オチル天使。
白くて、儚くて――。
鮮やかな赤を散らした先に、白百合が咲いている。
アタシは”ソレ”を見て、穏やかな気持ちで微笑んだ。
ああ、ギター持って来なくて正解だったなぁ、なんて。
◇
喉を焼き殺されそうになって、慌てて口を閉じる。
目も蒸発しそうなくらいに痛かったけど、アタシは必死に見開いた。
白雲の中を泳いでいるような広範囲かつ高温の水蒸気。
交差点を全部飲み込んで、辺りには悲鳴が広がっている。
黄昏の降りる雲から顔だけ出したアタシは、全体が黄金に輝くのを目した。
「ごほっ、げほっ……! デンデン、何が起きてやがるっ……!?」
アッキーが下から叫ぶけれど、口を開いている場合じゃない。
というか、"ソレどころ"じゃない。
白煙の中で、2つの赤い光が見えた。
ギョロギョロして、それから細めたりガン開いたり……。
あれは……眼だ。
「ッ……!」
それからまた光を歪めて……それは、アタシを見て笑っているようだった。
――瞬間、白雲を穿つ。
「笑っちまうね、ベイビー……」
黄金の雲がポッカリ空いた先に、男。
燃える男、蒸発男。
全身が茹だったタコみたいに真っ赤で、身体は筋肉がブクブク膨れ上がっていて、目は充血しながらギョロついている。
人間では、決してない。
「アハハ、目が合っちゃった。アタシこれ……」
言い終わる前に、アタシの視界が翳る。
男があの距離から飛びかかってきたんだと認識したと同時、身体の右側が後方に引かれた。
やけにスローモーションで、男が通り過ぎるのが見える。
そして、右腕を掴まれていることにも気づいた。
刹那の流れの中、次いで来たのは――強烈な痛覚への刺激だった。
腕が握り潰される感覚。
骨が砕け、肉の内側を鋭利に突き刺している。
血管が弾け、ブチブチと気色の悪い音と熱が広がっていく。
瞬時の出来事を鮮明に記憶しようとしている自分の頭に、初めて嫌気が差した。
音楽で育った自分は、こんな時まで音を生み出しているなんて。
ああ――いいフレーズが浮かんでくるよ。
更に強烈な引き付け。
肩がガクッと抜けるような痛みを覚えながら、自分が投げられたのだと知る。
風圧に押されて振り返ると、男はまだ宙に浮いていて、こちらを見ながら腫れぼったい顔を嬉しそうに歪めていた。
走馬灯が、思考を加速させる。
――こりゃ、アタシ死んだよな。
――もう動かない右腕をクッションにしたら生きれるかな。
――ていうかアレ何、チートでしょ。無双ゲームだったらアイツが主役でアタシは雑魚兵だ。
――あの煙の下にはアッキーがいる。あの子くらいは逃げてほしい。
――他のニンゲンたちは、ホント、どうでもいいから。
あ、それから――。