第4話 【両親のノロケほど見いていて辛いものはない】
ーーさて、前世では僕の家族関係は完全に崩壊していた。
父親は多額の借金を残し蒸発、母親は僕が異能で稼いだ金を使い込み、挙句の果てには周囲の目を気にしてか掌を返したかの様に『悪魔』や『化け物』と恐れ始めた。
『……自分が産んだ子供の癖に』と思ったこともあったが、研究所の連中に売り渡された時から、最早あいつを親とも思わなくなった。
……ホント、どっちが悪魔なのだろうね。
ーー閑話休題。
そんな前世での反省を活かし、今世での家族関係は良好である。
……否、良好過ぎた。
「おはようコウちゃん!!今日も私のコウちゃんは可愛いわねー!」
「おはようコーシス。今朝は随分ゆっくり寝ていたが、寝付きが良くなかったか?やはり、まだ俺たちと一緒に寝た方が……」
「おはよう御座います、お父様、お母様。お母様、少し離れてください、苦しいです。そしてお父様、僕は一人で寝起き出来ますので心配なさらないで下さい。」
食堂の扉を開けると今世での両親、アリシア母様とゼニス父様が"まってました!"と言わんばかりに駆け寄って来た。
いや、母様に関しては苦しいくらいに抱きついて来たが。
さっきの会話の内容から察されるが、この両親かなりの親バカだった。
本当に、どーしようもないくらい子離れできないであろう親バカだった。
「大変だわアナタ。コウちゃんが反抗期になっちゃったのかもっ!?」
「落ち着くんだアリシアっ、俺たちのコーシスがそんな反抗なんてするわけがない。女神のようなアリシアの子だ、なにか考えがあってのことに違いない。」
「まぁ、アナタったら女神だなんて。そんなアナタこそ私にとってはどんな英雄よりもカッコ良くて素敵な人よ。そんなアナタの子だもの、そうね何か考えがあってのことだわよね。」
「……よせよ、アリシア。照れるじゃないか。」
そんなことをのたまいながら目前でピンク色の空間を広げる我が両親。
……ヤバイ、盛大に砂糖を吐き出しそうだ。
というか、この二人は常に仲が良い。仲が良いのを通り越して、吐きそうなイチャラブ空間をいつでもどこでも作っている。
いや本当に、両親のノロケほど見ていて辛いものはないと思う。
「……考えもなにも、僕はもう5歳です。お父様の後任として立派にならなければいけませんし、今の内から自分で出来ることは自分でしていかなければなりません。」
僕がこんな事を言うのも、両親のことを気色悪いくらい丁寧に呼んでいるのにも訳があり、実はこのベルゼント家はかなり立派なお家柄だった。
アデルナ王国では貴族階級が存在するが、その五等爵の内の第2位。
……つまるところ侯爵家であった。
階級第1位である公爵家は王族関係者が占めるので、王族関係以外ではその地位は一番高いらしい。
……が、この両親を見てるとそんな実感は全く湧かない。威厳の"い"の字も感じさせないのだから、しょうがないと思う。
さて、そんな訳で順当に行けば父様の後任は、当然ながら第一子の僕だろう。
この両親ならば多分なにも文句は言わずに僕にその役目を譲るだろうが、やはり周囲の目というものがある。
やり過ぎない程度には、“才覚のある子”を演じなければ周りは納得しないだろうし、無用な争いは避けれるなら避けたい。
だが、我が両親はその子供らしくない僕の反応がお気に召さないらしく、少し顔をしかめた後に諭すように僕に話しかける。
「……いいか、コーシス。お前の考えは素晴らしく立派だぞ? だが、お前はまだ5歳になってまだ間もない。まだそんなに将来を考えなくても良いんだ。」
「そうよ、コウちゃん。まだまだコウちゃんが考えるには早過ぎる事よ?」
ーー確かに、幾ら貴族の子といえど、5歳児は多分こんな事は考えない。僕が両親の立場なら、確実に不審に思うだろう。
しかし、後々出てくる厄介ごとを消せるのならば、今の内に打てる手は打っておきたい。
その為にはまず両親を納得させて置かなければ。
……正直あまり気は乗らないが、前から考えてた手でいくか。
「父様、母様、そんな事はありません。……それに妹に情けない兄の姿は見せれませんから。」
そう、つい2年と半年前に僕には妹が生まれていた。
"妹に立派な兄と見られたいという幼い意地"、そう両親に誤解させておけば、多少のマセた行動や発言もある程度は可愛く映る筈。
実のところ、半分くらいは本心だったりするのだが、そこはまぁ良いや。
それをクッションにしつつも、ある程度の片鱗を見せていけば、無理なく……とはいかずとも、許容されるレベルで"才覚ある子供"が演じれると踏んだのだ。
ーー余談だが、自身初の妹は人間嫌いの僕でも可愛くて可愛くてしょうがない。
……シスコンだと、笑いたければ笑え。
仕方ないだろう、あんな風に『にーに、にーにっ』と無邪気に甘えてくるのだから。
僕の荒みきった心でさえ、妹の笑顔に癒しを覚えてしまったのだ。
不覚にも、妹になら僕はたとえ裏切られようが、殺されようが構わないとさえ思えてしまった。
……本気で嫌われるのだけは勘弁願いたいものである。
ーーその後、両親とその場に居た使用人数名から生暖かい目で見られ、やはり発言するべきでなかったと後悔しながらの朝食は、言うまでもなく苦悶の時間だった。