第90話・終わりを告げた悲劇は、始まる
家を出よう、もう此所には居られない。
社会人になって貯めた貯金で、暮らしていける。
佳代子はそう思った。
今日は、誰も居ない日。
母親は会社設立の件で不在、妹も何故かいない。
行方不明になったふりをしよう。このチャンスを狙った。
家族がいない今日しか出ていく時はない。
最期。
うろうろと、家を見回す。
何と言えども此処は、自分自身が生まれ育った生家。
出ていくと決めたからには、
もう二度と此所に帰ってくる事は無いだろう。
最後に家と部屋を見、うろうろとしては脳裏に思い出が霞めた。
(………さよなら)
もう二度と戻る事のない部屋で、心の中で、呟く。
敢えて照明は付けなかった。
故に部屋を照らすのは淡い月明かりが差し込むのみ。
だが、月明かりだけが差し込んだ庭の景色にはっとした。
夜空に星空。
淡い月明かりは、碧の神秘的な光りを創り出している。
人間には作れぬ、自然の世界が見せる柔らかな情景。
動けなかった。
じっと見詰めるのも良いけれど、落ち着いたクラシックでも聴きながら見るのも良いだろうなと思う。
(………綺麗)
最後に良かった。この美しい景色が見れて。
そう思いながら、見惚れていた時
不意にリビングルームに居て軋む音が耳に届いた。
(…………なんだろう)
ぎしぎし、と軋む音が続く。
地震でもない。
その音の存在感は増していき、佳代子はそっと近付く。
怪談なんて迷信は信じないが、自分自身がそれ自体に疎いのもあり佳代子は特に恐怖感も無い。
ちょうど、キッチンの方だ。
食器棚辺りまで近付いた瞬間、轟音が響いた。
それは、何かを無理矢理引き剥がす様な不快な音。
佳代子は___目を見開いた。
高く大きな食器棚が、自分自身へと迫ってくる。
突然の事に動けなくて、佳代子は茫然自失と見詰めていた。
案の定___。
「……か……は……」
痛い。苦しい。
絞縄で絞められるみたいに、呼吸が締め付けられて
息が出来ない。その上に痛みが支配し重たい鉛が自分自身に
張り付いて身体は微塵も動かなかった。
苦しい。
痛い。
苦しくなる呼吸と、薄れていく意識の中で
自分自身は食器棚の下敷きになったと気付いた。
だから、こんなにも体が重く、苦しくて呼吸すら儘ならないのだ。
(_____…………)
最期。
あの感動した、月明かりの景色が見えた。
だが徐々に視界に霧がかかりぼやけて、上手く見えない。
終わるんだ。自分自身が。
重荷の下敷きになった体は動かないし、助けてくれる人間も居ないからこんな状態で自分自身が助かる筈がないだろう。
(せめて、最期に見れた景色が、綺麗で良かった)
弱々しく
伸ばした腕が、空を切って、落ちた。
冷たい亡骸となって、
佳代子が見つかったのは母親が帰ってきた翌朝。
偶然の悪戯だったのか。
佳代子は若くして、生涯を終えた。
2019.4.1
【お詫び】
佳代子と繭子の姉妹関係、
異母姉妹と表記していましたが、正しくは異父姉妹です。
混乱なされた読者様も多いと思います。長らく訂正せずにいた事、読者の皆様に混乱を招いた結果である事、
深くお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。
(現在は訂正しております)




