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光の勇者

 自邸で自ら謹慎していたクライフの元に、王国騎士団から派遣された兵士が訪れのは、人類の存亡をかけた戦いから三日後のことだった。


 いよいよ死ぬ時が来たのだ、と思った。

 

 クライフが率いていた小隊五十人のうち、生き残っているのはわずか十八人。

 被害を最小限に抑えるはずの戦いで、三十二人もの部下を死なせてしまった。

 

 それだけでも死に値するというのに、救援に駆けつけたてくれた勇者まで失う始末。

 しかもそれを成した敵は取り逃がしている。


 弁明も、弁解もするつもりはなかった。

 斬首が妥当だろうと、自分でも思っていた。

 

 だからこそ、落とされた首が見苦しいものにならないように、毎日湯を浴び、髭を剃り、待っていたのだ。


 死を望んでいるわけではない。

 だが、死ぬことで楽になれるとは思っていた。


 朝起きた時、食事をしている時、神に祈りを捧げている時。

 ふとした時に、二つに割れた部下達の姿が、手足や頭を切り離された部下たちの姿が、脳裏に浮かんでくる。

 

 毎晩のように、悪夢も見た。

 同じ飯を食い、ともに笑い、ともに戦った戦友たちが、ただの肉塊へと変わっていく。

 そしてその肉を、黒い怪物が貪り喰らう。


 そんな悪夢だ。


 眠りが浅くなり、肉を食べられなくなった。

 

 心と体が、常に疲れていた。


 しかしそれも、今日で終わる。

 

 幸いなことに、平民から武功によって騎士に取り立てられ、小隊を指揮するための名目として一代限りの騎士爵を与えられたクライフは、爵位こそあるものの正当(・・)な貴族ではない。

 

 当然所領もないし、両親もクライフが幼い頃に他界しているうえ、まだ妻も子もいなかった。

 

 クライフという、平民上がりの『貴族(まが)い』が消えたところで、苦しむ者は誰もいないのだ。

 

 その分、気は楽だった。


 兵士の後を歩きながら、城下町を目に焼き付けていく。

 生まれ育った町だ。

 

 見習い時代によく通った食堂。

 初めて剣を買った武器屋。

 仲間と共に勝利を祝った酒場。


 一度も立ち寄ったことのない花屋でさえ、今この時目にしてみると、自分の人生を彩る景色の一つだったのだと感じることができた。


 自分が死んだら、誰かがあの花屋で買った花を、墓に備えてくれるだろうか。


 ふと思い浮かんだその考えに、自嘲の笑みが漏れた。

 

 だれが自分に花など手向けるものか。

 自分は英雄ではない。犯罪者だ。

 部下を死なせ、勇者を死なせ、その仇をとることもなく生き残った臆病者だ。

 

 そもそも、斬首と決まれば墓など与えられない。

 首は晒され、体は街の外に捨てられて獣の餌だ。


 こんな自分でも、最期に飢えた獣の餌くらいには役立てるかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか目的地についていた。


 だが…………



 ────王城?



 目の前にそびえるのは、間違いなくクライフが勤めるリギア王国の王城であった。

 

 処刑場とは全く別方向である。

 

 混乱するクライフを、兵士は問答無用では引っ張っていった。

 そして、我に返ったとき、クライフは謁見の間で跪いていた。  



おもてを上げよ」

 

 

 威厳ある声が、最も高い場所から響いた。

 顔を上げるにつれ、金糸で彩られた赤い絨毯がどこまでも伸びていく。

 

 左右に立ち並ぶのは、国の重鎮たち。

 その中に三公と呼ばれる大貴族の姿を見つけ、クライフは目を見開いた。


 貴族の中でも最高位である三人が揃うなど、世界の命運を懸けた対魔王会議でも滅多にないことだった。


 特に、傷だらけの顔と剣の腕で知られるジェラルド・オーソン・ネル・フィネガン公などは、ほぼ全ての会議に腹心の部下を参加させ、自らは戦地に立ち続けたという逸話を持つくらいだ。


 他の二公────ランバート・フルブレア・ギル・レーガン公とロートハルト・レリウス・アル・グエン公にしても、滅多なことでは自ら足を運ぶことなどない。


 そして絨毯をたどっていけば、その先には当然のことながら彼が忠誠を捧げる王────バルトロメイ・ネアン・シルメイア・ソル・リギア十二世の姿があった。

 

 大陸南東部に位置する大国リギアの王にして、魔王に対抗するため締結された国家連合の宗主。


 人類の指導者といっても過言ではない偉大な王が、クライフを見つめる視線は鋭い。


 クライフは、また下がりそうになる頭を意志の力で押さえ、次の言葉を待った。

 


「まずは、よく生きて戻った。お前たち騎士の働きがあったからこそ、アストレア殿は後顧の憂いなく、魔王との戦いに挑むことができたのだ。その功は、軽いものではない」


「………もったいない、お言葉です」


 

 叱責を覚悟していた為に、王の言葉に対して反応が遅れた。

 すぐに形式通りの返答を返しはしたが、その声には敬意ではなく罪悪感が滲み出てしまっている。

 

 自分に功など有りはしない。

 それは、自分が一番よく知っているのだ。

 多くの部下を死なせ、勇者を死なせ、役立たずの自分だけが生き残ってしまった。


 功を(ねぎら)われる英雄などではない。

 罪を問われるべき罪人のはずだ。

 


「クライフ・リーエル」

 

「……はっ」

 


 いつの間にか下がっていた視線を、王の言葉が引き上げた。



「報告は、伝令より聞いた。ここに居る者達は、その内容を知っている。だが、直接聞きたいのだ。それを見た者の口からな」


「……はっ」


「話せ、何があったのか」


 

 ようやく、クライフは状況が理解できた。

 罪人を処刑する前に、勇者アストレアの最期を聞き出しておきたい。

 そういうことなのだろう。

 

 ────これが、最後の勤め。


 そう思い、クライフはその目で見た惨劇を語り始めた。





 ◇



 クライフが全てを語り終えると、重苦しい沈黙が、謁見の間を支配した。


 誰もが口を閉じ、俯き、青ざめている。

 肩を震わせている者もいた。



「……信じられん」


「おお……神よ……」


「まさか、戦鬼オーガごときに……」



 驚愕、嘆き、憤り。

 沈黙の中から、勇者の死を悼む囁きが生まれ、さざなみのように広がっていく。


 あらかじめ報告を受けていたとはいえ、その衝撃は小さいものではないだろう。

 伝令から伝えられていたのは、『勇者の死』という事実だけだ。

 

 なぜ死んだのか、どのように死んだのか。

 どう戦い、どう敗れたのか。


 生々しい死の光景・・・・が加わることで肉付けされた勇者の死は、確固たる現実として、聞く者の心に重くのし掛っていた。


 勇者の死は、重い。

 特に、リギア王国に生きる者にとっては。


【光の勇者】アストレアは、リギア王国の『象徴』だったのだ。

 

 リギア王国に仕える子爵位、レグルス家の長男として生まれたアストレアは、幼い頃からその将来を嘱望しょくぼうされた存在だった。

 

 その身に宿す【加護】が、数十年に一人生まれるかどうかと言われる【光属性】だったからだ。


【光属性】は魔族特効。

 折しも、世界は魔王による侵略の驚異に脅かされている最中(さなか)であり、アストレアの誕生は嫌が応にも期待を集めた。


 そしてその期待に応えるように、アストレアは、勇者と呼ばれるに相応しい資質を開花させていった。


 十九歳という若さで、すでに剣技、武技アーツ、魔術、どれをとっても一流以上の使い手だった。

 範囲攻撃こそ得意ではなかったが、魔物相手の一騎討ちなら無類の強さを誇っていた。

 

 性格も、勤勉であり実直。


 その実力と人格が評価され、アストレアは創造神を祀る【アリオト聖教会】から光属性の威力を倍増させる至宝【聖剣アスケイロン】を授与され、正式に光の勇者として認定されることになった。

 

 リギア国王が、臣下であるアストレアに『殿』と敬称を付けるのも、勇者の称号が神の権威を司る聖教会によって授けられたものだからだ。


 リギアが掲げる『旗』として、アストレア以上の存在はなかった。

 国家連合の宗主となることができたのも、魔王を倒す切り札である光の勇者を有しているからこそだったのだ。

 

 アストレアが魔王を倒し凱旋したあかつきには、勇者アストレアと、王の一人娘である王女シャウラの婚約を発表する用意もあった。

 そうなれば、リギア王国は人類の災厄を退けた『英雄王』が治める国となる。

 

 将来的には、連合王国から国家連邦へと移り変わり、アストレア共和国や、アストレア連邦王国といった巨大な国が生まれる可能性すらあった。

 

 …………だが、それはもはや叶わぬ夢だ。

 

 魔王という共通の敵を失った国家連合は、これから少しずつ瓦解していくだろう。

 そして、アストレアという求心力を失ったことにり、その速度はさらに増すことになる。


 国の行く末を憂い、貴族たちが囁き合いを続ける中、不敬であることを承知の上で、クライフは王から視線をずらした。

 その視線の先にあるのは王の隣に座る少女、リギア王女シャウラの姿。


『リギアの白い花(エフィリム)』と謳われた美貌は憔悴しょうすいかげり、その肌は美しさを通り越して死人のように青白い。


 ……無理もない。

 

 政治的な婚姻とは関係なく、勇者アストレアと王女シャウラが互いに想い合っているというのは周知の事実だった。

 ただの噂ではなく、二人が仲睦まじく微笑み合う姿は何度も目撃されていた。

 

 仕える国の王女としてではなく、一人の少女の心中を思い、クライフは胸を痛めた。





 ◇



「────勇者アストレア殿は魔王を見事を討ち果たした。

 だが、魔王との戦いで負った傷は深く、王城に戻られた後に息を引き取られた。そう布告する。伝令より伝えられたこと、この場で聞いたことは胸の内に秘し、真実を知る部下にも決して口外せぬよう徹底させよ」


 

 クライフの報告によって引き起こされたざわめきが静まったのを見計らい、王が口を開く。

 


「それしか……ありませんな」



 切れ者と名高いグエン公がそれに応えた。


 魔王を倒した勇者が、たかが戦鬼オーガに殺されたなどとおおやけにできるわけがない。


 民は物語を望む。

 勇者が数々の強敵を打ち破り、王国に平和をもたらす物語だ。

 

 そして万が一、物語の主人公である勇者が死んだのなら、その死に相応しい演出・・を期待している。

 

 勇者の死は、ただ戦死した(・・・・)という一言で片付けることはできないのだ。

 劇的で、華々しいものでなけば、民は納得しない。


 当然、他国に対しても、真実を告げるわけにはいかなかった。

 

 魔王を倒した勇者が、戦場で名も無き魔物に倒されたとなれば、勇者の実力、ひいては魔王の驚異そのものに疑いを持たれかねない。

『魔王を倒すことができるのは、光の勇者アストレアだけ』という大前提があったからこそ、国家連合はリギア王国を中心に纏まっていたのだ。

 

 

「報告にあった、アストレア殿を倒したという黒い戦鬼オーガに関しては、どのように対処いたしますか?」


「うむ。そのことだが……」


「殺しなさいっ!!」



 グエン公の質問に対する王の返答を遮った存在に、全ての意識と視線が向けられる。

 その中心にあるのは、シャウラ王女。



「殺しなさい! なんとしても、どんな手段を用いても、必ず殺すのです!」



 突然立ち上がり、目に暗い光を宿して叫ぶ王女の姿に、誰も口を開けずにいた。



「殺しなさい! 殺すのです! 殺して! 殺して! 殺して!」


「シャウラ……」


 

 そこにいるのは、リギアの花と呼ばれた深窓の美姫ではない。

 愛しい者を奪われ、かたきの死を望む一人の女だった。



「殺して! 殺して! ころ………っ! あ、ああ、あぁぁぁぁぁっ!」


「……だれか、シャウラを部屋に」



 途中から泣き崩れたシャウラ王女が、王の言葉によって謁見の間から連れ出されていく。



「……痛ましいことだ」



 シャウラ王女に護身として剣を教えたこともあるフィネガン公が、溜息とともに呟く。



「どうしてもと言うから、この場に同席させたが……やはり、聞かせるべきではなかったな」



 王もまた、重々しい溜息とともに呟いた。


 愛しい者が亡くなったと聞けば、その仔細を知りたくなるのは当然のことだ。

 そのため、王であると同時に父でもあるリギア王は、娘の参加を強く止めることができなかった。

 

 だが、あの様子では、心の傷をさらに深めただけだろう。



「黒い戦鬼オーガに対しては、戦場に現れた【災禍級】の魔物として、各国と聖教会、そして冒険者ギルドに通知することにする。そして、現れた先でそれぞれ対処してもらうのが、最もよいだろう」


「…………【災禍級】、でよろしいのですか?」



 外交と通商に関して最も豊富な経験を持つレーガン公が、王に問いを返した。

 

 魔物は、その危険度に応じて【災難級】【災厄級】【災禍級】【災害級】【天災級】の五段階に分けられている。

 その中で【災禍級】と言えば、ちょうど中間にあたる危険度だ。


 レーガン公の疑問は最もだろう。

 複数の国家が連合して、ようやく討伐したのが【天災級】である魔王なのだ。

 黒い戦鬼オーガは、その魔王を倒した勇者を、一体一で圧倒した化物。


 だが、王は答える。



「魔王の恐ろしさは、光属性以外の攻撃を殆ど受け付けないこと。そして、多くの魔族を配下として従える力を持つことだった。アストレア殿は、【光の勇者】。

 魔王に対する切り札ではあったが、人類最強の戦士という訳ではない。

 単純に個としての強さならば、【剣の勇者】や【槍の勇者】など、他の勇者たちには及ばぬであろう」


「…………さようですな。戦鬼オーガは群れることもなく、他の魔物を従えるような特別な能力もなく、広範囲に影響を及ぼす魔術なども使えないと聞きます。個体としてどれだけ強かろうと、【災禍級】が妥当でしょうな」


 

 王の冷静な判断に、レーガン公は頷いた。

 王は既に、アストレア亡き後に起こる、他国との摩擦に考えを巡らせているのだ。


 戦場で暴れたというだけの魔物を、いきなり【災害級】や【天災級】として他国に報じてしまえば、なぜそこまでの驚異を感じたのだ、と勘ぐられてしまう可能性もある。


 アストレアが敗れた時、その近くにいたのはクライフをはじめとした自国の騎士ばかりだったが、戦場にいた騎士の大半は他国のものだ。

 

 もし真相がどこからか漏れ出たとき、それを裏付けるような情報を、自ら流すわけには行かなかった。



「では、直ぐに使者を選出しましょう」


「うむ、任せた。────次に、騎士クライフ・リーエル」


「はっ!」


 

 国の首脳たちの会話を耳に挟んでいたクライフは、突然の呼びかけに驚きながらも返答する。



「魔王討伐まで戦線を維持し続けた功は軽くない。だが同時に、三十二名の部下を死なせた罪は重い。

 よって、お前に与えたリギア王国騎士爵、および騎士の(くらい)を剥奪する」


「…………それだけ、ですか?」



 与えられた罰の軽さに、クライフは不敬である事を承知の上で聞き返していた。


 クライフが生まれながらの貴族であったなら、これは十分に重い罰だと言えるだろう。


 貴族として生まれ育ったものは、貴族以外の生き方を知らないからだ。


 だが、クライフはそもそもが平民の出だ。

 爵位を剥奪されたところで、没収される領地も、失われる誇りもない。


 困惑の表情を浮かべるクライフに、リギア国王は言葉を続けた。



「無論、それで終わりでは無い。クライフよ、お前には【黒い戦鬼(オーガ)】」の行方を追ってもらう」


「……っ!」



 その言葉に、クライフは肌が粟立ち、血が冷えるのを感じた。

 それが恐怖から来るものか、それともぶり返した強い怒りから来るものなのかは分からない。


 だが、その感情は間違いなく、脳裏に浮かんだ戦鬼(オーガ)の姿に対して向けられていた。



「準備を整えたら、すぐに発つがいい。人を付けてやることも、他国に融通するよう口をきいてやる事も出来んが、資金だけは用意しよう。

 ────いいか、クライフ。これはあくまで、我が国とは関係のないひとりの男が、自らの意思で行うことだ。そう心得よ」



 強い視線と共に念を押され、クライフはようやく王の意図を理解した。


 あの戦鬼(オーガ)は、絶対に討ち取らなければならない。


 それは後顧の憂いを少しでも減らすためであるが、同時に王の私怨も多分に含まれている。

 

 リギア王国の輝かしい未来が、可愛い一人娘の想い人が、何人もの優秀な騎士たちが、たった一匹の戦鬼(オーガ)によって奪われたのだ。


 その元凶を放置する事など、できるわけが無い。


 勤めて平静を装っている王であるが、その(はらわた)は煮えくり返っているだろう。


 だが、先の話し合いでもあったとおり、リギア王国が大々的に戦鬼(オーガ)の討伐に乗り出すことはできないのだ。


 騎士団を動かせば、その理由を探られる。

 国として冒険者ギルドに依頼を出すのも、同じ理由で不可能だ。


 しかし、戦鬼(オーガ)を追うのに適している存在が、一人だけいる。


 家族がおらず、位を剥奪しても不自然ではなく、戦鬼(オーガ)に対して強い恨みを抱いている男────


  

「受けてくれるな、クライフ」


「……はっ、謹んで、お受け致します」



 失われていた光を再び瞳に宿して、クライフは王に答えたのだった。

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