プロローグ
……ァ……
……ォォ……
──……なんだ?
どこか遠くから聞こえてくる音に、ヴォルクは耳を澄ませた。
……ァァアア……
……ォォォオオ……
それは声のようだった。
──叫び声……いや、雄叫びか。
どちらにせよ、意味のある言葉ではない。
そして、聞こえてくるのは雄叫びだけではなかった。
金属同士がぶつかり合うような音もまた、周囲から無数に聴こえてくる。
……ヮァァアアアアア……
……ゥォォォオオオオオ……
──……これは………そうだ……なぜ、すぐに思い至らなかったのか。
ワァァァアアアアアアアッ!!
ウォォオオオオオオオオッ!!
これは、戦いの音だ。
雄叫び、剣戟、肉を断つ音。
戦士達が奏でる戦場音楽。
ヴォルクの最も好きな音だ。
戦闘種族である【戦鬼】のヴォルクにとって、戦いとは日常だ。
日常であり、娯楽であり、人生の目的だ。
そして戦鬼族の始祖である【戦神】へ至るための、崇高な儀式でもある。
それなのに、なぜすぐ気づくことができなかったのか。
微睡むように重たい頭を振って、スゥ、と鼻から大きく息を吸い入れた。
砂埃の臭い。
汗の臭い。
鉄の臭い
排泄物の臭い。
そして、血の臭い。
──あぁ…
心が、昂ぶる。
靄がかかったような思考が、しだいに明瞭になっていった。
そして目に入ってきた光景。
そこは………
戦場の真っ只中だった。
◇
右手に曲刀。
左腕に円盾。
目の前に広がるのは、大地を埋め尽くすほどの【人】の軍勢。
紛う事なき戦場だ。
しかしヴォルクには、なぜ自分が戦場に立っているのか分からなかった。
今に至るまでの記憶が全くない。
気配を感じ、体が動いた。
右側から突き出された槍の穂先が、体の前を通り過ぎていく。
それを左手で掴んで引っ張ると、人間の兵士がくっついてきた。
突っ込んでくる勢いのままに、剣で首を刎ねる。
兵士はそのまま二、三歩たたらを踏むように歩いて、倒れた。
斬った手応えに、心の中で舌打ちをする。
切れ味が悪い。あまり手入れされていないようだった。
戦鬼族は、戦いに喜びを見出し、戦いに人生を捧げる種族だ。
武器の手入れを怠るなんてことはありえない。
それは戦いに対する侮辱だ。
なぜ。
という疑問が、また頭をよぎる。
なぜ、自分の武器は手入れがされていないのか。
ヴォルクは、戦いに対する敬意を忘れたことなどない。
敵を恐れたことはないが、侮ったこともない。
少なくとも、自分の記憶にある限りでは。
正面から槍。
剣で払い、一歩踏み込んで柄頭で頭を潰した。
ほぼ同時に左から襲いかかる斬撃を、体を回転させることで躱し、勢いのままに盾で殴りつける。
斬りかかってきた兵士は、首をおかしな方向に折り曲げたまま吹っ飛んでいった。
静かに、深く、息を吐く。
細かいことに悩んでいる暇などない。
ここは、戦場だ。
そして、自分は戦鬼なのだ。
ヴォルクは迷いを捨てると、やるべきことをやるために、一歩踏み出した。
ちょこちょこ書いていきます。
更新は不定期です。