第94話・その子供は誰?
繭子はどれだけ詰め寄られても、何も口を割らなかった。
椎野理香の事も、それに__。
『__あの子供はどうした?』
自分自身と繭子の間には、絶対に子供がいる筈だ。
けれど繭子はそれを絶対に口にしない。子供の事は特に。
子供はどうしたのか。
もし子供がいるのなら、責任を果たさなければならない。
けれど。そんな責任の何処かで、順一郎は他の理由があるのかも知れないと思った。
(___結局は、責任どうこう、じゃない)
子供を人質にして
繭子との接点を繋ぎ止めていたいのだろう。
自分自身と繭子の間に授かった子供ならば、接点が出来る。
何を言えどその子供が証拠だ。自分自身と繭子を繋ぎ止める為の
結局は、自己満足だ。
繭子は、一切口を割らないからか
順一郎は独自で動いた。
JYUERU MORIMOTOのホームページには
娘を捜しているという節を繭子は書いていた。
娘、という事は判明している。自分自身と繭子の間に儲けたのは“娘”だ。
(________繭子より先に見つけ出してやる)
最初は自信満々だった。
小野家、資産家の権力を使えば、探偵や警察も動くだろう。
実際、そうだった。けれど。
解るところまでは、解った。
森本繭子の子供はやはり娘で、名前は心菜というらしい。
彼女の生年月日と比べて逆算すると繭子が妊娠した時期と一致する。
森本 心菜。
写真には、顔立ちの整った可憐な少女が写っている。
小柄で清楚な雰囲気の人形の様な少女の姿に思わず息を飲んでしまう。
(この子が、俺と繭子の娘か)
繭子には微塵も似ていない。自分自身にも、似ていない。
けれども娘の写真を見て、父性と共に愛しさが心に現れた。
これが自分自身の娘。
彼女は今、行方不明のままらしい。
12年前の春、忽然と最初から居なかった様に消えた。
誰がどれだけ手を尽くしても彼女の行方は分からないままらしい。
誰にも捜せない。
小野家の権力を使えば見つかるという自信は砕け散った。
順一郎が依頼した警察も敏腕な探偵も、これにはお手上げと言ってきた程。
その瞬間に順一郎は絶望した。
12前のある日を境に、消息も分からない。
では一体、その子は何処にいるのか。
行き倒れたふりして、
孤児院の前に倒れたのはいつだったか。
『___大丈夫? 貴女、誰なの?』
いつしか身なりもボサボサになっていた。
あるだけの小遣いを持って遠くへと行き、列車に乗って行き着いた場所。
一刻も早く悪魔から逃げないと。悪魔の手の届かない場所に。
その一心で電車を何度も乗り継いだ。
けれども
悪魔の鳥籠に閉じ込められた少女は、外界の土地勘も駅名も知らない。
見付けた電車を手当たり次第に乗り継いで無人駅に辿り着き、
丁度あったバスに乗り、最終的に辿り着いた場所。
自分自身に声をかけたのは、優しそうな40代半ばの女性だった。
けれど“この身元”は明らかになってしまったら不味い。
少女は、呟いた。
「…………わ、分かりません。私は、誰なのか」
行き着いた場所で、少女記憶喪失のふりをした。
其処で、全てを貰った。
椎野理香という名前、生年月日等の個人情報。
理香は、余裕を無くすくらいに必死に生きた。
(生きる為ならば、何でもする)
教えられた生きていく為の術や知恵を飲み込んで、
自立するまで孤児院に引き取られ、育った。
温かな、無条件の愛がある場所。
自分自身を与えて貰った事には感謝している。
(___貴女は私。けれどもう違うの___……………)
だから。
森本心菜には、死んでも戻りはしない。
悪魔に操られるだけの意思を取り上げられた人形には。
きっと誰の目の届かない場所に、
森本佳代子の遺品は全て葬ったのだろうが、目に付く遺品は日記だけなのだろうか。
繭子は隙間まが多い。隠し通したふりをしながらも本当は何処か他に“佳代子の手掛かり”有りそうだ。
そう睨んだ理香は空き間に
JYUERU MORIMOTO、社長室を組まなく探す。
佳代子が所属していた小さな劇団は、不景気の波に飲まれ今はなくなっている。
彼女の出処を手繰って頼るとしたら、もうプランシャホテルか、悪魔の部屋しか遺されていない。
(………無いか)
一通り見回ってから、諦める。
隙があると言っても悪魔の女の事だから、
巧妙に証拠は闇に葬っている筈だ。日記だけでも見つかった事だけ救いだろう。
(もう欲を出しても、もう無理みたいね)
もう一度、日記を見つけた所に手を伸ばす。
その刹那、気付いた。
日記を見つけた場所に、カタカタと音がする。
棚自体が結構な年月が経過しているので、老朽化でもしているのだろうか。
壊したら不味いとも思ったが、周りの棚を鳴らしてみても、そんな音はしない。
高級な調度品で、かなり頑丈なものだからびくともしないのに、何故、此処だけガタガタと音が鳴り不安定なのか。
不審に思い、
ミニサイズの懐中電灯で奥行きを灯す。
少し目を凝らしながら、じっと見詰めると気付いた。
きっちりと寸法がある棚にしては、
上にやや隙間の空洞がある事に見えた。
穴で空いている訳ではない。ただ斜めに行く様に隙間があるのだ。
__可笑しい。
至難の技で、理香はそれを取り出す。
少し手間取ったが、それは棚と同色で、四角い箱だった。
日記の次は何かと思いながら、少し箱の中身をゆっくりと開ける。
「___布?」
其処にあったのは、水色混じりの白い布。
(____しつこい)
順一郎はまだ切れた縁を修復しようとしているらしい。
自分自身の愛人という存在をを超越して、今度は子供を盾にすると決めたらしい。
順一郎は心菜の存在を知った様な素振りを見せていた。
それが腹立たしい。
心菜は自分自身だけのもの。
心菜を好き勝手にしていいのは自分自身だけなのに。
(心菜は、あたしだけのものなのに______)
子供だけを欲していた繭子にとって
心菜の父親が、どうこうなんてどうでもいい。
計算付くで自分自身が望んだ相手の子供を宿したのは事実だが、
欲しかったのは“子供”であって、“相手”じゃなかった。
しかし望んだ筈の子供も、巧くはいかなかった。
あの女にそっくりな出立ちを持って生まれてきた小娘には、恨みと憎しみしかない。
あんなに順調な道を歩んできたのに
何処から、狂ってしまったのだろう。
自分自身には失敗した覚えがない、なのにどうしてなのか。
この屈辱を、どうしたら。
何故、こんな惨めな思いをしているのか。
行場のない思いが心を乱し発狂させる。
(なんであたしが、こんな惨めなしないといけないのよ)
「あああ、あああ__!!」
花瓶を、姿見の鏡に向かって投げつけた。
_____ガシャン。
鋭い音を立てて、鏡は一瞬で崩れ去り
花瓶は割れ鏡の破片、それぞれの破片は散らばっていく。
床に散乱しバラバラに砕け散った破片。
それでも
心の中で発狂して、悪魔の女はもがき続けた。
「………やっぱり、ね」
闇の中に包まれた中、
自分自身の家、デスクに置かれたノートパソコンの画面を
見詰めながら、彼女は憂いた瞳で疎ましそうに頬杖を着く。
理香は、呆れて嘲笑う。
彼女が見ているのは、USBメモリーに記録した映像。
何かやらかしてはいないだろうかと悪魔の様子見も兼ねて
森本家リビングにこっそり、マイクロチップの監視カメラを仕込んでいた。
最近は大人しくしていたのに
ここまで感情を爆破させて、荒れるとは。
繭子の気性が荒いのは解り切った事で理香は驚きもしないのだが。
理香は、繭子の行動を冷めた目で見ながら思う。
(___そうよ。
貴女は奪われる番なの。私が貴女の全て奪う。
だからこれからはやりきれない感情を覚えればいいわ)
見返りなんて
屈辱として、悪魔に返してやる。




