人の剣
「聞いているのか!」
アストレアの怒声に応じるように、戦鬼が駆けてきた。
「くっ!」
意識を切り替えて、【聖剣アスケイロン】を構える。
もともと、説得が通じるとは思っていなかった。
魔王が死に、その支配から解き放たれたとはいえ、魔物は魔物だ。
万が一の可能性を思って声をかけたが、やはり人類の敵であることに変わりはないようだ。
瞬く間に間合いを詰めてきた戦鬼が、剣を振り下ろしてくる。
予想していたよりも、遥かに速い。
アストレアは、それを受けることなくギリギリで躱した。
首を落とそうと聖剣で斬り上げるが、盾で軌道を逸らされてしまう。
「ちっ!」
跳び退って、距離を開けた。
一瞬前までアストレアがいた空間を、凄まじい勢いで盾が通り過ぎる。
あの場に留まっていたら、今頃地面に叩きつけられて死んでいただろう。
魔物の動きではない。
剣を振り下ろした後も体勢を崩すことなく、こちらの攻撃に対応してみせた。
明らかに、訓練を積んだ者の動きだ。
間合いが離れた一瞬の隙に、アストレアは彼我の戦力差を分析した。
攻撃範囲は向こうが上、膂力も圧倒的に向こうが上。
速度は辛うじてこちらに分があるが、手数で翻弄できるほどの差はない。
身体能力では、明らかに負けていた。
だが、魔物と比べて人間が身体能力で劣るのは、当たり前のことだ。
人間の強さは、それ以外の所にある。
「いくぞっ!」
今度は、アストレアから仕掛けた。
精神を集中させ、【武技】を発動させる。
「《烈光刃》!」
開いた間合いを詰めることなく、剣を振り下ろした。
闘気を孕んだ光の刃が、鋭い音を立てながら戦鬼に疾る。
だがその攻撃も、盾によって流された。
…………やはり、上手い。
アストレアの持つ聖剣アスケイロンには、光属性の威力を増幅させる能力がある。
その能力によって強化された遠距離斬撃《烈光刃》の威力は、巨大な岩を両断するほどだ。
正面から受け止められても、盾ごと切り裂けるはずだった。
しかし、流された。
光の刃は、盾の湾曲を滑るように流れ、威力を殺された。
膂力に優れる戦鬼が、それに頼らない戦い方をしている。
アストレアは、目の前の戦鬼に対する脅威度をさらに引き上げた。
おそらく、単純な戦闘技術で言えば魔王の側近であった四魔将の一人、【剣魔ファルザ】にすら匹敵するだろう。
倒すべき敵だが、その技量の高さは賞賛せざるを得なかった。
アストレアの足が、地を蹴る。
間合いの外からどれだけ攻撃しても、あの戦鬼を倒すことはできない。そう判断したのだ。
ともに魔王と戦った魔術師の『イーラ』がこの場にいれば、遠距離戦で仕止めることも可能だっただろう。だが、彼女は今、魔王との戦いによって負った傷の治療に専念しており、とても戦場に出れるような状態ではなかった。
「《瞬光》!」
間合いを詰めながら、戦鬼の目の前に、魔術による光の爆発を生み出した。
威力はないが、激しい光の直撃を受ければ目が潰れる。
「《守護光盾》! 《双光刃》!」
連続で発動した武技により、体の周囲に光の盾が出現し、聖剣の刀身に寄り添うように光の刃が現れた。
魔術と武技。
戦闘時に取れる手段の多さこそが、人間の強さだ。
間合いに踏み込み、戦鬼の首目掛けて斬り込んだ。
しかし、これも盾で流される。
《瞬光》は防がれたようだ。
戦鬼の目は、しっかりとアストレアの姿を捉えていた。
聖剣の腹を押すように弾かれ、体勢を崩される。
がら空きになった胴体に、剛剣が叩き込まれた。
ギンッ! と鋭い音が鳴り、《守護光盾》がアストレアを両断しようとしていた剣を食い止める。
同時に《双光刃》が戦鬼の肩を深く切り裂いた。
《双光刃》によって作り出された光の刃は、アストレアが振るった聖剣の動きに合わせ、一拍遅れて追随するように動く。
そしてその光の刃は、聖剣の実体が本来通るべき軌跡を辿るのだ。
例え剣が途中で止められたり、逸らされたりしても、光の刃はアストレアが思い描いた通りの軌道を疾り、敵を切り裂く。
首を落とせなかったのは、戦鬼が体を反らせた為だった。
技術だけではなく、勘も鋭い。
相当な数の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
だが、躱されたとはいえ、与えた傷は浅くないはずだ。
弾かれた聖剣を引き戻し、そのまま斬撃に変えた。
右から左へ。
光の刃が、それに追随する。
左から逆袈裟に。
上から真下に。
足元を斬り払い、また上に。
縦横無尽に斬り付ける。
反撃などさせはしない。
聖剣と光の刃による圧倒的な手数で、このまま倒しきる。
そうしなければならない。
優れた戦士としての本能が、それを感じ取っていた。
優位な状況にありながらも、アストレアが感じているのは焦りだ。
理由は分からない。
この状況に持ち込み、そこから覆されたことはないのだ。
現に今も、戦鬼はアストレアの攻撃を捌ききれず、全身から血を流している。
なのに何故。
どうして。
自分が勝利するイメージが湧いてこないのか。
「おおぉぉぉぉっ!」
さらに、剣の速度を上げた。
守りのことは考えない。敵の攻撃は、《守護光盾》が防いでくれる。
この技で、常に勝ち続けてきた。
何百、何千という魔物を葬ってきた。
魔王ですら、光の刃に切り裂かれて塵となった。
今回も同じだ。
この戦鬼を倒し、戦場に残る魔物達を掃討し、国に帰る。
そして…………
束の間、愛する女性の顔を思い浮かべ、アストレアはさらに速く、さらに強く、さらに深く、剣を繰り出した。
二つの刃が嵐のように舞い踊るなか、アストレアと戦鬼の視線が交差する。
血にまみれ、苦痛と敗北の恐怖に歪んでいるはずの戦鬼の顔は………
笑っていた。
「……っ、オォアッ!」
肌に粟立つものを感じ、アストレアは《双光刃》を聖剣に収束させると、重なる二つの刃で同時に斬り上げた。
狙うのは、戦鬼の持つ剣。
アストレアの斬撃をいなしきれずに、戦鬼の剣が、それを持つ腕ごと後ろに弾かれた。
体勢も大きく崩れる。
──もらった!
勝利を確信し、致命的な一撃を叩き込もうと聖剣を振りかぶった。
瞬間。
アストレアは、地面が揺れるのを感じた。




