中です。あ、この会話、彼らにも聞かれていますので、言動には気をつけてください。僕の担任教師としての立場が危うくなる。この通話はね、互いの耳の中の空間をほんの少し共有して、お互いに聞こえているものを拾っているんですよ。視覚も同様ですがこっちは混乱させるので、僕だけ拾わせてもらっています。キミを転移させるときに仕掛けておきました』


「え。ちょ、ちょっと待ってよ! 困る。それは困るよ? プライバシーの侵害だ。トイレとかどうすんのさ。先生や倫理委員会にライブ中継しなきゃいけないの?」


 その仕様は、あの悪夢『紅花摘み事件』を再現しかねないぞ。


『二の轍を踏むはパイオニアに非ず! そのときがきたら、いちいち言わなくてもいいので通信を切ってください。意識すればできますから。もしくは、携帯端末デバイストリガーのアプリ『異世界転生』を起動。メニューを開いて一番下にある『設定』を選択。設定項目から『リンクサポート』をクリック。リンクサポート済みになっている『ポルティオン』を左にスライドして、『通信』を『オフ』にしてください。あ、大丈夫。オフにしたままでも、緊急通信を受けたときには設定変更の提案ウインドウが開きます。着信履歴もつきますよ』


 それなら安心だ。

 今後、活用させてもらう。

 えっと、携帯端末デバイストリガーのアプリ『異世界転生』を起動して、それからメニューの……。


『マスターコード入力。アイ・ハブ・コントロール。『通信/オン』! ついでに『設定/ロック』! トドメに『パスワード変更/○○○○○』! 今、切ってどうするんです。話ができないでしょうが!』


 ちょっ!?


「あ、そうだ! 先生。もう一つ心配事があるんだ。結構ガチな話。勢いで来ちゃったけれど、僕ら地球人って世界樹が発生させている気が存在しない場所では生きていけないって設定があったよね? 地球離れたら衰弱死するハズでしょ? 今はもう収まっているけど、来たときに少し眩暈があってさ」


『ああ、それも大丈夫ですよ。世界樹が樹界に供給している気の正体は、そっちから混入してくる神気マナですから。その眩暈は普段無意識に存在を捉えていた世界樹がそっちに存在しないからだと思いますよ。指針を失って方向感覚に違和感が出ているんでしょうね。そのうち慣れますよ』


 確かに樹界で探索中に迷ったことはないけど。

 奥へ向かう方角も、帰る方角も、自然とわかっていた。

 あれ?

 もしかして。

 その感覚を鍛えれば、真っ直ぐに世界樹がいる場所に辿りつけるんじゃ……。


 まさか異世界で世界樹探索の解決法を見つけてしまうとは。


 ここではその感覚がない。

 初めての感覚だ。

 なんか心細い。


 おおっ。

 僕は今、異世界にいるんだって実感が出てきた。

 このゾクゾク。

 これぞ冒険って感じがする!


「そっか! こっちの気ってちょっとピーキーだけど、むしろ調子はいい感じなんだ。いっそのこと、世界樹に好きなようにさせて、地球人全員でこっちに来たらどうなの?」


『いやいやいや。異世界転移をナメちゃダメですよ。さすがにその規模を転移させるのは無理。そこまでする義理もないですし。キミ一人を身体ごと転移させるのに、どれだけ世界の余剰を消費したと思います? あれだけあったら、地球の最終決戦に僕が直接介入して一人で解決することだってできましたよ。それに、そこの気の濃度は樹界最深部のものに近い。スグル君には心地良くても、一般的な地球人には毒。取り込んだ細胞が暴走しますよ。ほら、そんなふうに』


 バキバキと軋む音がするので見れば、ちょうど植物の爆発成長が始まる瞬間だった。

 地面を迫り上げて現れた木はまるで一子相伝の経絡秘孔でも突かれたように膨れ上がった。

 根がのたくって周辺を巻き込み暴れている。


 でも、どんなに急成長しても、ひと月と保たずに枯れちゃうんだよね。

 急激に地中の水分養分を喰い尽くすから。

 育った巨体を維持するための補充が間に合わないんだ。


『ちょっと周囲を見渡してもらえますか? あー……樹界中域、ウチの学校周辺の雰囲気によく似てますね。スグル君が今いるのはどこなんでしょうかね。手元のマップで該当しそうなのは、アガラシタ大腐海。ウグルスガ渓谷大深林。グドラ大樹溝。うーん、どこの資料とも特徴が異なりますね。……まず植物の成長スピードがあり得ない』


「え、そう? よく見かける風景だよね?」


 支える地盤にまで絡んで砕いてしまったのかな。

 倒れる巨木はその自重で周囲に大地を道連れにして真っ暗な下層へと滑落していった。


『世界樹の恩恵を受けている樹界植物の生態と似ているのが、まずおかしい。普通はここまで頻繁に爆発成長したりしませんよ。神気マナがそこまで活性化しているとなると、そこは吹き溜まり(ダンジョン)の中なのかな。スグル君の現在地が特定できない理由はそれで納得できますが ……はて? でもその規模に該当するものはない。……ん? な、なんだ、これ!?』


 そういや最近、これで木遁ごっこをするのが流行っているんだよね。


 僕は十歳、もう低学年ではない。

 爆発成長を起こす植物を探して何週間も樹界に篭って帰ってこないとか、そんな幼稚なことはしないよ。


 来年度には高学年になる僕ともなれば、成長爆発くらい自分で起こせる。


 己を気の大河『龍脈』と化せば、その辺にある種でも爆発成長させることができるのだ!


 闘気はダメだよ?

 それを込めたら種が死んでしまう。

 闘気は他の生物に入り込めば、正常な機能を阻害する毒になってしまうから。


 闘気にせず、龍脈を維持し別の器に注ぐ。

 これにはコツが要る。

 酸素を取り込まないように息を吸い、二酸化炭素を出さずに息を吐く。

 そんな感じに近い。


 ほかの人の言葉を借りると。


『ゆきずりのべっぴんさんをだな。丸一晩欲情せずに抱いて、翌朝名も聞かず帰す。そんな感じだな。ガハハ! 坊やにはまだ早かったか、かかか、母ちゃん! 待ってくれ! 誤解だ!! 今のはただの喩えで!! うっぎゃぁあああ……』


 まぁ、感覚は個人故人違うからね。

 自分に合うものを参考にしたらいいさ。


 希少にも木漏れ日が射す地面がある。

 そこにちょうど良さげななにかの種を発見!


 運命を感じる。


 それに手のひらをつき、龍脈を形成。

 ダイレクトに気を流し込んでやる。

 相手に直に触れる必要があるんだ。


 手の裏で勢いよく殻を弾かせた種が成長を開始。


 まず根を伸ばし地面の栄養素を貪る。

 芽が出てきて瞬く間に葉を増やしていく。


 おっと! 陽を求めている。

 今のうちに天蓋となっている上層部の枝葉を退けておこう。

 枝葉が伸びてこられても面倒だ。

 一旦、龍脈をやめて闘気に。

 圧縮闘気弾を邪魔な周辺の巨木の根元に撃ち込み、地中で爆破。

 根ごと掘り起こしていく。


 陽を受けた芽は光合成により成長をさらに加速。

 再び龍脈形成、気を注ぐ。

 茎は幹になり、枝を伸ばした先に葉が次々と芽吹く。


 あはは。

 成長が早過ぎる。

 こっちの描写が間に合わないや。


 あっという間にここらで一番デカイ大木へと成長を果たした。

 幹の太さは五メートルを超える。


 ただ、この育樹。

 急激に地中の栄養と水を消費するから、放っておくと周辺が砂漠化して枯れてしまう。

 人の家の庭や畑でこれをやるともの凄く怒られるのだ。


 おおっ! 綺麗。

 目まぐるしい変化に、近所のお爺さんと死闘を繰り広げたあの日々を語る暇もない。

 枝に次々と可愛いピンクの花が咲き乱れていく。


「……『サクラ』?」


 桜にとてもよく似た植物の種だったようだ。


 あれ? おかしい。

 おかしいぞ。

 周囲にこれと同じ種類の木が見当たらない。

 こいつの種、一体どこからやって来たんだ?


 種ごと小さな果実を丸呑みさせて、機動力のある動物のお腹の中に。

 あとでそれを『排泄』させることで、離れた場所に種を蒔く。

 確か、被食動物種子散布、だったかな?


 排泄。

 僕、なんてモノに手を添えちゃったのか……。


 …………。


 いやいやいや。

 そう、そうだよ。

 ここは常に雨風に晒されているじゃないか。

 とっくに洗われて綺麗な種だったんだよ。

 うん。

 いやいや、うんじゃない。うんじゃない。

 くそ! あ、いや、ちくしょう!


 ああもう!

 なんでこの場所に限って雨が降り込んでないんだ!


 …………。


 湧き水で手を洗ってきた。


 さてと。


 それなりの量を込めたつもりだったが。

 この食いしん坊さんめ。

 この子は僕の集めた気を全て吸ってもなお成長し足りないという。


 よろしい。

 ならば追加だ!!


 育樹というのはね、ただ気を込めればいいわけではない。

 バランスや造形美も大事。

 木が求める箇所を見定め、込める量、質によってもその成長は大きく左右される。


「ナイス! 生命力ライブリィ!! いいよ! いいよぉ! 葉緑素ぉ、青々とシゲってるぅ! 果糖そんなに溜め込んだら、実っちゃうんじゃなぁい? 世界中のアリがキミを狙っているぅ!」


 木への声がけ。

 上手く乗せるのも育樹師(ビルドトレイナー)の嗜みだよ。


 よーしよし!

 いいぞ! いい子だ!

 まだまだ余裕がある。

 この木、ポテンシャルが高いよ。

 そしてここはいい感じの土壌。

 あ、これ、高天ヶ原ニョキニョキ大会記録更新すらも夢じゃない!?


 あの日、飛び入り参加してきたタケシに掻っ攫われてしまった『ジャック・ハンド』の称号。

 今こそ、本来在るべきこの手に取り戻すときだ!


 良い素材に恵まれた環境、優れた育樹者。

 ここには全てが揃っている!!


 あとでここらは一帯草木も生えない砂漠になるだろう。

 でも、大丈夫。


 偉大な記録が樹立し、歴史上には残るのだから。


 や、やっちゃう?

 やっちゃおうか!?

 全力を注ごう!!


「あはは! ははは! ははははは!!」


 何百という巨大な根の鞭がのたうち回る。

 深く深く、広く広く、根を張れ。

 望むままに全てを貪れ!

 大地はぜーんぶお前のモノだ。


 周囲に残っていた古株ほか植物は、この子の根に全て掘り起こされて五体投地。

 そうだ! 崇めよ、凡骨ども!

 その身が王の糧となるのだ。

 本望であろう。


 すでに樹齢で言えば数千年は越えた。

 ここからは木自身のポテンシャルにかかっている。

 樹齢万年単位へ至ることができる選ばれた樹王だけの領域。

 この木が座するこの場所が、この辺の観光のメインスポットになることはもう間違いない。


「……なっ!?」


 無情にも幹に亀裂が走る。

 枝も、根も、悲鳴を上げ始めた。


 嘘だろ?

 ここまで?

 お前、ここまでなのかよ? 

 本番はこれからだろ?


 ……いや、まだ、まだだな!

 お前はまだイケる、イケるハズだよね?


 僕の非情とも言える要求に樹は頷き応えた。

 ……ような気がする。

 ピシッと! ピシピシッと! ビシビシビシビシッ! 

 聴こえるぞ。

 続けろと。


 お前に出逢えて……本当によかった。


 さぁ! 伸びろ!

 見せてみろお前の可能性を!!

 閃光のように!

 一瞬の生命の輝きを見せてみるんだ!

 叫べ。

 バッカヤロォーー!! と。


「今こそ神樹誕生の刻だ!!」


『こら! 環境破壊と植物虐待、危なっかしい木遁と大冒険もその辺にしておきなさい。こんな短期間でこれ以上急成長させたらそこの土地が死にます。その巨大桜だってすぐに枯れますよ?』


 怒られた。


「大丈夫だもん。そうだ! 水がなければマグマを吸えばいいじゃない。ミネラルも豊富だし!」


『どこの王妃? いや、マリーさんでも言いませんよ、そんな無茶。やめなさいって言っているでしょ!』


 だってこいつ、今まで出会った中で一番反応がいいんだもの!

 だってもう少しであいつの記録を超えられるんだもの!

 あの日タケシに奪われちゃった『ジャック・ハンド』の称号を取り戻せるんだもの!

 もう少しなんだもの!

 だから。

 だから、もうちょこっとだけ……。


『や・め・な・さ・いってば!』


「くっ! もうちょいなのに…………ええぇいっ!!」


『ああっ!』


 …………ダメか。

 惜しいけど、わかる。

 わかってしまう。


 あの野郎が樹立した大会最高記録には届かない。

 この木ではあいつが育てた木のように高天ヶ原の街を根で絡めて粉砕なんて到底無理だろう。


 確かにこれ以上は無理。


 僕の育てた神樹を中心に闘気を旋回させる。

 燃える竜巻が発生。

 高温の旋風に舞う腐葉土と樹木たちが燃えていく。


 竜巻を消し止めて、巨大樹の周りに窒素炭素を多く含んだ栄養満点の土の雨が降った。

 まさに土砂降りってやつだね。


 あとは整地。

 土壌の栄養消費を減らすためにさらに樹木を間引く。


「焼いて、潰して、粉にして……力いっぱい混ぜるのさぁ♫」


 よし。

 これだけ補充したなら枯渇せずに済むんじゃないかな。

 あ、だったら、もうちょっとイケるのでは?


『………………』


 怖ッ!?

 出かけた手を引っ込める。

 先生からの圧力。

 やばい。これはマジで怒っている。


 くうううう。無念!

 ここまでだ……。


 改めて我が作品を見上げる。


 場所は森の奥地で下層に近いが周りの樹々は根絶やしにしてある。

 この樹は陽の恩恵を独り占め。


「なんか神々しいや」


 造形部門でなら賞取れそう。

 撮っとこ。


 かまぼこ板が怒るから僕がしてあげられるのはここまでだ。

 今後は自力で成長して、いつか自力で大会最高記録を超えてね?


『あぁ〜……コレは。キミ、霊樹を創っちゃいましたね?』


「え? 霊樹? 違うよ。これは神樹。僕の自慢の息子、神樹五十五号だ」


『神樹五十五号は田中爺さんの庭の植木を弄って怒られたやつでしょ。ぷぷっ、カンカンでしたよね。まあ、そこでなら周りに迷惑はかけない。人里近くで育っていたら、土地一帯の恵みを喰らい尽くし餓死者を出していた。霊樹は大喰らいですからね』


 育てておいてなんだけど意外と怖いな。

 この神樹、じゃなくて、霊樹五十六号?

 いや、霊樹一号か。


 伐り倒しておこう。


 ……ん?

 地震?

 成長爆発が起きる前兆?

 気のせいか。

 おかしいな、木が揺れた気がしたんだけども。


『そう簡単にできちゃうものでもないんですけどね。その世界樹モドキ』


「そうなの? あ、転移の影響なんじゃない?』


『ああ、そうか。それは否定しきれませんね。一応、処置は済ませてあるんですがね。まあ、ちょうどいい。それほどの澱みがそこにあるならその樹が平定してくれるはず。霊樹がのさばっていれば鎮静作用とかもありますから』


「へぇ〜。じゃあ、結果オーライってことで。頑張ってね、霊樹一号!」


《……ハイ、お父様。万事、この『サクラ』にお任せを。必ずやこの星の全てを喰らい尽くしてごらんにいれます》


「………………え? 喋った?」


『喋りますよ。霊樹ですもの』


 霊樹。


 霊……の樹?


 …………。


 さぁ〜て。

 いつまでもここにいるわけにはいかないぞ!

 僕には大事な使命があるんだから!


「新しい食材を見つけに行かなきゃ!」


《お父様っ!?》


 猛ダッシュだ!

 いやいやいや!

 べべ別に怖いわけじゃないよ!?

 ただただ使命感からの行動だよ。


『待ってください』


「うひぃ!? ……って先生か! わざとだよね? 今、わざと震えるようなか細い声で声かけたよね? 僕がオバケ大嫌いなの知っていてやったよね!? まだ見ぬ異世界の食材が僕を呼んでいる。止めないでくれないかな!? 僕はこの異世界で料理王にならなきゃいけない男なんだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ!」


『本当に待ってください。違う。 違う。そうじゃ、そうじゃないでしょう!? 目的が変わっている。YOU! なにしに異世界そこへ?』


「え? 僕は二世界間を跨ぐ究極にして至高の料理人になるためにこのーー」


『本当に違う! 『地球こっちに帰ってくるために、今もそっちで生きている前世の身体を見つけてトドメを刺す』でしょ!? とにかく、まずはスグル君が今どこにいるのか、それを突き止めてください。さっきの人に謝って人里まで案内してもらいましょうよ』


「さっきの人?」


『さっきの竜巻にわざと巻き込んでどっか飛ばしたでしょ?』


「それは身に覚えがないけど。でも確かに、僕がいるこの場所がどこかわからないと、先生の分身と合流できないものね。全速力でどっかに向かうね! とおっ!」


『いや、さっきの人の下へ向かいましょうよ。今ならまだ一言二言ならなにか聞き出せるかもしれないですよ?』


 わわっ。手振っている!

 今、ちらっと振り返ったら、僕に手振っているんだけれど!?

 桜の大樹の下に白い女の子が。

 ほら。ほら! ホラー!!


「いいいいやあああああっ!」


『……その、僕の分体との合流なんですが。残念ながらできないかと』


「ウンウン。ヘェ〜、そうなんだ。ふーん……え? できない!? 先生、それどういうこと?」


 邪魔だぁ!

 巨木ぅ! ブッ飛べええ!


 僕を直進させろ!

 いや! それじゃダメだ。

 僕が逃げた方向がバレバレだ。


 痕跡を完全に消し、ここからはランダムに進もう。


 ポケット手を突っ込む。

 そこには、残り二個しかない貴重な虎の子。

 ……でも今使わずしていつ使う!?


 純金玉(直径一センチ)。


 構造を完全掌握するため、何ヶ月も肌身離さず昼夜闘気を込めて馴染ませてきた。

 それを一個、ポケットから取り出す。


 この純金玉の同位体を闘気で生み出し、ピタリと重ねる!


「 【地獄の三警鐘(トライ・ベル・ヘル)】ッ!!」


 ムズイ。

 本来の使い手なら三拍で済むのに!

 くそう、天才タケシめぇえ!


「………ぐぬぬぬ! 大人しく重なれっつーの!」


 やっと成功!

 十二拍もかかった。


 『ここに在るはずがない物が重複して在る』

 世界がそう誤認したとき、世界は、純金玉かダミー、どっちか片方の抹消にかかる。


 あとに残るのはぽっかりと穿たれた球体空間。

 たった一センチの純金玉を抹消するため、道連れにされた半径一キロ弱。

 僕の足跡は、無事にこの世から消えてなくなった。



 ゼロ距離にいた僕?

 もちろん無事。

 世界は残すべき片方の純金玉を保護する。

 それに便乗した僕は消去から免れている。


 さて、今回処理されたのはどっちだ?


 何ヶ月もかけて馴染ませた純金玉か。

 それとも、僕が闘気で作り出したダミーか。


 前者ならば【地獄の三警鐘(トライ・ベル・ヘル)】がもう一度使える。


「ぎゃああああああ!! 持っていかれたぁああ!! なけなしの純金玉が!! もう最後の一個に!!」


『純金玉一個で済んでよかったじゃないですか。そのバグ技、あまり多用しないほうが身のためですよ。ワールドエラーの発生源だと特定されたら、処理されちゃうのはキミですよ?』


 次は、全力で限界まで超々圧縮した、この極小闘気弾の出番だ。

 この暴れ蜂を解き放ち、ここから先の逃亡ルートを誤魔化してもらう。


『僕は今、その天体の衛星軌道上に浮かぶ小さな天空遺跡の管理システムを間借りしていまして。移動できません。合流は無理ですね』


「どぅりゃあぁああ! 舞い狂え! 【掌中の太陽蜂(サニードル)】ッ!!」


『聞いてます?』


「あれ? 先生、こっちで準備させていた分身を探すって話じゃなかったっけ? ……うおぉおっと!」


 あっぶな!

 両手を開いた途端、掌中の太陽蜂(サニードル)が僕の頬を掠めていった。

 だからこの技は嫌いなんだ。

 放つとどこに飛んでいくか、僕にもわからないから。


 闘気の性質上、同調中なら触れていても大丈夫だけど、一度離したあとはガチで危ない。

 たった直径一センチ、されど、数億度の光熱球だからね。

 今、危うく僕のお顔が跡形もなく融けていたところだった。


 巻き添え喰らう前に早く離れよう。

 掌中の太陽蜂(サニードル)は、このあとも数秒間は亜光速で適当に飛び交ってくれる。


『そのつもりだったんですが。予定していたそっちの分身との同期に失敗しました。どこにも見当たらないんですよ』


 待った、先生。


「分身がいない? 大丈夫なの? 僕、ちゃんと帰れるの?」


『あぁ、きっと大丈夫ですよ。帰れます、多分。最悪、本当に最悪、知人に頼むという手もあるので。分身は僕から独立して行動していまして。僕には『僕』がそっちでなにしていたのか、わからないんですよ。うーん。僕の分身はどうしたんでしょうか。あー、ここに残る履歴もぱったりと……ん?』


「……先生、どうしたの?」


『えっと、困りました。今、システムから新たに分身のログを拾いまして。データを復元、確認してみました。僕の分身、十年も前にロストしていますね。詳細まではわかりませんでしたが……』


「ロスト……って、殺されたってこと? 分身とはいえ先生が? 誰に?」


『キミを地球こっちに転生させた直後にポックリ逝ってます』


 ……うん?

 え? 僕を地球へ転生させたのって先生の分身なの!?

 で、先生の分身をポックリ逝かせた原因、前世の僕なの!?

 だったら、生き返らそうとしているのは誰!?


 おいおいおい。

 先生が関わっているとなると、一気に危険度が増したんだけど!?


『う〜ん、でもキミを地球こっちに転生させた程度でポックリいくほどやわではないはず。その時点でもう力尽きかけていたのか。一体分身の身になにが……? 最近報告がなかったのはてっきり分身なりの気配りだと思っていましたよ。僕自身も分身の身体を借りてゲームに参加するつもりだったんで。情報を控えてくれているのだとばかり」


 僕の異世界モノはサスペンス要素もあるんだね……。


「名探偵スグルの血が騒ぐ……」


『ちょ、マジでやめてください!! その血鎮められないなら、吸血蟲の巣に簀巻きにして放り込みますよ? そっちの『僕』についてはこっちで調べてみますから、キミはなんとか人と接触すること! そっちに専念してください。いいですね!?』

裏話。本編に関係ないので、別に読まなくても大丈夫です。

ただ、読むと迷探偵スグルの活躍の一端が窺えます。


【紅花摘み事件】

 ポルティオンによって開催された『異世界転生〜体験版〜』が生んだ一連の惨劇を指す名称。


 始まりは、閉ざされた迷宮ダンジョン内で開催された三日間限定の体験版。


 参加者はアバターを先行経験。

 再現された自身の身体のリアルな五感に驚き、体験版を大いに楽しんでいた。

 ……のだが、子供たちをある衝動が襲う。


 襲った衝動の正体、それは便意であった。


 参加者はいくらなんでもこの感覚はリアル過ぎないかと疑問に思ったという。


 迷宮を蹂躙し始める参加者たち。


 求めているものはスリルでもドキドキでもない。

 辿り着きたい場所は金銀財宝やマジックアイテムが眠る隠し部屋ではない。

 参加者たちは必死になって探した。


 トイレはどこだ、と。


 しかし、迷宮ダンジョンにそんなものは用意されていなかった。

 それは『トイレの妖精』なる異名を持つポルティオンとは思えないあるまじき失態だった。


 生理的な欲望に抗えず、安易な方法に手を染める者。

 乙女の信念を貫き通し果てる者。

 脱落者が続出する中、参加者は各々創意工夫をして荒ぶる便意を解決するしかなかった。


 そして、悲劇が起きた。


 男子グループが最下層から『宝箱』を持ち帰った。

 彼らは幾重にも厳重に封がされたそれを強引に開けたのだが。


『……え?』


 宝箱の蓋を開けた少年が漏らした疑問の声。

 それは宝箱の中身に対してのものだったのか。

 それとも自分の胸を貫く剣に対してのものだったのか。


 彼が崩れ落ちると、そこには剣を握る返り血を浴びた少女が立っていた。


 楽しかった体験版はその瞬間から一変。

 たちまち血で血を洗う地獄のPKゲームへと成り果てた。


 息絶え絶えの男子グループが各々方々へ散って他の参加者に助けを求めたことで被害は拡大していく。


 そして、誰もいなくなった。


 参加者の絶滅により、三日を予定していた体験版は開始僅か半日で終了。


 まだ話は続く。


 たった一人、絶命寸前に生還ログアウトした少年がいたのだ。

 ゲーム内での全てを忘れてしまったかつての仲間たちに彼は涙ながらに真実を語った。


『あの宝箱はトイレだったんだ!』と。


 そう。

 少年グループが見つけてきた宝箱は、少女が摘んだお花をしまっておいたモノ。

 少女はトイレを求めて迷宮を踏破したが、トイレが存在しない事実に絶望し膝を折った。

 仕方なく迷宮の主をボコりまくって調教し、それを死守させていたのである。


 ゲーム内での記憶は、プレイヤーの脳ではなく全てゲーム内のアバターの脳に保存される。

 一度でも死亡するとそのアバターは消失、記憶は失われ、データも全損。

 そして、死亡すれば二度とゲームには参加することはできない。


 少女は気づいた。

 このゲームの仕様なら、全員ブッ殺せばよくね? と。


 地獄から生き延びた彼はわりと紳士だった。

 情けをかけて少女の実名公表を控えたのだ。

 彼が糾弾したい相手は少女ではなく、トイレを用意し忘れた元凶。

 要求は体験版のロールバックである。


 ……しかし、その優しさが仇となる。


 翌日、証拠データを提示する予定だった少年は、予定時刻を過ぎても法廷に姿を現わさなかった。


 応答がない彼の自宅に当局が入る。


 少年はいなかった。


 自宅のドアに記録された最終施錠時刻は、前日の午前7:12。

 室内に無断侵入・拉致・暴行をうかがわす痕跡はない。

 台所には水置きされたままの食器。

 残留物と冷蔵庫に貼られた献立予定表から、前日の朝食に使用した物と断定。

 洗剤を少量溶かして水置きされていたこと、洗濯物が室外に干されていたことなどから、当日中に帰宅の意思があったと見られた。


 ほかの目撃情報等とも照らし合わせた結果、少年は前日の帰宅途中になんらかの事件に巻き込まれたものと断定された。


 件の少女による犯行ではないか?

 彼女はゲーム内で自決などしておらず、記憶を保有したままでいる?

 唯一自分の正体を知る少年を亡き者にしようとしたのではないか?

 宝箱に入っていたのは、大だったのか? 小だったのか?

 女の子ってさ、オシッコするときウンコも一緒に出るらしいよ?

 おしっこでもウォシュレットを使うってホント?

 当然だろ。御子息がない女の子はおしっこをお尻の穴から出すんだぜ?

 ねぇ、本当のところ、どうなの? 女って鶏と同じなの?


 疑心暗鬼に陥った生徒たちの間で様々な憶測が飛び交い、収拾がつかなくなる。

 男子から女子への情報開示要求。

 それに反発した女子による男子殲滅戦が勃発。

 男子の徹底抗戦。

 全体の七割の犠牲者を出しつつも男子は女子数人を捕獲。

 美味しい食事を摂らせて観察を続けた。

 女子は女性の尊厳を訴えて行動を開始。

 白猫保護団体が有する『青狸滅禁砲アマテラス』(衛星軌道上レーザー砲)を奪取し、捕虜の即時解放及び本件に関係する男子に股間を青狸滅禁砲アマテラスの照準に晒すよう要求した。

 その際、本気を示すため神血覚醒機関イザナミの施設を含む高天ヶ原の一角が焼却された。

 この要求を拒んだ場合、もしくは三日間返答がない場合、捕虜諸共高天ヶ原全域を最大出力で滅却すると通達。

 事件を発端とするくだらない疑念は、終わりが見えないというかよく見える、男女間の壮絶な抗争に発展していった。


 少年の失踪から三日目。


 みんなが少年の失踪を忘れ始めた頃。

 事態を重くみた白猫保護団体タワーズ首脳部は混迷する事態を解決するべく、緊急会見の場を設けた。

 その場で現在拘束中の迷探偵スグルの解放を検討し始めるかもしれないことを示唆。


 警察は犯人に向けて恩赦を確約するという異例の呼びかけをおこなう。

 数時間後、名探偵被害加害者の会に伴われて犯人が当局に出頭。

 その勇気と英断に対し高天ヶ原の民は称賛と感謝の声をあげた。

 人事課や上司たちの集団失踪によって辞表願を握りしめて公務を全うするしかなかった高天ヶ原領警察署員の集団有給休暇申請。

 殺到した自首を希望する者たちで各留置所は軒並み地盤沈下を起こしている。

 スグルの拘束解除を匂わすことで現場に大混乱を招いたとはいえ、事件は過去最小規模で解決したのだった。


 やはり全ては彼女の犯行だったのだ。


 少女の自供により、行方不明だった少年は無事保護された。

 訓練校の湖底に沈んだ宝箱内に彼はいた。


 少女は、下校途中、夕飯を奢ってあげると少年を言葉巧みに誘い出し、下剤を入れた満漢全席を奢った。

 薬が効いて身動きが鈍い少年に対し、腹部を百回以上殴打するなどして昏倒させて拉致。

 その後、追加で大量の下剤を飲まして、宝箱の中に拘束し湖底に沈め放置したという。


 自首翌日。

 彼女と拉致された少年との間で示談が成立。

 少女拘留中、拉致中の宝物内を撮影したものと思われる動画が一時間ほど某有名動画サイトに流出し削除された。

 裏で取り引きの攻防があったのではないかといわれている。


 後日。

 体験版参加者へ費用百万ポイントの返還・詫びポイントの賠償金支払いが決定。

 本件の解決に多くの国家予算が浪費されたのは事実であるが、消費税をさらに引き上げる某計画とは一切関係ない、そう政府は強く主張している。

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