第84話・遺されたもの
命を絶ちたい。
いつの日か、そう願った。
寒い風が頬を撫でる。
誰もいないホームの中で無人駅で止まる列車を待つ為だけに
立ち尽くし、列車を待ちながら、理香は鞄から分厚い本を取り出した。
取り出したのはあの日に見つけたのは、誰かが記した日記。
色褪せた日記帳には裏病死の片隅にはローマ字で、
名前が書かれてあった。
それは_____
「……Kayoko' Morimoto」
最初はピンと来なかったが、
その意味を知った途端に脳裏に稲妻という名の衝撃が走った。
この日記の持ち主の名は、森本佳代子。
自分自身と容姿がそっくりな、あの女性。
彼女の日記を何故、繭子が込み入った場所に隠していた?
そもそも悪魔と森本佳代子という人物に何か関係がある?
浮かんだ謎もその疑問も
この本に目を通せば、森本佳代子という人物の素性も、
何故、森本繭子が隠す様に所持していたのかもこれを見れば解った。
この日記に書かれていた内容は、信じがたい事実達。
日記に書かれてあった一文。
______繭子を、妹を、野放しにしておけない。
嗚呼。
なんという因縁か。
森本佳代子は、自分自身とそっくりな彼女は………………。
______プランシャホテル、理事長室。
冷めた緊張感を隠しながら
芳久は理事長の室のドアを数回、ノックする。
どうぞ、という声かけを聞いてから扉を開き理事長室に入った。
椅子に腰掛けて座っている主人は、芳久を見る。
芳久は平静な感情と面持ちで、デスクの前に立つ。
「JYUERU MORIMOTOでの業務を終えてきました」
「そうか、どうだったか」
「次期理事長になる立場として、とても勉強になる経験でした」
芳久の報告を聞き、満足げな表情を浮かべる英俊。
英俊は後ろへ座ったままくるりと回転式の肘掛け椅子を動かし夜景を見詰める。
曇り一つもない晴天の空。
鮮やかな夜景を一望していると、不意に脳裏にあの音色が流れ出した。
あのなんとも言えぬ癒しの音色。
英俊は昔を見詰める様に呟いた。
「不意にだが、あの音色がを思い出す」
「…………何の事ですか?」
「私がまだ社員の頃だ。
同僚のコンシェルジュにかなりバイオリンが上手い同僚がいてな。
彼女が奏でるバイオリンの音色は
穏やかで心を落ち着かせてくれたものだ。
会社や課のイベントには特別に彼女がボランティアで
バイオリンの演奏をしていた。彼女の演奏は人目を惹く素晴らしいものだったよ。
だから、今も現に私は覚えている」
「そんな方がいらっしゃったんですか」
「ああ」
何処か懐かしむ様に言う英俊。
人の事を誉めた事も、良い様に告げる事のない男にしては珍しい。
心なしか横顔から伺える表情も穏やかに見えた。
そんな理事長に、芳久は何気なく尋ねる。
「その方、お名前は、なんという方だったんですか?」
「確か…………」
顎元に指先を組み立て、考え深い表情を浮かべる。
何気なく聞いた返事に、芳久は驚いた。
「確か、名前は“森本佳代子”だった。
そうだ、こないだお前が尋ねた人だよ。その人だ」
(…………まさか、この人から自然に情報を得られるとは)
実父に意外な感情を覚えると、共に森本佳代子の情報に驚いた。
森本佳代子。
椎野理香と瓜二つの容姿を持つ謎の女性。
今、彼女がその素性を探している人物だろう。
理事長を後にした後、
目立たない廊下に隠れた芳久は、理香に電話をかける。
暫くのコールの後で、通話が繋がった。
『はい』
「理香? 今、良いかな?」
『平気』
「あのさ、森本佳代子さんの情報が入ったんだ」
理香は少しだけ驚きに揺れる。
けれど一通りの事実を知った今、彼女の素性に動揺等はもうない。
芳久が知った情報とは、どんな情報だろうか。
『どんな情報なの?』
「バイオリンが上手くて、会社のイベントでは
ボランティアで、バイオリンの演奏をしていたらしいんだ」
『……そう』
芳久の話を聞いてから、理香も話を乗り出した。
『私も分かった事があるの。あの森本佳代子の素性について』
「………………どんな事?」
『彼女は____』
悟った眼差しで、理香は呟いた。
『“森本繭子の姉”だった』
芳久は思わず目を見開き絶句する。
理香自身も、自分自身も森本姓だからと
森本佳代子という人物とは何かしら関係があるのだと予測していたが
あまりにも突きつけられた意外な事実に、芳久は拍子抜けした。
森本佳代子。
ずっと追っていた謎の女性。
自分自身にそっくりな彼女は繭子の姉で
つまりは理香とって実の母方の叔母という事だ。
衝撃を受けていないといえば、真っ赤な大嘘になる。
彼女に生き写しというだけで、悪魔は嫌っていた、という事か。
それが理由で、繭子が自分に対する態度が
酷いものだったのか。悪魔は彼女を心底から嫌い、
彼女に生き写しだという自分自身を憎んでいた。
(だから、私はあの人から虐められていた)
心身共に。
感情も存在感も壊され、心菜が息絶える程に。
けれど。
日記を全て目を通した末に、理香は気付いた。
佳代子の死の真相には
繭子が何かしら絡んで繋がりがあると察する。
現に佳代子の日記には、気になる節ばかりが書いてあったのだ。
自分自身の娘の心を追い詰め潰す程に
姉をここまで恨み憎んでいた理由も、全て悟ってしまった。
姉を恨み、娘を憎しむ理由悪魔の真相心理は分からないけれど。
ただ。
繭子が姉の日記を隠していたのは
隠して起きたい、何かあったに違いない事を現していた。
現に証拠が、この佳代子の記した日記あるからだ。
佳代子は不慮の事故で亡くなった。
繭子が佳代子の死に何か関係がある様にも思う。
日記を奥深く見えない所に隠していたのも後ろめたい何かしらあるのか。
だが、理香は確信していた。
(_____あの人と、何か関係があるわ)
だとしたら
佳代子も、悪魔に飲み込まれた犠牲者。
もし繭子が関わっているのであれば、悪魔さえ
事を起こさなければ、彼女は若くして亡くなる必要もなかった筈だ。




