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「そ、それって……ゆゆゆ幽霊ってこと……」
奴が顔を更に青ざめさせて、そんな馬鹿げた事を言った。
こういう怖がりなところはあまり昔と変わらない。
「んなわけあるかボケ」
過剰に怯える奴の頭を軽く小突いた。
「で、でもじゃあどういうこと……!?」
「……母さんの言っているその死んだ誰かに似た誰かが、あたし達のことを監視してるだけだろ。母さんに幻覚だと思わせるように、その死んだ誰かのふりをしてな」
それがあたしがその時に出した答え。
……だけど、多分違う。
「そ、そっか……!! なら安心……できないよ! 結局そいつ何者なの!? 死者に化けてつけまわすなんて、そいつかなりやばいよ!?」
「ああ、あたしもそう思った。だからオーナー達に相談したんだ……母さんはそいつ……黒い幻覚の事に関しては……ちょっとナイーブになるから、母さんには内緒で」
「そうなの? オーナーさん達は何て? あの人達強いから、きっとすぐに解決してくれるんじゃ……」
宿屋として一癖も二癖もある冒険者達を相手にしているオーナーなら、変態ストーカー(仮)についてもすぐになんとかしてくれるだろう。
「……あたしもそう期待して相談したんだ……けど」
「けど?」
「話を聞いたオーナー達は……曖昧に笑って、その話は母さんにはもうしないほうがいいって…………害はないから、忘れろ……って」
そう言われた私はもちろん問い詰めた。
だけど、あの人達はそれ以上は何も答えてくれなかった。
「……それって……どういうこと?」
「オーナー達は黒い幻覚について確実に何かを知っている……知っている上で、何も答えないってことは……ひょっとしたら……オーナー達はあの黒い幻覚とグルなのかもな」
「グル……って、そんなまさか……!! なんでそんな事を……」
「その理由を一切教えてくれないから一人で調べようとしてるんだよ」
何も言ってくれないなら、何も教えてくれないのなら、自分でその答えを掴むしかない。
「……でも、あの人達のことだ……多分……害は本当にないんだろう……実際今まで……あの黒い奴は何もしてこなかったし」
だから別に――そこでおとなしく引き下がってもよかったのだ。
確かに見られているんじゃないかと思うと気持ちが悪いが……ただそれだけだ。
そのことに気付いた以外は、今までと何も変わりはない。
それに、あの人達がああいう笑みを私に向ける時は、いつもきまって……
それでも引き下がらなかった理由は……
「それでもあたしはあの黒い幻覚を捕まえる。向こうは見ているだけ? 害がない? んなわけあるか、そいつののせいで、そいつを見たせいで母さんが泣くんだ」
それだけで、あたしにとっては害がないとは言えないのだ。
あいつは、あの黒い幻覚はあたしのお母さんを泣かせた。
理由はただそれだけ、それだけで充分だ。
「だからとっ捕まえて二度と母さんの前に姿を現さないと誓わせない限り、あたしの腹の虫が収まらない」
「とっ捕まえる……って危なくない? というかどうやって捕まえるのさ?」
奴の問い掛けは当然のものだった。
実際私も頭を抱えたものだ、一体どうすればあの黒い幻覚を捕まえられるのか、と。
なんせ神出鬼没なうえにこちらが見つけてもすぐに姿を消す。
そんなんどうやって捕まえりゃいいんだ。
そう思って思い悩んで数日。
「……捕まえられるかどうかは別問題として、誘き寄せる方法は思いついた」
「……どんな?」
本当に神出鬼没なのかと、あの黒い幻覚が姿を現した時に何か共通点はないものかと、そう考えて、よく思い出して、気付いた。
「あの黒い幻覚が姿を表す時期や日はバラバラだ。忘れた頃にふと姿を見ることがある。実際、あたし達が気付いていないだけで、本当はもっとこっちの事を見ているんだと思う。でも、いやだからなんだろうな……」
「……だから、何?」
「あたしがあの黒い幻覚を見かけたとき……あたしはなんらかのトラブルに首を突っ込んでいたことが多い……とくに、母さんと一緒にいないときは」
……今思い出してみるとそうなのだ。
『リーダー』を助けるために『リーダー』の家に向かっている時にあの黒い姿を見た。
売られてしまったあの子を取り返すべく花街に向かった時にもあの姿を見た。
「……!? それって……」
「よく思い出してみろよ……あたしらは今まで散々無茶をしてきたけど……その度に不自然なタイミングで大人達の手によって救われている」
あの腐りきった部屋で物言わぬ『リーダー』の亡骸を見つけて混乱するあたし達を、口封じの為に殺そうとしたあのアル中からあたし達を救ったのはオーナーだった。
――今思えば不自然だ、どうして仕事中のはずの彼があんな時間にあんな場所に駆けつけたのか?
売られたあの子を取り戻すべく花街に向かったあたし達を、汗まみれの状態で慌てて止めたのはうちの宿屋の従業員だった。
――彼もまた何故あんなタイミングで現れた?
確かにどちらの場合でもあたし達は友人を助けるという意思を持って行動していた。
だけど、そのどちらも行動を起こす前に、誰かにそうする意思を伝えてもいなかったし、だからこそあのタイミングで彼らがあたし達の危機に勘付くのは不自然だ。
「……つまり、その黒い人が……君の様子を伺っていたその人が……僕らが危ない目にあっていると……大人達に伝えていた……ってこと?」
「……そう考えるのが自然だろうな」
……だからオーナー達は害がないって言ったんだろうし……普通に顔見知りなんだろう……母さんに隠してるのは…………ストーカーだから、だろうな。
と、もう一つの解にはあえて気付かないポーズを取っておく。
「……成る程……確かに……思い出してみると僕らはいつもギリギリのところで助かっていた……助かっているという印象はあんまりないけど」
「……だな」
友達を救えなかったあたし達には、助かったという自覚があまりなかった。
喪失に呻いているあたし達にはそこまで考えられる余裕がなかった。
最初は7人もいた疾風隊のメンバーが、結成してからたった8年で――今はもう4人だけ。
いつもなんとなく集まっていたあの面子に疾風隊という名前を付けたあの本好きのガキ大将を皮切りに、まるで櫛の歯が欠けるように。
あたし達には、その喪失は重すぎた。
だから――気付かなかった。
都合の良すぎる救いに。
「……でも、それがわかったところで、どうやって」
あたしよりも頭がいいはずの奴にしては珍しく、そんな問いかけをしてきた。
今の話で答えは導き出せるだろうに。
「簡単な話だ。あの黒い幻覚はあたしが危険な目にあっている時に現れる。だから」
だから、の先は言えなかった。
何故か。
決まっている、眦を吊り上げた奴に思い切り引っ叩かれたからだった。




