表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏diversion  作者: ぷぷ。
黄昏前のプロローグ
5/10

黄昏前の序章:否定者「アマネアキコ」

「〜♪」


 ケースに入った相棒のショートスケールベース『Eliza』を担ぎ、お気に入りのネックバンド型イヤホンを付けて、灼熱の街を歩く。

 ベースもイヤホンも色はワインレッド。オレの大好きな色だ。

 流しているのは、diversionの曲。


 相変わらずデンデンの歌声は惚れぼれする。

 オレはアイツみたいにバチ飛んだ感性をしてないから、人前で奇行に走ったりはしないけれど。

 それでも、切り刻むような激しい曲調と狂った祈りの声に、思わず世界を破壊してしまいたくなる気分にさせられる。


 タイトルをバンド名のまま『diversion』としたこの曲は、オレたちが結成して作った初めてのオリジナルだった。


 といっても、全部デンデンが作って、オレたちは必死に食らいついてるだけだが。


 オレも歌唱力は人並み以上にあると思う。ギターもそこそこできる。

 でも、あんな『音』を出せたりはしない。


「早くライブで演奏シたくなるよ、ホント」


 彼女の声とギターは、オレたちのバンドの心臓で、血液だ。

 ぐるぐる巡って、そこかしこを熱くして。

 一度生で聞けば全身が沸騰する。


 それならオレのベースは、骨? 筋肉?

 いや、それはドラム担当のヒナのヤツだろう。

 じゃあ血管……はリードギターのミユリだと思うな。


「したらまあ……ハハ。脳でいいか」


 アイツらみんな考えなしだ。

 実生活も演奏も爆裂だ。

 それらを律して指令を与えるのは、オレの役目だと思うから。


「ホント……早く、出てくればいいのに」


 ――なんでデンデンのヤツ、ライブハウスにも学校にも出てこなくなったのか。


 1ヶ月前、ライブをした。

 観客もメンバーも最高に盛り上がったライブ。

 その直後、アイツは消えた。


「興味なくなったのかな」


 気分屋なデンデンのことだ、急にオレたちと演るのが面倒になったということも有り得る。


 彼女が居なくなってもオレは音楽をやめていないし、ギターもボーカルもオレの努力でなんとでもしてきた。

 元々はギタリスト出身だったから、それなりに魅せることはできるんだ。


 でも、熱くなることはなくなった。


「脳だから、血液が酸素運んでくれないと動けないんかなー……って、何言ってんだオレは」


 女を相手にセンチメンタルになりやがって。恋する乙女かと自分を一喝する。


「ふん、知るかあんなヤツ……あでっ!」


 後ろから肩に強い衝撃。

 思わずよろけて、オレはたたらを踏んだ。


「いってえな! 何すんだよバカ!」


「ご、ごめんなさいっ……」


 ぶつかってきた黒髪の男子はこちらを一瞥することなく頭を下げて、小走りで立ち去って行った。

 何なのあれ、ムカつく。


「くっそ! どこ行きやがった黒壌のヤツ!」


「うわっ! 今度はなに?」


 走り去る黒の後頭部を睨んでいると、今度は脇道から大男が飛び出してくる。

 見るからに厳つい坊主頭に、折れた羽に蛇が巻きついているシルバーのネックレス。


 オレはこの――「籠堂ゴドウ庸介ヨウスケ」を知っている。


 先ほどふらっと寄ったCD屋のバイト。


「おっと、すまねえ」


 そして、6年前まで活動していた超過激派のバンド『Gore Plant』のリーダーでドラム担当の、「砂蛇」と呼ばれるSクラスの危険人物だ。


 正直、曲よりも暴力沙汰で有名だったみたいだけど。

 伝説みたいなバンドのドラマーが、どうしてあんなしがないCD屋で働いてるんだろう。


「えーっと……なあガ……じゃなかった天音アマネ璃子アキコ。黒壌ってヤツを知らねえか? お前と同じ学校の、全身黒ずくめで背筋の曲がった……」


 ああ、今通ったヤツのことか。

 同じ学校と言われても分からないが、特徴はさっきのヤツにそっくりだ。


「ソイツなら、オレの肩にぶつかって行ったよ。ろくに謝りもしないでさ」


「マジか! それで? どっち行った?」


「ああ、それは……って、ちょっと待って」


「ん?」


 今の会話に、違和感を覚える。


「……なんでオレのこと知ってるの?」


 当然の疑問。

 オレとコイツは、さっき初めて出会ったはずなのに。


「なんだよ、またか……。お前、うちのポイントカード登録しただろ? そのとき名前見たってだけだ」


 さも当然の如く、砂蛇は答えた。

 しかしそれは、オレの警戒レベルを更に引き上げる。


「は……? 確かに店長と話しながら書いたけど、アンタわざわざ憶えたっての? キモい」


「うるせえなぁ……。俺は人より目と記憶力がいいだけだ。で、黒壌はどこ行ったよ」


「……さあね」


「さあね、ってお前ッ! 今さっき知ってる風なこと言ってたクセにッ……!」


 青筋を立てながら、しかし手を出すことはしないで砂蛇は歯軋りする。

 噂じゃ会話は全部拳って聞いたけど、どうやら嘘だったらしい。


「オレは個人情報漏洩されてるわけだし、そんな恐い顔してうちの学校のヤツ追われてることの手助けなんてできない」


「んだとクソガキ……ッ」


 おーおー、こわいこわい。

 今にも潰されそうな迫力だ。

 でもオレが怯むことはしない。

 剥き出しのナイフより恐い女を知ってるから。


「……ハァ。もういいわ、どっか行け、天音璃子」


「……なんだ、バチ殺されるかと思ったのに」


「店長の命令で、今度お前らのライブ見に行くことになりそうなんだ。だからそん時までは殺せねえの」


「なんだそりゃ?」


 砂蛇ともあろう人物が、店長を恐がってんのか?

 意味不明。

 よく分からないけど、この男に殺意はないってことでいいのだろうか。


「俺は俺で探すから、お前も見つけたら連絡寄越せ。ポイントカードの表面に店の電話番号書いてあっから、店長に言えば俺に伝わる」


「は? なんでオレがアンタの使いっ走りみたいなこと――」


「じゃーな。diversionのベーシスト」


 砂蛇は地面を踏み鳴らしながらものすごい速度で走っていった。その姿はまさしくバケモノだ。


 デンデンに会ったら、砂蛇と対峙したこと教えてやろうかな。いやそもそも、アイツは砂蛇を知ってるのだろうか。


「自分の世界以外、ほとんど興味ないからなー。アイツ」


 そう、きっと鍋牛ナベウシ電子デンコは更なる刺激を求めてるだけなんだ。


 だからオレは歩く、アイツが悦ぶような刺激を見つけるために。



 ◇



 ――やがて、見慣れた少女が目に入る。

 オレより1回りは小さくて、華奢で、雷のような金髪のボブで。

 ロリータパンクな格好に、ウサちゃんパンツ。

 誰より目立ち、誰より脊髄を震わせる声を持つ少女。


 一度、深呼吸をした。


 会った時、努めて冷静でいられるように。

 いつも通り、何事もなかったように、オレは彼女に出会いに行くんだ。






 ◇







 ――そして、役者は揃う。


 時は始まりへと回帰する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ