第77話・復讐者と協力者の思い、消えた行方
母からの愛を欲していた少女。
本当はそうなる様に自分自身が操り人形にされていた事も気付かずに。
結局、母は自らの娘へ視線を向ける事も、少女が求めていた愛情を与える事もなかった。
それは何故か?
答えは簡単だ。
“自分自身の存在”こそが、悪魔の嫌う人物そのものだったから。
もう母に尽くす少女の姿も面影もない。
母に心を殺され、自分自身で自分自身を殺した彼女から生まれたのは、憎悪の魂だけ。
その自分自身が今、其処に居る。
森本心菜ならもうとっくに死んでいる。
今生きて居るのは彼女の憎悪の魂から生まれた椎野理香だ。
心菜から受け継いだ記憶と心情を考えながら、
ぼんやりと
理香は流れていく懐かしい景色をただ見詰めていた。
乗った電車はどんどん都会から離れて長閑な町へと自分達を刻々と連れていく。
嗚呼、なんだか懐かしい。見慣れない景色に自然に頬が緩んでいる。
あの時は、あるだけのお金を握り締めて、
逃げる事に必死で景色を伺う余裕なんて何処にもなかった。
自分自身の歩いてきた道は、景色は、こんな情景だったのだと思い出に浸っていた。
けれど反面、半信半疑な気持ちが潜伏する。
何か手がかりを探して見つける事は出来るのだろうか?
もう何十年も前の人物を知っている人間は居て、出会えるのか。
森本佳代子。何もかも不明な人物。彼女は一体、何者なんだろう。
彼女は、明らかに変わって行った。
もう出会った頃の面影は全くない。見た目と性格が大人しい人物なのは変わっていないけれど
心の中では復讐心を持つ故に大人しい面影を落としながらも、
母への仕返しを着々と進めている。
今の椎野理香は、復讐者でありもう昔とは別人だ。
別に人は気付かないと思うけれど、近くに居た芳久は感じ取っていた。
理香が理香で無くなっていく。
その心情は複雑だが彼女の心に宿る復讐心。
それが、それだけが、彼女を変えていくのだ。彼女を彼女ではなくしていく。
もし事実を知って飲み込みんだとして、
昔とは違って、今の彼女はどんな表情を見せるのだろう。
それが知りたくて押し切った形で同行を求めた。
ただ、一つ気になる事がある。
理香は母親への復讐を成功させた。
母を絶望へと落とし入れ、女社長の品格を喪わせたが。
彼女はこれだけで満足しているのだろうか?
(____________今後はどうするつもりなんだろう)
理香の姿を見ながら、芳久はそう考えていた。
電車は目的地に向かう程、乗客は居なくなっていた。
都会から離れて駅に着く度に人は下りていき、もう乗客は二人だけになる。
それぞれ違う複雑な思いを抱えた二人を乗せた列車は目的地の駅に近付いていく。
理香は土地勘はあっても、芳久にとって未知の世界だった。
理香は駅を出てからも町を知っているので迷う事は無く歩いていく。
彼女は懐かしさを感じながら、青年は新鮮味を感じながらただ後ろに着いた。
履歴書に書いてあった出身地の町内はかなり南の方角にある。
孤児院を越えてから、理香の知っている範囲以内でもかけ離れており
目的地に進んでいくに連れて昔の色濃い町並みの住宅街や商店街に着く。
「これって、どっちかしら?」
「悩むな………。多分左に行くのが良いんじゃないかな」
未だに行ったことがない場所を相談しながら進んだ。
電信柱に貼ってある色褪せた住所の番地を頼りに、森本佳代子の生家へと。
後で知った事だが、驚く事に森本佳代子はこの町からプランシャホテルまで通勤していたのだ。
時間も掛かっただろうに、けれど余程この町に居たかったのか
何らかの事情で居るべき状況だったのかは分からない。
これには芳久も、珍しいとさえ言葉を溢すのだった。
どんどん昔ながらの町に近付くに連れて、寂れた風景を目にした。
住所に近付く為に、商店街を通る。けれど商店街自体が寂れて
殆どの店のシャッターが閉められ閉店している。
存在するのは僅か数店舗。
そんな商店街を歩いている時、不意に声をかけられた。
「おや? 君達、見ない顔触れだね………」
「……………」
しゃがれた低い声と共に視線の先には明かりの着いた店。
大豆の香りがする。
どうやら、豆腐屋らしい。その店主らしい初老の男性。
見るからに温和で優しそうな男性はにっこりと微笑みを浮かべている。
「はい。初めまして。この町の人ですか?」
「ああそうさ。代々豆腐屋をやっている者でね。お二人さんは」
「僕達、親戚の家を探していまして訪ねて来たんです」
咄嗟の嘘が、当然の様に違和感もなく言葉に出た。
復讐者と協力者が行動を共にする際は、従兄妹と偽っている。
咄嗟に芳久は温和な表情を浮かべて、対応する。
芳久は人内では仮面を被っているが芳久は人としての愛想と適応力は素早い。
青年の穏和さと爽やかさが印象的で
不自然さがないので人が親しみやすいのが、特徴だろうか。
物静かなふりして青年の背丈に隠れ、
一切口を開かず理香はマフラーに顔を竦めてやや隠している。
(…………この人が、何かしら森本佳代子を知っているかも知れない)
この森本佳代子と生き写しの顔立ちから驚かれてしまうかも知れない。
理香は沈黙を突き通して身を隠し、芳久が人との対応をしていた。
「此処にはもう誰も来ないからね。殆どの店が閉店してこの静けささ」
「そうなんですか。あの、聞きたい事があるのですが宜しいですか?」
「何かね?」
「6丁目ってこの商店街を過ぎたら着きますか?」
「ああ。そうだよ。この商店街を抜けて、下へ下りなさい。
ただこれから陽も暮れて寒くなっていくから気を付けるんだよ」
「ありがとうございます」
森本佳代子の生家は、この町の6丁目。
男性は自ら快く見送ってくれた。
目的地の6丁目は商店街を抜けてまだ下に行くらしい。
森本佳代子の生家がある、6丁目を見つけてそれぞれの家の番地の番号を見ながら、本来の目的である森本佳代子の生家を探す。
番号を見ながらの作業。
そして__彼女の住所に一致する場所を見つけた。
「此処じゃない?」
芳久がそう言った視線の先は_______。




