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黄昏diversion  作者: ぷぷ。
黄昏前のプロローグ
7/10

タイジする怪物。

 ――音が聞こえる。

 ジャカジャカとヒステリックなギター。

 心臓まで響くドラムの唸り。

 ベースはそんなノイズたちをまとめあげていて。

 アタシの声は、どこまでも五月蝿かった。



 ◇



 彼女の他、その巨躯だけが、地上に広がった雲海の上に視界を持っていた。

 故に、鍋牛電子とスーツを弾けさせた男のやり取りを視認できた。


「っと――」


 飛んできたガキを受け止めながら、籠堂庸介はその場で回転して勢いを殺した。


「飛ばしすぎだろアイツ。大丈夫か? オイ」


 話しかけても返事がないことは分かっていた。

 そのため遠慮なく胸元に手を押し付け、脈動が止まっていないかを確認。


「……まあ、脈はあんな。しかし胸はねえ。フニフニのペチャパイだ。完全に骨折り損だが……折ったのがdiversionのギターボーカルの腕じゃシャレになんねえか」


 何の反応もない小娘を揉みしだいても面白くないと悟った庸介は、やたらとヒラヒラした袖を破り、電子の腕を夕日に晒した。


「ひっでぇな……こりゃ」


 二の腕が常軌を逸した力で握り潰され、内出血で肩までどす黒く変色している。

 女性の柔らかい肉とはいえ耐えられなかったのか、皮膚が裂けて血液が流れ出していた。


 人間のやることでは決してない。


「ったく、めんどくせーな……ッと」


 慣れた手つきで破いた袖を電子の腕に巻き付け、さらに近くに転がっていたビニール袋を裂いて、スリング代わりにする。

 骨折流血沙汰が日常茶飯事だったため、庸介はこの手の知識に長けていた。

 もっとも、自分に使うことはなかったが。


「これで大丈夫だろ。まあ、そこの奴が俺らを皆殺しにしなかったら、だけどな」


 庸介は、スーツを破り捨てたサラリーマン"だったモノ"に向き直った。

 何ともまあ、上半身だけが肥大したものだ。

 それに比べて下半身の貧相なこと。

 その体躯の節々に、くり抜いたような孔が空いている。

 奴が身動きする度に、火傷しそうな高温の煙が漏れ出していた。


「ふーん……その紅筋肉ダルマの中身は蒸気が詰まってる訳か」


 人間を超えた何らかの力を得た結果がこれとは、モンスターとはかくも醜いものなのだと合点する。


「ハハ、"常軌を"超"えて"蒸気"で"肥"えるなんざ、とんだ御笑い種だぜ……霧島キリシマさん」


 庸介はふと、思い当たった名前を口に出した。

 憶えていたのだ。この怪異こきゃくのことを。


 つい先刻のこと。急いで店に来て、たった1枚のCDを買って、震える手を押さえながら乱暴に会員登録していった男。

 転がったペンに触れていた男。


 ――霧島キリシマシカメ


「また一つ、合点がいったぜ。クソッ……」


 あんなに埃の一つにまで口煩い店長が、キャップを閉め忘れるはずが無いんだ。

 耐震工事も済ませてあるビルと、備え付けられたカウンターが、傾いている訳がないんだ。

 そんな場所で、キャップが無いからとはいえ、6面プラスチックで滑り止めされているはずのペンが転がるはずがないんだ。


 カタカタという歪な音は、コイツの手が溶かした面のせいで不正確な6面になったから。

 キャップがないのは、コイツが必死に抑えていた左手の中で溶けたから。


 高温になって転がり落ちたペンの中、インクはどうだろう。

 ちょっとした刺激で、いとも容易く"弾けた"のではないだろうか。


 庸介が聞いた音は、まさしくペンが弾ける音だった。


 異変のヒントを憶えている記憶力と、それを推理する力がない自分が、嫌になっている。

 こんなことなら、退屈にバイトしてるのではなく、コイツを異変前にっておけばよかったんだ。


 そんな庸介の焦りも、知ってか知らずか霧島は緩慢な動きで辺りを見回している。

 庸介の腕の中にいる1人をやったつもりで喜んでいるのか、怒りの篭った叫びも今はない。


 そうして静かになったことで聞こえる、音。

 こりゃロックだ。

 鳴っているのは、男の首元に溶けて貼り付いたイヤホンから。


「はあ、やってらんねえ。いくら俺が喧嘩っ早くても、コイツが化け物なら話は別だろ、逃げるしかねえ」


 1対1は、詰まるところ体格の勝負だ。

 庸介の身長が2mを越していたとしても、3m近くまで膨れ上がったうえに高速で動く化け物はどうしようもない。

 庸介が「だが――」と言葉を続けようとしたところで、蚊の鳴くような声が聞こえた。腕の中から。


「逃げ……んな……あ、あの下に……アキ、コ……」


 プルプルと右腕を震わせている所からして、自分の右腕が使い物にならないことにも気づいていないらしい。

 朦朧として目を閉じたまま、電子は誰かの名前を呼んだ。


 また一つ、庸介は大声で溜め息をつく。

 あの赤髪、奴の真下にいるのかよ。


「ったく……いくら神に唾吐く愚行を犯しても、怪物になった後じゃ説法は意味ねえよな……あ」


「あ」


 庸介が電子を降ろそうと手頃な場所を探していると、人々が恐れおののき波打つ中から身を乗り出してこちらを覗いている少年と目が合った。

 庸介の探し人、黒壌弥本人だ。


「お前……! ウチの商品盗みやがってクソが! ただでさえCDの売れないこの時代に弱小ショップが1枚盗まれただけでどれだけ損害食うと思って……!」


 頭に血が上った庸介が、弥に食ってかかる。

 弥は、殺されそうな気迫から逃げずに電子に手を伸ばした。


「そ、そんな話してる場合じゃないだろ! CDは返すから、さっさと殺ってくれよ!」


「あ、そか。じゃあこのガキ預かっとけ」


「わ、分かってるよっ!」


 急に冷静になった庸介に電子を投げつけられ、弥は若干気圧されながら彼女を受け取った。


「下がってろ。死ぬぞ」


「う、うん……」


 弥が、貧相な身体で精一杯踏ん張りながら距離を取る。

 震える足でも動ける所に、庸介は静かに感心していた。


「さてと……待たせたな、蒸気男スチーマー


 向き直った庸介の殺気に、散漫だった怪物の敵意が彼に集まる。

 蒸気なんかよりもよっぽど熱烈な視線に、庸介は口元を歪めてみせた。


「やろうぜ……本気の殺し合いってのを」


 化け物はその言葉に、唸るような笑い声で返した。

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