第87話・悪魔が生まれた理由
異父姉妹。
佳代子が、そう知って間も無くの頃。
知る筈なんて無かった。
けれど自業自得で、知ってしまったのかも知れない。
繭子の秘密を知ったのは、ある日
リビングのテーブルに置かれていた本を落とした事だった。
(………日記?)
何の編鉄もないノート。
ノートは落ちた衝撃のせいで、本が開いた状態になってしまった。
佳代子は咄嗟に屈んでおうと手を伸ばしてから、止まる。
___目に止まったのは、母親が綴った言葉達。
他者の日記を読むのは、気を引ける。
けれどそれを思うよりも、母親が直筆で綴った文章に驚愕して目を通してしまった。
それは、誰も知らない秘密が書かれてあったからだ。
“__佳代子は優秀だと思った。容姿も性格も。
でも比べる相手が居ない。森本家の女なら、何かしら優秀な筈だけど。
本当は佳代子よりも優秀な子が居るのかも知れない。
比べる対象を作らないと。
一人だけじゃ分からない。だから繭子を産んだ。
夫との間に生まれた佳代子、あの人との間に生まれた繭子。
二人は、
森本家の女はどんな子になるんだろう。
どちらが優秀なんだろうと思っていた。
全ては森本家の為。
佳代子も、繭子も、その為に産んだ。
森本家の女ならば優秀な何かを持っている筈だから。
繭子も何かしらある筈。どちらが優秀かが知りたい。
けれど今なら解る。佳代子の方が、森本家の血を引いた。
あの子は、“特別な音楽の才能があるから”
(…………私達姉妹よりも、森本家が大事なの?)
息が詰まる。驚きを隠せない。
何故其処まで、森本家の家系に何処まで執着するのか。
娘達まで、巻き込んで犠牲にするつもりなのか。
姉妹のどちらかが優秀?
森本家の女? 比べて探る為に対象を作った?
ふざけるな。
(私も繭子も、貴女のお人形じゃないのに__)
初めて母親を、軽蔑した気がする。
操り人形じゃない。自我を持った一人の人間なのに。
全ては、自分自身が強く執着する森本家の為に。
その為だったのか。母親は最初から計算の上だったのか。
自己中な話。哀れみさえ覚えた。
繭子が生まれたのも
森本家の人間を比べ、才能があるか見つける為。
けれどそれも、彼女の心を納得させるだけの自己満足に過ぎない。
不倫したのも、子供が出来た事も、彼女にとっては想定内の事だったのだ。
頭が痛くなる。衝撃が走った脳を抱えながら
佳代子はふらふらとした足取りながら、自分自身のの部屋へと帰った。
「凄いわね、貴女。
貴女の奏でる演奏はとても素晴らしいわ」
大学生の時、
たまたま静寂な所で、バイオリン演奏をしていた時
居合わせた団長に才能を見つけられ、佳代子は音楽劇団にスカウトを承けた。
幼い頃から音楽が好きで、バイオリンを習い始めた。
漠然的に自然と、佳代子の抱いた夢は、バイオリンニスト。
そのつもりだったので、佳代子はその誘いに二言返事で返し
所属する事になったのだ。
劇団に所属してから
佳代子はみるみる、自分自身の才能の伸ばしていった。
彼女の腕から奏でられる音色は、穏やかで癒しのある独特のもので誰にも真似等は出来なかった。
社会人になってからも
ホテルに勤務し、勤務していたホテルのイベントでも
上司から熱望されて、バイオリンを演奏するのは森本佳代子の仕事だった。
ある意味、“優秀なボランティアのバイオリンニスト”として佳代子は有名になりつつあった。
誰かの為になっていると思えば、良いとすら思った。
音楽を愛して止まない、彼女の天性の才能と彼女の腕から奏でられる音色を好いて惹かれる人は増え、いつしか
森本佳代子、誰もが彼女の才能を称えた。
佳代子自身も、目標の夢に近付いているのだと
実感し努力も惜しまず、その歩みを止めはしない。
いつか、目標に届くのだと誰もが思い込んで疑わなかった。
けれど。
本当は何処かで
不安があっていたのかも知れない。
一寸先は闇。
ある日、それは突然だった。
まさか佳代子の人生が変わり
森本家に執着する母親、そして異父姉妹である妹に
翻弄されていくなんて。
ご気分を悪くされた形、お詫び申し上げます。
申し訳ありません。




