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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第96話・知らない婚約者

【お詫び】


第95話となっておりました。

正しくは96話です。


ミスに気付かないままで居た事

訂正が遅れてしまった事、申し訳ございません。

今後はこの様なミスが起こらない様に気を引き締めて参ります。



尾嶋おじま 博人ひろと

海外研修から帰ってくる青年の帰国が今日だった。


長年社長秘書を勤めている石井曰く

彼は誰よりも繭子が可愛がっていた、青年らしい。

相変わらず、悪魔は人を取り入るのが早い。


(___自分自身のお気に入りを早くも置いていたのね)






どう声をかけようか。

連日の報道で、社長は気が滅入っている筈だから。

久しぶりの再会に、博人は内心どうすればいいのか迷う。

社長はどうしているだろうか。


「失礼します」




社長のデスクの傍らに立っていたのは、女性。

誰だろうかと見知らぬ彼女に視線を向ける。

彼女もまた、此方に視線を向けた。


視線が、交わる。


長身で華奢で、凛として何処か憂いのある整った顔立ち

と凛とした雰囲気を持ったすらりとした清楚な出で立ち。


(____綺麗だ)


あまりの

その美しさに息を飲んだ。


しかし我に返ると、社長の姿が見当たらない。




「あれ、社長は……………」


くす、と微笑を浮かべた彼女は近付く。



「初めまして。

驚かせてしまう結果になってごめんなさい。

今、森本社長は休暇中です。私は椎野理香。

社長が帰ってくるまで、の社長代理人です」

「…………そうですか」



繊細な声音。

柔らかな頬笑み。



理知的で見るからに人が良く優しそうな青年だった。

社交辞令で、理香は作り笑いを浮かべて返す。



「…………海外研修お疲れ様でした」

「いいえ。椎野さん、ですよね。僕は尾嶋博人です」

「尾嶋さん。よろしくお願い致します」



(___どういう事だ? 社長代理人?)


博人の中で、そう思いが浮かぶ。

繭子からは何も聞いていなかった分、衝撃と驚きが激しい。

あれだけマスコミの熱は過熱しているし、連日の報道で社長も気が滅入っているのは当然だろう。

ただ、時差もあり慣れない研修期間で向こうにいた間に日本で、

JYUERU MORIMOTOに何があったのかは、博人は知らない。


今の事が何も分からないまま、

帰ってきた博人は今、赤子状態に等しい。


___だが。一つ気になるのは

彗星の如く現れたこの知らない女性は誰だろうか。





おもむろに起き上がる。

手入れも何もしていない髪はボサボサで、

肌は酷く乾燥していた。だが不思議と何をする気力も起きない。

背中には鉛を背負っているという程に、気怠く重い。


そして、その刹那。

とてつもない不安感と、もどかしさに襲われる。



繭子は

薬に手を伸ばすと、錠剤を取り口に含み飲み込んだ。

錠剤を飲み終えてから一息着くと、へなへなと項垂れた。


精神科へ行き、医師から処方された安定剤と睡眠導入剤を

手離せなくなったのはいつからだろう。

無いと不安に駈られてどうしようも出来ない。



(___以前は、こんな事なかったのに)



こんな不安感に襲われる事はなかった。

いつも事が自分自身の思い通りに上手く事が行き、

全てが全て順道を歩んできたのに。

過剰と言える程の自信もあった。高貴な女社長としての自信が。

備わった優越感にさえ浸っていたが、自分自身はそれに相応しい人間なのだとすら思い込んでいた。

なのに。


(____なんで、このあたしがこんな目に遇わないといけないの?)


思うのは、そればかり。



ふと、携帯端末が鳴る。

またあの男かと思ったが、着信源は公衆電話。

雑誌の記者の問いかけの電話かも知れないと体が震えた。


しかし呼吸を整えると、着信を取る。



「…………はい」

「____お母さん?」



弱々しく控えめな声。

自分自身が酷く憎んでいた、あの女の______あの小娘の声。

心菜からの電話だ。



森本繭子の自宅近くには、公衆電話がある。

前もこんな手を使ったが、マスコミの熱が穏やかになりつつある今、悪魔には少しでも心に余裕が生まれてきている筈だ。



悪魔に心に余裕なんて、安堵なんて持たせない。

自分自身と叔母を陥れた悪魔の女。

常に心は追い詰められた状態で居ればいい。



心菜からと脳が解釈してから、繭子は呆気に取られた。

前にも一度だけ電話がかかってきたか。

母親が大変な時にのうのうと奴は電話をかけてくる。

それが無性に腹が立った。


だが娘を逃さない様にと、

心は思い続けているにも関わらず、心菜は捕まらない。



現にあの時も、電話だけで結局、行方が掴めなかった。



(あんたがあたしの人生を狂わせているの?)



___あの女、佳代子みたいに。


刹那に、

怒りと憎しみが込み上げてくる。



「______あんたのせいよ!」




電話越しに、そう怒鳴る。

すべては、娘、心菜のせい。


あんたが、自分自身を狂わせた。



(…………嗚呼、この人は変わらないわね)



繭子の怒号に、理香は冷めた感情で受け取った。

やはり今回の件が尾を引いているせいで、余裕なんてもの悪魔にはなかったか。

気にする程のものでもなかった。


(余裕が無さそうで、なりよりだけれど)


繭子はかなり切羽が詰まり、追い詰められている様だ。

自分自身の虫の居所が悪ければ、一番の矛先である娘に当たる癖は変わらない。



『………ごめんなさい』

「あんたは、あたしの人生を潰す気なの?

あんたがいるのは誰のお陰?あたしのお陰でしょ。


母親がこんな時に

何を呑気に電話をかけて来てるの?あんたは異常よ」


理香の冷静な心に、カチンときた。

異常?異常はあんたのせいだ。自分自身の事は棚に上げて八つ当りするな。あんたにそんな権利はない。





『………ごめんなさい。

私も、帰りたいけれど帰れないの。

報道も過熱しているから、母さんが心配になって…………』


心にもない事を。

けれど。安心した頃に心菜を現して悪魔の日常を、心情を操り惑わせる。

もう全てが昔の様に自分自身の都合が行く事も、娘が帰ってくる事もないのだ。


あんたはもう平凡に生きられないのだと。

もう『ジュエリー界の女王』と呼ばれた高貴な地位には戻れないのだと。

この修羅場に振り回されているのが、実娘だとも知らずに。




「………あんたは、今、何処にいるの?」



やっと冷めつつある、頭で問いかける。

繭子の問いに冷めた感情と目差しで、理香は言う。



『………それは、言えない…………』

「待ちなさい!」


『___ごめんなさい』


そう言い終わらない内に、理香は受話器を置いた。

悪魔が心菜を憎んでいる様に、自分自身も悪魔を憎んでいる。

それは現世で変わらない事だ。


「…………悪い趣味だね」

「………………」


電話ボックスを出ると、見慣れた青年が呟いた。


「いいのよ。見過ごして?

私とあの人は、普通の母娘ではないから______」


淡く吹いた冬の風に、理香の長い髪が優雅に揺れた。






電話が切れた。

冷めやらぬ興奮に、

繭子は肩で呼吸を繰り返しながら顔を両手を覆う。


(___また、逃げられた)



心菜が、どうしても掴めない。

娘は今、何処にいるのか?




ふと、次にメール着信が入った。



“__今から、お邪魔しますね”



椎野理香からだ。

彼女は、気を使って様子を見に来てくれる。娘とは大違いだ。

彼女の方がまるで娘のようで、信頼する彼女に合鍵すらも預けた。


不意に窓から、外を見る。


すると、椎野理香がいて

彼女は少し微笑んでから、軽く手を振る。

弱々しくなった悪魔の表情を見ながら、理香は心で嘲笑っていた。



(____堕ちなさい。貴女は、堕ちるべき悪魔よ)



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