第5話・偽りの……。
「綺麗ですよ」
そう言えば、開かれたカーテンの中に居た、白いドレスの女性は微笑んだ。
「ありがとうございます。椎野さんが、選んで下ったおかげで………」
「いいえ。これは九条様が決めたでしょう?
着る主に選ばれたドレスは、着る人とともに輝こうとするんですよ。
だから、既に今も、とっても素敵です。私は、それのお手伝いをしただけです」
目の前の、柔らかな雰囲気のウェディングプランナーの言葉は、強く心に響く。
酷く重みのある説得力があるというべきか、謙虚で恩着せがましさがなく爽やかだ。
花嫁は、無意識的に心から浮かんだ言葉が、口から溢れていた。
「…………椎野さんに、担当して頂いて良かったです」
「そんな……ありがとうございます。素敵な式にしましょうね」
ウェディングプランナーは花嫁に歩み寄ると、優しく言って微笑んだ。
ガーデン式のパーティー。
天候に恵まれ小鳥の囀りが、新郎新婦を祝福しているようだ。
穏やかで長閑な無事に結婚式は、成功を治めた。
新郎新婦の幸せな式を、片隅で“彼女”は、細やかな祝福の拍手を送っている。
ただ、それだけをして、ただ見守る様に優しい眼差しをしていた。
「“椎野理香”君」
そう呼ばれて、振り向く。
"今"の彼女の名前は、椎野理香。
其処には、優しく微笑んで軽く手を振りながら、此方へと来る初老の男性。
彼女は完全に相手の方へ向くと、此方からも歩いてこう言った。
「…………主任」
「いや〜式は大成功だったなぁ! お嬢様も喜んでいたよ。
流石、信頼できる君に任せて良かった」
ウェディング課の主任は彼女を褒め讃えた。
そう言えば、
今日の式は大企業の社長令嬢と御子息の華麗な式だったか。
豪勢で有名な社長や、果てには著名人まで式に参加していた記憶がある。
端から見ても豪華絢爛、という印象が強かった。
理香は片隅でそう思い出しながら、
「私のような、未熟者が良かったでしょうか…………」
そう呟いた。
上なら、自分自身よりも上の者が居る筈なのに、自分自身で良かったのかと。
入社して数年。まだキャリアが積み上げている中途半端な、自分自身が。
今回も結婚式は上司か同僚が担当すると思い込んでいたのに。
そう思っていると、ぽんと肩を叩かれた。
「何を言うかね。
君はもう優秀なウェディングプランナーじゃないか。
現に皆、喜んでいた。特にお嬢様は特に。
君も分かっていた筈だ。これが証拠だよ」
主任に渡されたのは、淡い花柄の封筒。
名前を見て、花嫁になった令嬢が書いた事は一目で分かった。
理香は、不思議そうに受け取った後、頭を下げて
「……ありがとうございます。主任」
そう言うと、主任は誇らしげな表情をして、
再び彼女の肩に手を置き
「うむ。これからも頑張ってくれ」
「……はい」
そう言った。
理香も返事を返すと、
向こうへと消えていく主任の姿を見送った後
無意識的にふっと肩の力が抜けて、片手で手紙を持っている側の腕を固く握った。
(悪い癖)
棄ててしまいたい名残り。
未だに、捨てたい昔の癖が残っている。
自分に自信すら持てずに、素を隠し他人に偽ってしまう癖。
それを変わると願って、自分を奮い立たせてこれまで歩いてきた。
そう思ったところで、理香は強く首を振る。
違う。未熟で操り人形として怯えて暮らしていた弱々しかった昔の自分。
そんな自分自身を変えて捨てると、あの日に固く誓った。
だったら、思う必要もない。
もう昔の自分自身は、関係無いのだから。
今だけを見ていれば、良い。
大丈夫だ。
今回も何事もなく、上手く行った。
これからもこのまま変わらずにいたら、何事もなく行く。
そのまま過ごして居れば良いだけ。そうすれば、平和なまま時は過ぎる。
(このままでいれば、私は……)