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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第7_特別章・謎めいた日記
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第89話・森本家の為に、自分の為に


話が終わったと思い、

項垂れる佳代子を横切ろうとした母親に、佳代子は呟いた。



「……繭子が居るじゃない。

あの子、あんなに乗り気だった。会社は繭子に任せられない?」


やる気がある人間に任せた方が良い。

自分自身に任されても、バイオリンしか眼中に無かった自分自身に

全てを捨てて会社に入れと言われても、佳代子には無理な話だ。


繭子は、元々、乗り気だった上にやる気もある。

なのに何故、どうしてその役割りが自分自身に回ってくる?



そう佳代子が言った途端に、ダンと派手な音が鳴る。

思わず震えて伏せていた顔を上げると、明らかに目の前に居る母親は怒った表情を露にした。


咄嗟に肩を掴まれ、佳代子は息を飲む。

鉛が肩に貼り付いた手からは威圧感が滲んでいる。

その威圧感に肩、足すら動かせず、佳代子は母が浮かべた般若寺の様な鬼の形相に引いた。



「佳代子、森本家には良家だったのよ。

何かを成すには、その代表は優秀な人間でないといけないの。

分かるでしょ。貴女が入れば森本家の名は広まるわ。


貴女は繭子より秀でているの。

貴女に託すしかないのよ。賢い貴女だから解るわよね」

「…………」


「バイオリンニストの夢を追って、それはいつ大成するの?

形のない夢を追うより堅実な道を歩きなさい。

母親(あたし)の言う通りに生きていれば、間違いはないわ」



息が出来ない。

掴まれた肩に置かれた。手の力が強くなる。

明らかにこれは姉妹差別だ。それに母親の言葉や言葉は強制でしかない。

娘の夢を潰し、自分自身の決めた(レール)を強要する。



森本家の名を広める為に、

手に届きそうなバイオリンニストの夢を諦めるのか。

自分自身の人生を潰されると意味した事に嫌だと心が拒絶するが、そんな事、出来なさそうだ。





「………………」


母娘の会話と、様子を、繭子は隠れて見ていた。

憎たらしい姉。姉しか眼中にない母親。

姉への憎悪が止まらない。




ふと、

ボロボロになった佳代子と、繭子が廊下ですれ違う。


一瞬だけ、目が合った。



バチ、と何かを感じる。



気のせいじゃない。

繭子は鋭く何処か敵意のある眼差しを佳代子に対して強く向けている。……睨まれたのだ。


しかし、突然の事に茫然自失と化している佳代子は

気付かないふりをして何事も無かった様にそのまま去る。

今は衝撃が大きいが、佳代子の脳裏では薄々勘付いていた。


(___繭子に、会話を聞かれていた)


ずっと前々から、

妹と距離があって疎まれている事には気付いていた。

だがこんな風にあからさまに睨まれた事は一度もない。


あの言葉は、明らかに姉妹差別だ。

母親は繭子を侮辱しているに決まっている。




(………どうなるのかしら。反対にどうすればいい?)



妹に、繭子に、母親の視線が行けば良いのに。

そうすれば繭子の気持ちも、少しは………。

そうすれば、自分自身は自由になれるのに。



(___繭子に、目を向けてくれれば良いのに)



一瞬だけ

愛憎染みた事を、妹に対し思ってしまった。





「貴女に、会社を託すわ。頑張って頂戴ね。……森本の為に」



憎い。

佳代子の中で、憎しみが募る。


森本家に執着する母親も、森本家も。

けれど何処かで決まっていたのかも知れない。

森本家の血筋を引いて、女として生まれた以上、いずれこうなってしまう事を。



(………ごめんなさい、母さん。

貴女の期待には答えたくない。母さんの自己満足な期待で

私の人生を、目標を、潰されたくないもの)


表向きだけ忠実なふりだけをした。

内心佳代子は、腹を括り、そして悟っていた。


母親は、毒母。

自分自身の自己満足為に娘の人生を、狂わせる女。

そんな母親に、女に、自分自身の人生まで捨てて付いていくつもりは更々ない。



自分自身は、消える事にしよう。



プランシャホテルには自分で、辞職願を出しに行き

音楽劇団には、懇願して母親が出した退団届を取り消して貰った。

自分自身の才能を見出だしてくれた、

人の良い団長は事情を説明するど理解して貰え、逆に、


「___貴女は、バイオリンを続けるべきよ」


と言って貰えた。

頑張りなさい、と軽く叩かれた肩に、言葉に素直に笑った。

自分自身もそのつもりだ。その為に出ていく為の準備を済ませて行く。





「………これで、良いわね」



準備、揃っている。

後は自分自身の身を隠し、消えるだけだ。



それに、こうすれば、

自分自身の犠牲になってきた繭子に、

嫌でも視線が向けられる。そうなる事を願う。否、そうなればいい。



佳代子は、腹も、覚悟も据えた。



反面、会社を設立する事になってから

妹から向けられる視線が、より睨みのきつい眼差ししか受けなくなった。

そして気付いた。



自分自身は、繭子に恨まれている、と。

気のせいではない。時に自分自身の身の危険さえ覚えた。

だが内心は当たり前だろうと納得さえ、覚える。


恨みたくなるのは当然だろう。

あの母親に、加えて自分自身の存在があるのだから。



(……繭子、大丈夫よ。

私が消える代わりに、貴女には全てが手に入る)



待ってて。



そう思っていた。







「…………許せない…」



ぎり、と繭子は奥歯を噛み締める。

母親は佳代子に会社の権利を全て任せるつもりだ。

解っている。母親は佳代子に全てをかけている事も。


そして何よりも、

佳代子への嫉妬心と憎悪が、心を狂わせる。


会社の権利が自分自身にあると解ってから、

当の本人である佳代子が凛として、まるでそれが当たり前の様な素振りと振る舞いをしている。そう繭子の眼には映った。


いつもそうだ。

佳代子は、姉は、自分自身を追い越していくばかり。

何時も自分自身より前を歩いている。

それが憎たらしく腹立たしい。


(……………)



嫉妬心と、怒りの感情によって

頭に血が昇った瞬間。


ふと、繭子の中で、考えが浮かぶ。



(…………だったら、消せば良いわね)



佳代子を、消してしまえば?



そうすれば、妹の自分自身に権利が行く。

そうだ。それが良いだろう。


ずっと疎ましかった姉を、消してしまえば良いのだ。

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