求めるは強者
正面の重装兵を蹴り倒し、頭を兜ごと踏み潰す。
そして、その後ろにいた魔術兵を、股間から頭頂まで斬り上げた。
ひと呼吸置いて、魔術兵が縦に割れる。
ヴォルクは血脂のこびり付いた曲刀をひと振りし、辺りを見回した。
縦か横かの違いはあるが、同じような死体が三十ほども転がっている。
無数の死体を量産した結果、一つ、わかったことがあった。
それは、自分が弱くなっている、ということだ。
記憶の中にある自分より、身体能力は向上しているように思える。
しかし、それを使いこなせていない。
技の精度も鈍っていた。
戦鬼は、一家族ごとに独自の戦闘技術を持っている。
その研鑽、そして技術を次代に受け継ぐことが戦鬼の使命だ。
ヴォルクが受け継いだのは剣と盾の技。
幼い頃から叩き込まれ、血反吐を吐きながら修行に励んだ。
師である父には、なんども殺されかけた。
実戦と同じくらい、訓練で死ぬ者も多い。
それが戦鬼だ。
だというのに……
ヴォルクは、岩のような顎をグッと噛み締めた。
命懸けで磨いてきた戦闘技術が、鈍っている。
それは、赦しがたいことだった。
情けなさに、悔しさに、そして罪悪感に身が震える。
────もっと、強い敵と殺し合いたい…………
この戦で斬った敵は、木偶のような者ばかりだった。
自分を殺せる技量を持つ者が相手でなければ、鈍った技を磨き直すことなど出来はしない。
強者を。
命懸けの死合いを。
敵を求め、視線をさまよわせるヴォルクに、風が吹き付けた。
血なまぐさい、戦場の風だ。
その風に、今まで感じたことのないような、強い気配が乗ってきた。
視線を向ける。
兵士達が左右に分かれ、その間に一人の人間が立っていた。
若い男だ。
人間の年齢などはあまり判別できないが、ヴォルクにはその男が、まだ成人して間もないような若者であるように見えた。
こちらを射抜く瞳は、空のように蒼い。
男の姿は、戦場に立っているのが不自然に思えるほど、輝いて見えた。
金色の髪にも、白い肌にも、戦場の汚れがまるで見て取れない。
まるで今この瞬間戦場に現れたかのように、血も土埃も付着していないのだ。
男の装備に目を走らせる。
銀色の胸甲に篭手と具足。
剣は両刃の片手剣。
これまた、不自然なくらい軽装だ。
動きやすさを求めているのだろうが、あれでは乱戦になれば身を守ることができないだろう。
屈強な肉体を持つ戦鬼と違い、人間は剣で斬られたり槍で突かれただけで容易く死んでしまう脆弱な生き物なのだ。
現に、今までに斬り倒してきた人間は、魔術兵などの後衛職以外は全員重量のある金属鎧で身を固めていた。
それに比べれば、男の装備は長距離の移動を前提とした────そう、冒険者の装備と大差なく感じられる。
だが…………と、ヴォルクはむしろ警戒を強めた。
男の持つ剣からも防具からも、ただならぬ気配が漂っているのだ。
おそらく、何かしらの魔術的な強化がなされているのだろう。
次に、ヴォルクは男の体を視た。
脚、腰、腕、肩、首、顔。
そのどれにも、緊張は見られない。
そして、表情には強い意志が現れていた。
目の前の敵を倒す、という強靭な意志だ。
男が、一歩前に出た。
それだけで、吹き付ける闘気が圧力を増す。
ブルッ、と体に震えが走った。
恐怖からではない。
歓喜からだ。
待ち望んだ強者。
それが、目の前にいる。
「魔王は死んだ。それでも、まだ戦い続けるのか?」
男が、言葉を投げかけてきた。
威圧感は変わらないが、すぐに斬りかかってくる気配ではない。
ヴォルクは肩を回し、剣を軽く振って握りを確かめた。
戦いながら感じていたことだが、やはり、柄に巻かれた革の巻きが薄いようだ。
すっぽ抜けることはないだろうが、もう少し厚く巻いた方が十全に力を込められる。
今巻きなおす時間などないので、少しでも手になじむよう、握る位置を調節するだけにとどめておいた。
「もう魔王の支配からは抜け出したはずだ。俺たちが戦う意味はない」
剣の腹で、何度か左腕の円盾を叩いた。
少しぐらつく。
腕に固定するための革紐が緩んでいるようだった。
少々心許ないが、当たる瞬間に力を込めれば、腕が膨らんでその隙間を埋めるだろう。
「聞いているのか!」
男が何やらごちゃごちゃと喋ってくれたおかげで、装備の状態は確認できた。
体にも不調を訴えている箇所はない。
あとは、殺し合うだけだ。
男の怒鳴り声に応じる様に、ヴォルクは駆け出した。