一方、そのとき白猫は……
ポルティオン視点です。
◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇
アララ。
長話が過ぎましたかね。
どうも彼を送るタイミングが少々ズレてしまった模様。
天球の衛星を一つ、転移に巻き込んでしまいました。
弁明させてください。
それは衛星が想定外な場所にあったからなのです。
天球の衛星って二つでしたよね?
何故か一つ増えています。
まぁ、この程度なら誤差の範囲です。
抉ってしまった場所は月の裏側、地上からは見えませんしね。
いずれ高天ヶ原の子らも向こうに送ります。
衛星の一つや二つ壊すでしょうし。
今回のミスはあとでいくらでも有耶無耶にできる。
なので、無問題。
僕、ポルティオンの『ポ』の字はポジティブのポ。
ここで落ち込むのは降下を始めたスグル君や衛星の欠片だけで十分です。
さて。
転移後にスグル君が浮いていた場所、天球の衛星軌道上。
そこにはゲームで使用する予定の竜卵をいくつか浮かべてあります。
竜卵とは、無垢な状態の『万能の力』を丸めたものです。
かつて、人の器を創り続けた三天使が飽きて考案したらしき手抜き工程を参考に……いえ、その辺の詳しい話は省きましょうか、長くなりますから。
ここでは、そうですね……。
竜卵=なんにでも化ける塊=コピーロボット。
そんな認識で構いません。
それをゲーム内で参加者たちが憑依する義体にします。
スグル君は大気圏外へ放り込んだことを怒っていましたね。
でもね、ゲームでも義体へのエントリーは大気圏外でおこなう予定なんですよ。
エントリー後にそこから養い親がいる各地へと投下する、そういう計画だったのです。
考えてもみてくださいよ。
僕が向こうに放り込む参加者は十歳の子供たちですよ。
それを十月十日もの間、見知らぬ女性の性器内に全裸で詰め込む?
今のご時世、あり得ない話ですよね?
そんなことしたら肺の中まで体液漬け。
いざ出産が始まってごらんなさいな。
狭い産道を全身圧迫されつつ進む先、子供たちがひょっこりとお顔を出す場所はどこですか?
仮にも彼らは自分の教え子。
そんな狂気染みたことを僕は強要したりしませんよ。
それに妊娠中でもその場所は聖域とは言えないそうで。
これは人間の生態を調べていて知ってしまったことなんですが。
夫婦の繁殖意欲が高いと父親のムスコさんーー胎児にとってはお兄ちゃんーーの訪問を受けることがあるらしいんです。
ハイ、ダメです。
うちの生徒は多感なお年頃。
そんな経験を経て性癖歪んじゃったらどうするの。
僕、またクソうるさい倫理委員会に呼び出されてしまいますよ。
出産後までは意識を寝かせておく?
ええ、その手も考えましたよ。
でも、僕はその様子を知っているわけでしょ。
あの子らの顔を直視できなくなるような後ろめたい記憶を抱え込みたくねえなって思いました。
ゴホンっ。
話を戻しますね。
その大気圏外に浮かぶ竜卵のひとつ。
スグル君がゲームで義体に使う予定だったやつです。
それを転移時の緩衝材に利用してみました。
大気圏外だったことも大きいですが、お陰でいい感じに空間爆砕の規模を抑えることができました。
で、そのスグル君の竜卵。
……まぁ、そうですよねぇ。
木っ端微塵に。
これではもう使えません。
スグル君はこっちに戻ってきてもゲームに参加できなくなりました。
まっさらな竜卵って用意するのも結構大変でしてね。
もう在庫はないし、入荷の予定もありません。
伝えたら怒るかなぁ。
怒るでしょうねぇ。
……ん?
あ、大気圏外に空気ありましたっけ?
おおぅ、日頃のおこないの賜物か図らずも問題解決?
「……あっ。あいつ、竜体でガッツリ覆ってやがる……」
え、僕が指示したんでしたっけ?
念のため竜体で全身を覆っておけ、と。
……。
…………。
いや、そうそう。
もちろん、全ては計画通り(ニヤリ)ってヤツですよ。
む!?
なんてこった。
転移時のどさくさで勲章なんてゲットしてやがる。
勲章はゲームのやり込み要素として用意したものです。
中でも『セブンスターズ』シリーズはぶっ飛んだプレイをしないと入手できない難易度高めの設定。
それを複数同時にゲットするとは、なんたる悪運の持ち主か。
……いや、おかしい。
正規にログインしたわけではないスグル君に何故ゲームの仕様が適用された?
…………。
可能性としてあるとしたら、彼のーー
あ、やっぱり!
スグル君に寄生するカタチで竜卵の機能が一部まだ生きている。
うっわ、これはまた、えらく複雑な絡みつき方をしている……。
これを世界を隔てたこっち側から剥離させるのは面倒く……ゴホンッ、難しいですね。
まぁ、特に問題はなさそうですが。
元々、持ち込ませた携帯端末を通してゲームシステムに介入、無理矢理起動させるつもりでしたし、手間が省けたと思えばいいでしょう。
トラブルはなにごとにもつきもの。
潰すでも回避するでもなく即興で計画に組み込み活用する。
それがエンターテイナーの手腕というものですよ。
でも、PPは没収しておきましょうか。
余裕がないほうがあの子も真面目にやるでしょうし。
「……ん〜、これでいいや。それ、ポチッとにゃあ!」
◇▼◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▼◇
【勲章『秩序への敵対者』】
【システムを逆手にとり不正に勲章を得た者に贈られる勲章。】
【やめてくれたれろ。】
【副賞/PP全損】
◇▲◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▲◇
実はこれも『セブンスターズ』シリーズの一つなんですよ。
でも、大丈夫。
もう七つ揃うことはないから。
異世界転移で参加したスグル君は、本来なら義体に転生した時点でもらえる初回特典『勲章/希望の星の子』をゲットできない。
◇▼◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▼◇
【警告!】
【所有するPPが危険域まで減少しました。】
【プレイヤーはPPがマイナスとなった時点で】
【勇者資格を失い、地球へ強制送還されます。】
【以降、行動には注意してください。】
◇▲◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▲◇
あ。
そうか、そういう仕様でしたね。
問題行動を起こすと減点。
で、所持するPPが0を下回ると一発で強制退場。
はわわ。
どどどどうしましょうか、これ。
今、スグル君が退場させられても宇宙側は受け入れを拒否する。
異世界モノでは気軽にやっていますが、編入を実際にやるとなると大変。
ひとたび完全に接点失った魂を世界に再度組み込むくらいなら、いっそこの宇宙そのものをリセットしたほうが早い。
あっ!
なんか余計なことを始めた!
お願いやめて。
過去、キミが窮地でなにかして好転したことが一度でもありましたか?
◇▼◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▼◇
【以下の勲章を獲得しました。】
new
【勲章『恐怖の大王』をゲット!】
【天体外からの猛攻でもって人々を恐慌に陥れ、】
【数えるのが面倒になるほどの生命を奪った者に贈られる勲章。】
【さぁ、地獄を作ろう。】
【副賞/-100000PP】
◇▲◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▲◇
ほら見たことか!
しかもそれも『セブンスターズ』シリーズだ!!
本当、余計なことをしてくれやがって。
そのメデューサ頭を鏡越しに覗いて石にでもなりゃいいのに。
お願いだからもうジッとしていて。
◇▼◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▼◇
【緊急警告!】
【『個体名/日向優』の強制送還が中断されました。】
【強制送還シークエンス実行中に異常が発生。】
【返却先である宇宙システム上に本体の存在を確認できません。】
【天球管制システムは本件の判断を放棄します。】
【選択権がプレイヤー自身に委ねられました。】
【注意!】
【強制送還の強行実行を選択する場合、】
【『個体名/日向優』は消滅します。】
【実行しますか?】
【YES/NO】
◇▲◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▲◇
◇▼◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▼◇
【確変チャンス!!】
【選択の抽選を開始します。】
◇▲◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇▲◇
『ここで運試しだとぅ!?』
「ここで運試しだとぅ!?」
コレ、強引な介入改変で生じる負荷を少しでも和らげるための苦肉の策。
要するに、最悪な結果をあえて可能性として含ませることで、八百長ではなく本人が自ら掴み取った結果なのだと世界に無理矢理納得させて諦めさせるための仕掛け。
それが運悪くこのタイミングで発動しました。
ドキドキ……。
【【NO】】
あっぶねえなあ!!
今回はなんとかなりました。
けど、良くも悪くも奇跡なんてものは起きるときには起きる。
経験談です。
確率的に極小であろうと関係ない。
ゼロでなければ起きちゃう。
まして相手はスグル君。
彼はどのような邪魔が入ろうと最悪のカードがそこにあるなら引いてみせる子だ。
なくとも自ら作り出し、手元に引き寄せる。
そこは抵抗したところで無駄、対策はむしろ被害が増すだけ。
最近は被害を最小限に抑えるために僕が最悪のカードを手渡してあげている。
これは地上に激突し次第、早急にPPを増やしてもらわないといけない。
……。
あの、スグル君?
まだ高度は1000メートルちょいありますよ。
なんで持ち込んだ竜血を使い切っちゃったんです?
『あ、あれ? 気の集まり方が変だ』
当然です。
そこは異世界ですもの。
こっちでやるのとは勝手が違いますよ。
そちらでも龍脈形成や竜体形成は使えます。
ただ、地球でみたく扱うには多少の慣れと時間が必要。
二、三日は慣らさないと難しいでしょうよ。
『うわああああああああああああああああああああああああああああ、あ、美味しそうな鳥! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー』
………。
そっちでもキミの『不死』は適用されるのか。
どう確認するか悩ましかったですが、これは早々に判明しそうですね。
よかったよかった。
さてと。
続きが気になりますが、急用ができたのでこれで失礼します。
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◇◇【亜空間・出雲】◇◇
スグル君の携帯経由で彼の五感をハッキングしていました。
それを来客を迎えるために一時中断。
「ちょっと! ポルティオン先生!!」
「こらこら、そう乱暴に空間を砕かないの。キミ、空間干渉はやれても取り繕うことはできないでしょ?」
僕がいる無限空間へ蹴破って現れたのはキラです。
この出雲ならいいですよ。
僕が直接保持している亜空間だもの。
でも、普段暮らす高天ヶ原や樹界でやるには危うい行為。
案外脆いものでね、下手したらそのまま伝播して通常空間までも瓦解させてしまう。
「ねぇ、スグルがいないんだけど!? 高天ヶ原にも! 地球にも! 宇宙にも! みんなの記憶の中にすらも! なにしてくれたのかなぁ!?」
「えええっ!? なんですって! いやぁ、惜しい子をなくしましたね。名前の通り、優しい子でした。あれ? あれれ? どうしたことか、糸蒟蒻を頭に載せたあの子の名前が思い出せないぞ!? ちなみに糸蒟蒻の読みはーー」
「糸蒟蒻! もぉー、誰も求めてないんだよ、んな茶番! こんなの絶対先生の仕業じゃん!! 俺のスグルをどこやったの!? てか、先生もどこ!? 出てこい!! この薄切り豆腐オバケ!!」
「いますよ。僕ならずっとキミの目の前に」
ブチギレですねぇ。
これが愛、もしくは性欲というヤツですか?
性別などなく、生殖も必要としない不老不死の聖霊、純種の精霊族である僕にはどうも理解できない感情っぽいです。
キラの内には父親が残っています。
僕が所有している全能の一端を僅かとはいえ負う存在。
ですが、まさか、世界の停止にまで干渉できるとは思わなかった。
局所的で中途半端なのがまた困る。
歪みが宇宙全体にまで影響を与えかねない。
これは一旦世界の停止を解除するしかないだろう。
「世界凍結槍に抵抗するだなんて。永遠、いつまでそこに留まる気なんですか。もういい加減見切りをつけて還りなさいね。あと出てこい、サルウッドに、カフーツイ、ヴォルガオ。キミたちが手助けしたことはわかっています。僕に喧嘩を売る気なんですね。いいですよ、いくらでも買いましょう」
「ポ、ポルやん、待って。違うんや。ウチはこの姐さんに借りがあるから逆らえへんのよ。てか、助けてぇな。この姐さん、シャレにならん神器みたいなのを貸してくれたのはいいけど、のらりくらりと返却に応じてくれへんのよ! このままやとウチ吸い尽くされてまうて」
「ボクは通いのスイーツ店を人質に取られた。ボクまで巻き込むのはやめてほしい。今日は苺巨大福の気分だったのに、近場のバナナパフェで済ます羽目になった」
「私なんて生徒が人質だぞ。しかも、要求を呑んだというのに未だ解放されない。今も彼らの声が聴こえるんだ。『……たす……て……』、と」
「ヴォル、ちゃんと聴きなさいよ。それは『もっとレタス足して』って言ってるの。あの子ら、樹界深層でバーベキューしてるのよ。ったく、草なんか食べてどうするのよ。もっと肉食べるように指導なさい。肉! 肉よ!」
「アルティマ、なんでお前出てきたの? お前まで呼んだ覚えはないんですが?」
「私、バカンスで来てるでしょ? なのに世界が停止していたらつまんないでしょうが。とっとと解除しなさい。てか、あんた、どこにいるのよ? その辺にいるのよね? 倫理委員会どもがあんたを連れてこいってうるさいのよ。ほら、とっととツラ出しなさい!」
「だから目の前にいるって言ってんだろうが! お前、なに企んでいるの? 僕の注意をスグル君から逸らさせて。こうしている間にもあの子はやらかす。僕は嫌ですからね。ルーシオに頭下げるなんて」
「あのちりめんじゃこみたいな頭の子はあんたの生徒でしょ。ちゃんと最後まで責任取りなさい。聞いて。こいつね、昔からこうなの。飽きっぽいっていうか、ペットを飼ってもすぐに野に放つのよ」
ふざけるな。
そんな言い方したら人の言葉を解さない自称動物愛護団体に僕が噛みつかれる!
「違う! 誤解を招く言い方はやめろよ。みんな、違うからね? 僕の飼うペットがことごとく急に野生を取り戻して逃亡を図るのは、こいつが『あら? 今度の仔は可食部少なくない?』って顔して近寄るからなの!」
◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇
つづく
逃亡犯ポルティオン、ついに捕縛される。
サルウッド、カフーツイ、ヴォルガオのユミル族三大巨頭が総出で拘束中。
ここでポルティオンが抵抗しないのは、今回の無茶で宇宙の許容に限界がきているから。
これ以上下手に力を振るって負荷をかけると不味い。
ユミル族たちやアルティマに暴れさせるわけにもいかない。
ユミル族たちはポルティオンが動けなくなるこの状況を待っていた。
ある者は彼の身柄確保を、ある者は裏切りの自白をするタイミングを。
スグルが不在の今、過去の状態を完全再現できない。
よって、十八番の回帰(再配置)も使用不可。
激おこキラの首根っこは、アルティマが掴んでくれている。
◇◆◇【用語】◇◆◇
【白猫教室・学級日誌】
白猫教室に代々受け継がれてきた学級日誌。禁書、黙示録。
そこにはこれまでの白猫との交流で生じた黒歴史とそこから得たノウハウがびっしりと記されている。
投げつけたり踏みつけたり燃やしたり埋めたりした様々な痕跡が散在。
涙で酷く縒れた紙面、滲み乱れた文字などから繰り広げられた日々の片鱗が見て取れる。
持ってみるとどういうことか質量を超えた重量感を感じるから不思議。(呪われている?)
最凶のユミル族相手に真っ向からダメージを与えるすべはないが、精神口撃ならば効く。
だが、彼らの逆鱗に触れるのはご法度。
彼らをブチキレさせたらあっさり世界が終わる。
嫌味や挑発等の口撃で自由な彼らの行動を諌めることはできるが、牽制の範疇にとどめねばならない巧妙な匙加減が求められる。
白猫取扱説明書、呪文書とも呼ばれる。
許される挑発(かまぼこ板、電信柱など)や聞かせてはいけない禁句(ドラえ〇〇、一反木綿など)も収録。
スグルたちは高天ヶ原の最大戦力たる少年武官であると同時に、超危険地球外生物との交流、交渉を任された(押し付けられた)対宇宙人外交官でもあるのだ。
なお、スグルたちが受け継ぐ学級日誌は写本である。
偶然、真の日誌に触れた犠牲者が記憶をもとに泣きながら書き殴ったもの。
【学級日誌の原本】
宇宙の回帰を経ても世界樹の下に存在し続ける記録媒体のこと。
綴り手はユミル族のサルウッド。
彼の意識と繋がっており、これまでの地球上に起きた総ての記録が刻まれている。
……早い話、『世界樹の種子』のことである。
子供たちはこれを壊すことで地球の延命を果たす同時に、自分たちの黒歴史の記録をなかったことにできると信じている。
【殺す】
スグルたちがよく使うこれは脅し文句というより宣戦布告。
これから渾身の一撃『必殺技』を喰らわすぞ、覚悟しろの意。
拳銃構えて急所を狙いブッ放す寸前の状態で、そう宣言したなら彼らは実行する。
興味がない相手や敵に対しては宣告なしで実行するので、事前に言われたら喜んでいい。
ある程度愛着を持たれているということになる。
報復は一撃で終わらせる。
あとで追撃するような野暮なことはしない。
それが子供たち内でのルール。
喰らわせても生きていたのなら仕方ない、殺せない程度の怒りだったのだという解釈。
必殺を宣言した一撃のあとに追撃すれば恥。
目撃者からは『ぷぷっ、必殺技(笑)』と笑われる。
殺す宣言からの必殺技ブッパは断罪であり、相手がそれを耐えることで贖罪となる。
よって、なにをしても死なないスグルは報復しづらい相手だったりする。
一撃喰らわせたら許さねばならないのにケロっと蘇ってしまう、なので『殺すぞ』で踏み留まるしかない。
スグルは喧嘩っ早い子供たちに我慢を覚えさせた奇跡の子として親御さん方からの評価が高い。
私刑による死人は被害の規模や発生件数のわりには少ない。
これは受ける側の高天ヶ原っ子がしぶといのもあるのだが、ポルティオンが極小規模回帰などで介入するからで、それが高天ヶ原っ子の過激な言動に拍車をかけていることは否めない。
【竜血】天人が纏う竜体を構成する闘気のこと。
周囲から徴収した気を同化させて自らの肉体の延長・拡張体として行使する。
制御から解かれた竜血は激しく四散(爆発)する。
竜血の性質を表す喩えとして近いのは『毒性を持つ自在に操作可能な液体ニトロ』。
スグル世代はさらに高い圧縮を加え、高密度、励起させた状態で扱う。
彼らのそばに竜血(闘気)を纏って近づくのは、大量の爆薬貯蔵庫に松明を掲げて踏み入るようなもの。
【竜体】天人を包む竜血(闘気)の総体。
竜血で作られた天人の第二の身体。拡張体。想体。願体。
【徒花】
制御から外れた竜血、特に竜体から散らしたものを指す。
その様子が花が咲いて散るように見えることから。
『徒花を咲かす。』=無駄に竜血を散らす。
『咲く』は『削』や『割く』の韻を踏んでいる。
【息継ぎ】龍脈形成をおこなって気の補填をすること。
やるには竜血を破棄しなければならない。
龍脈形成中は無防備。
【竜卵】無垢な神気の圧縮体。
天然モノと人工的に生み出したモノに二分される。
天然モノは聖族の素で『聖卵』ともいう。
聖族や竜は自らを割いて竜卵を人工的に生み出すことができ、子や分け身を生む際などに用いる。
今回用意した竜卵は、八柱の覇王を担う多忙を極める大聖霊(ヴァルルアードを除く)に製作を依頼した特注品。
厳選に厳選を重ねた純粋な神気のみを使用したクセがない仕上がりで、非常に貴重なシロモノとなっている。
多分、追加発注すると覇王を持ち出して噛みつかれる。
【天岩戸】人工子宮。族滅の危機、少子化問題を抱える高天ヶ原の希望。
転生してきた胎児スグルが着床して魔改造したやつの模造品。
擬似竜卵。龍脈、神気の吹き溜まりを生み出す肉塊。
【地球】諸事情により太陽系はすでに失われており、現在の地球はもう太陽系第三惑星ではない。
月以外の地球から見える天体は違和感を感じさせないように周囲に再現されたもので偽物。
現在の地球は宇宙上に在りながらも隔絶されたポリープ空間内にあり、外部への影響を最小限にできる状態にしている。
それによりたびたびおこなう回帰などの無茶も内々で済ませることができている。
【天球と地球】異世界に在る精霊界の大地を拝借し創られた双子星。
構造的には天球と地球は異世界間を跨ぐ同一空間にある。
ユミル族サルウッドによってその空間は『♾』の形に捻じられており、地球部分は宇宙に引き込んである状態。
いわば世界ヘルニア。
天球は異世界、地球は宇宙の法則下にある。
このサルウッドの暴挙は宇宙の管理者ユミルと異世界の管理者ルーシオの双方に喧嘩を売っている。
現在、アルティマがサルウッドの後ろ盾となり、ユミルが黙認しており、ルーシオを怒らせている。
地球はあとから太陽系に転がされたモノで、本来は宇宙に存在するべきではない異物。
ユミルとしては向こうに返したい。
ルーシオとしてはこっちに押しつけたい。
地球人は宇宙法則上で生まれた異世界人と言えるが、異世界環境に適応可能なのは高天ヶ原民のみ。
【月一武道会】毎月学校で開催される決闘大会。
予選は三週間かけて中休み、お昼休み、放課後に、本戦は最終週のお昼休みにおこなわれる。
エントリーは本人だけでなく、他人が勝手に推薦することもできる。
その際、エントリー費用は推薦者自身が支払う。
推薦された者は参加しなくてもいいが、記録上、黒星とされる。
負けた者が勝利者を推薦することはできない。
男女の決闘は特殊でお見合い扱い。
申し込みはプロポーズ。
つまり、六百六十六連敗以上しているスグルの失恋とは、女子にド突き合いを申し込んで試合で勝ったり、負けたり、不戦敗になったことを意味している。
なお、男子が女子に勝っても付き合うことはできない。
男子の勝利=失恋。
自分より強者の子を妊娠すれば母子ともに焼け死ぬリスクが高いため恋愛は禁止となるため。
よって八百長は許されない。殺人行為とみなされる。
公式の場での決闘は記録に残るので、勝敗はそのまま交際の公的認否となる。
強者に挑む男子は自殺志願者ではない。
女子も男子を血祭りにしたいわけではない、……はずだ。
自由恋愛を望むなら女子は敗れるわけにはいかない。
スグルは大会などで頻繁に墓穴を掘るので実績がない。
女子からすると、クソ強い割に得られる評価が低く(負ければスグル以下、勝利しても本人のミスによるものと判断されてしまい)うまみがない。かといって全く告白されないのもそれはそれで癪という厄介な相手。
司会者『ご覧いただけたでしょうか。〇〇君はこのくらいはやれます。〇〇ちゃんはそんな男子をボコれるほどにお強いです。だから観客席のご両親ならびに倫理委員会の皆様。この二人の交際を認めてあげてもよいのではないでしょうか』
決闘によって得たお付き合いする、しないの選択権は、基本的に男子を下した女子にある。
司会者『ハイ! 圧勝でしたねー。では、ドキドキのご返事ターーーイムでぇすッ! OKならば熱いキスを彼のほっぺに! ダメならこの伏せし負け犬に容赦なきトドメを! では、お願いしまぁすッ!』
返り血女子『えっと……ごめんなさい!(ゴキャッ)』
満身創痍男子『ごふっ』
会場に起こる拍手喝采の嵐。
基本ルールは以下の通り。
立会人の宣言『火蓋は落とされた』を双方が復唱することで試合開始。
龍脈形成(気のチャージ)は試合開始が認められてからおこなう。
予選では一度、本戦では三度まで。
制限を超えておこなえば反則負け。
纏った竜体が一定量失われた時点で終了、立会人のジャッジで負けが確定する。