第5話【修練は嫌いじゃない】
ーーはてさて、人の体力や反射神経などの運動能力は日頃の生活習慣ではまず成長しきらない。
……いや、全く成長の余地が無いわけではないが、鍛えるのとそうでないとの違いでは、雲泥の差が出るのである。
いつしかそんな雑学らしき一説を聞いた覚えがある僕は、半年程前から体力づくりを自主的に取り組んでいた。
とは言っても、スタミナや筋力をメインに上げてる訳ではない。むしろ、その方向のトレーニングは軽めに設定してある。
では、僕は何を主軸にトレーニングしているかというと、反射神経などの体を動かす上で必要になる神経系を意識的に鍛えるようにしている。
一説によると僕の現在の体年齢ごろが神経系が最も育ち、逆にこの時期に伸ばさなければ、この後に伸びることはないらしい。
そんなどこで覚えたかわからない生前の知識を参考に、手足や胴体、指先の一つ一つまで意識して動かす。
ゆっくりと筋を伸ばすようにしながら、ゆっくりと身体をほぐしていく。
……まぁ、このお子様ボディが凝り固まるような事はないので、意識づけを兼ねた、ただのストレッチがわりではあるのだけど。
そんな手足や、肘、膝をゆっくり曲げ伸ばししている僕の横では、執事長の渋いオジサンことライムさんが木造りの訓練用の剣を携えていた。
一通り身体を動かし終えてから、僕はいつものようにライムさんに向き直る。
「それでは、今日もよろしくお願いしますね。ライムさん」
「畏まりました。コーシス様」
その言葉と共に、お互いが数歩離れ、向き合ってから深く一礼。
ライムに先程渡された訓練用の剣を両手に握り、ライムさんもまた剣を構えた。
ライムの剣先がピクリとも震えた瞬間に、僕がギリギリ視認できるスピードで上段からの振り下ろしが繰り出された。
その振り下ろしを身体を横にずらして回避。
……それと同時にライムさんの剣先が軌道を変えて、右下からの切り上げへと変化していた。
それをバックステップて回避すると、左からの横薙ぎに数瞬も経たずに変化する。
足元が安定していない僕は、持っていた剣でライムさんの剣先の軌道を反らし、体制を整えつつ、相手の懐に潜り込もうと……したが、またも急速に横へと逃げた。
ライムさんから大きく離れてから一呼吸し、直前まで僕ががいた空間を見ると、ライムさんから放たれた右上からの袈裟斬りが振り下ろされていた後だった。
「……今のは流石に焦りましたよ、ライムさん。今の一合は数段速くなかったですか?」