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宿屋に戻り、ドアを開いた。
直後にお母さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減にしろ!!」
その後どったんばったんという音と、男二人の悲鳴とヤジが聞こえてくる。
入った瞬間それだったので、思わずドアノブを握ったまま硬直してしまった。
「あ、お嬢」
と、ヤジを飛ばしていたうちの一人、弓使いのお姉さんが半笑いの表情のまま声をかけてくる。
「あ。おかえり」
手をパンパンと叩きながらお母さんがこちらに顔を向けた。
「た、ただいま」
その足元に転がる全身灰色の男と白い道化の仮面をつけた男の姿に若干引きつつ、片手を上げて後手でドアを閉めた。
お母さんはオーナーに連れてこられる前までは王都の城で侍女をしてたらしいけど、なんでこんな腕っ節が強いんだろうと時々思う。
あの二人、手加減してるんだろうけど一応冒険者……それもうちの宿に泊まれるってことは実力もそこそこのはずなんだけど。
王都の侍女は戦闘もこなさなければいけないのかという問いを以前したことがあったが、本人曰く「そんなわけあるか」。
じゃあなんでそんな強いのか、その問いの答えは「こんなところで仕事してりゃ嫌でも強くなる」だった。
……一応、あたしもここの宿屋の仕事を手伝って数年になるけど、大して強くなってないのにな……
年季が違うと言われりゃその通りなんだろうけど……こんなんであたし、将来ここでやってけるのだろうかと不安に思わざるをえない。
今度オーナーか料理長あたりに戦い方教わろうかな……お母さんには一回頼んだけどダメだって言われたから……
「ああ……お嬢……おかえりなさい……」
「……おカエり」
お母さんの足元に転がっていた男二人がよろよろと立ち上がりながらそう言ってきた。
「……ただいま」
この二人にただいまなんて言う必要はまったくもってないのだが、一応は客だし、無視するのもアレなので一応返事はした。
「……で、何があったの?」
本当は、何をしでかしやがったのかと聞きたかったのだが、客相手なのでオブラートに包んでおく。
客じゃなかったらオブラートに包むことなく向こう脛を蹴飛ばしていたと思う。
「ふふふ……ちょっと口論がヒートアップしてね」
「ワルいのはこいつ」
「あ?」
「あン?」
あたしに対して愛想の良い笑顔を向けていた灰色の旅人と、表情が読めない白い道化が顔を合わせてにらみ合う。
「……おい、いい加減にしろ」
お母さんが静かだけどドスの効いた声でそう言うと、男二人は情けない悲鳴を上げて黙り込んだ。
……お母さん、強い。
「おじょー」
その後、仕事を手伝って、夕食の片付けが終わって、自室に引っ込もうと思ったところで灰色の旅人に声をかけられる。
「何か?」
さっきまで酒を飲んでいたせいなのだろう、顔が赤いし、呂律が回ってない。
というかなんでこいつまであたしのことお嬢って呼ぶんだよ。
というかなんであたしの呼び名はお嬢なんだ。
元々そう呼んでたのは多分料理長とオーナーだったけど、客にまでそう呼ばれるとなんかあれだ。
「もしー僕が君の父親になったら君はどー思う?」
ぞわっと鳥肌がたった。
何言ってんだこいつ。
脈なしなのはわかりきってんだろうに、なんでそんなこと聞いてくるんだよ。
なんかもうあれだ、生理的な意味でキモい。
「し、知るかよキモいんだけど。よくそんなこと聞いてくんな……」
酔っ払っているからとはいっても流石に度が過ぎている。
「……ああ、ごめんねえ……」
と灰色の旅人はドン引いたあたしの顔を見てバツの悪そうな笑顔を向けてきた。
「……あいつが言ったんだよ……お前なんかが……君の父親になれるわけがないって」
「あいつ……って?」
「あのふざけた仮面野郎だよ」
「ああ……」
なるほど、またこいつらはそう言う話で喧嘩になってお母さんの鉄拳制裁を食らったのか。
この灰色の旅人は割と初めからお母さんへのストレートな恋情を母に押し付けてきたが、白い道化……クラウンはそれとはまた異なったアプローチ……いや、アプローチじゃねえなあれは。
アプローチっていうか忠告っていうか、牽制っていうか……
白い道化、クラウンはこの灰色の旅人がこの町にやってきて、お母さんを口説き始めたちょうど一週間後に現れた。
そして、お母さんに言い寄る灰色の旅人に向かってひとこと。
「おマエみたいなオトコが、カノジョをシアワせにデキるワケないだろう?」
と。
その時奴は売られた喧嘩を買った灰色の旅人と凄まじい舌戦を繰り広げた。
挙げ句の果てに双方武力行使をしようとしたのであわや大惨事……になる前にお母さんがブチ切れてことなきを得た。
ちなみに喧嘩をしていた愚か者共の頭には特大のたんこぶができた。
このクラウンと名乗る男はそれからずっとこんな調子だった。
お母さんの事を好きだというが、自分がお母さんにとって特別な存在になる気はさらさらない、というか役不足だから出来ない、らしい。
そんなことは烏滸がましいと、そんな資格は自分にはない、と。
クラウン曰く、その資格がないのは灰色の旅人も同じであるらしい。
だからクラウンは灰色の旅人の邪魔をし続けているというわけだ。
ちなみにクラウン曰く、お母さんとついでにあたしのことを任せてもいいのはオーナー並みに強くて仕事に誠実で、料理長並みに料理ができて会話力があって、優しくて誠実で、屋敷を持ってるような大金持ちらしい。
それでも足りないくらいだというのだから驚きだ、どんだけ理想高いんだよ、そんなの現実にいるわけないだろうが。
……なんてゆうか、クラウンっ灰色の旅人の恋敵っていうより、ポジション的にはお母さんの頑固親父だよな……