第74話・悪魔の謝罪2
「では、auroraとの提携経営の契約をし、
プランシャホテルを裏切った______というのも本当なんですね?」
記者からの問いに、繭子は凍り付いた。
そうだ。プランシャホテルを裏切ったと世間は認識している。
震え、動揺、渦を巻く心の中で生まれつき根付いている悪魔の根性が顔を出し始めた。
「……いいえ。それは違います。
私はプランシャホテルを裏切ったなんて滅相もございません。
それは誤解で御座います。私はただ我が社・JYUERU MORIMOTOと
プランシャホテル、そしてauroraの三手で提携のタッグを組めば
もっと大きく発展するからと思ったまでの行動です。
私は、この行動が批判される意図が分かりません。
私はプランシャホテルの事を考えて行った行動だと言うのに………なのに何故…………私が批判されなければならないのです」
ハンカチで目元を拭いながら、嘘泣きに似た表情でそう呟く。
その森本繭子の、最後の言葉に周りが驚愕して固まる。
それは世間、英俊は空いた口が塞がらなくなり、芳久も驚きを隠せない。
理香は繭子の発言内容について
大体想像付いていたが、こんな堂々と発言仕切る女に、
頭を押さえたくなった。
(プランシャホテルと、aurora、そしてマスコミを敵に回した………?)
この厚顔無恥な女め。
まさか、自分自身の保守に回り、世間を敵に回すとは。
(やっぱり、悪魔は悪魔でしかないのね_____)
理香は唖然としながら、
理香は心の中でそう呟く。やはり本質は変わらない。
この裏切り行為が良く捉えられるか、悪く捉えられるか。
涙を滲ませながら震える声で言葉を紡ぐ繭子に、理香は呆れを通り越していた。
最後まで自分自身を主役に置き、周りを気遣う人間の素振りを見せ続けるのか。
プランシャホテルは、
他と提携して欲しいなんてお願いしていない。
否。寧ろ、双方だけの交流を深めて行こうという契約だった筈だったのに。
独断で他を混ぜる等、高城理事長も双方の社員もこれっぽっちも望んでいない事だ。
「なんだと……………!!」
我に返った英俊は、机に拳を叩きつけながら立ち上がる。
その瞳の狂喜、表情からも怒りが表に露わになっていた。
「理事長、落ち着いて下さい」
そう同じく、対して始終、事を冷静を見ていた
芳久がやんわりと、英俊の怒りを宥めた。
拳の痛みを感じながらも息子に宥められ、飛びかけた理性を取り戻し、椅子に座った。
森本繭子は如何に自分自身が
悲劇のヒロインを演じている様な事ばかりを見せている。
まるで、自分自身が望んでいた事であり、彼女がプランシャホテルの為に行った様に見えていく。
これでは、此方側が悪者になったみたいじゃないか。
英俊の怒りがみるみる、頭に血を昇らせる。
英俊は険しく眉間に皺を寄せながら
テレビから目を離しパソコンと向かい合うと、
おもむろにパソコンのキーボードを弾き始めた。
父が怒っていると感じながらも敢えて火に油は注がず、
見守る事にした芳久は相変わらず生中継で報道されている画面を見詰め続ける。
この謝罪会見は、そして森本繭子の姿は、
それはまるで一流女優の演技の様にも見えた。
だが同時に図々しく末恐ろしいとすら思う。
遠間りに自分自身を保守し周りを敵に回す、悲劇ヒロインを装う女社長。
その弱々しい姿を見せながらも、中々の強者だ。
ただ形は違えど、強者というだけなら、
あの娘も似ている気がする。
形は違えど。
ただこの女社長とは違い、
椎野理香は、いつも冷静沈着で堂々としているが。
(_______理香、君はどうするつもりなんだ…………?)
遠い画面越しに、時折に画面に映る復讐者にそう問いかけた。
けれど今は、分かる筈もない。
「では、裏切ったという事ではないと言いますが
プランシャホテルとの契約である『双方だけで交流を深める』
というのは、一体なんだったのですか、森本社長」
記者達の熱は収まらない。
世間の声は辛辣だ。
森本繭子が言葉を紡ぐ度に好奇心が加熱されていく。
繭子は口を切ったのは良いもの、次第に自分自身が言ってしまった言葉に追い詰められた。
嗚呼、どうしよう、と。
「私は、猪突猛進の性格なもので
咄嗟に提携経営の発展の事が浮かんでからは………それを忘れておりました。
プランシャホテルとの交流を深めていくのが目的だった事を
忘れていたのです。これは高城理事長にも謝らなければいけません。
私は…………本来の概念を忘れ、一人で突っ走ってしまった。
それが今回の過ちです。この度は申し訳ございませんでした」
(これ以上、自分自身の非を認めたくはない)
再度頭を下げて、報道陣から背を向ける。
そしてそのまま、JYUERU MORIMOTO本社へと消えて行く。
煮え切らない女社長の会見に記者はまだ満足して居らずに、
何度かコールの嵐が起こったが、女社長は二度と姿を見せなかった。
もう精一杯だった。精神が限界に達していた。
あのまま会見を続けていたら自分自身が壊れてしまいそうで、繭子は怖かったのだ。
繭子は胸の前で手を合わせて堅く握り締め、震えてしまう。
そのまま覚束ない足取りでふらふらと、社長室へと帰っていく。
社長室へと帰ると、理香が待っていた。
ずっと社長室にいたであろう彼女は、相変わらず凛としている。
自分の会見も窓から見下ろしていた筈だったが、彼女は特に何も言わず
ティーカップに淹れたての紅茶を注いで休憩の準備を進めていた。
「………」
「………」
繭子は俯いたまま無言。理香は手際良く、紅茶を注いでいる。
額に手を上げながら溜め息を着いた後、ソファー脇に項垂れた。
今の繭子は、まるで朽ち果てた人形の様だ。
不意にちらり、と向けた視線。
繭子と理香の目線が絡んだ瞬間、繭子は固まった。
その刹那。理香の全てを見透かした様な冷めた眼差しは、全てを凍らせる様で。
まるで心臓を鷲掴みにされた様な感覚に襲われた後で腰が抜けて、体が傾いた。
「大丈夫ですか? 社長」
「ええ…」
駆け寄ってきた彼女の目は、何時も通りだった。
あれは気のせいだろうか、一瞬、彼女の鋭い眼差しが別の人間を思わせた事は。
そう思うのはきっと謝罪会見で神経を使い疲れているからだろう。
だからきっと幻覚が見えたのだろう。現に理香の表情変わらない。
きっと自分自身の見間違いだ。
「社長、お疲れでしょう?
紅茶を淹れたので、紅茶を飲んで休憩して下さい」
「ええ、ありがとう………」
這う様にソファーに腰を下ろすと、どっと疲れが出てくる。
額に付く冷や汗をハンカチで拭いながら、紅茶へと手を伸ばした。
ふわりとした心地良い香りの紅茶が身体を癒してくれる。
そう感じながら理香に問う。
「これで良かったのよね………?」
「はい。社長の口から直接、釈明出来た事が一番良かったと思います」
謝罪会見が終わったとなれば
次はJYUERU MORIMOTOの根本からの立て直しだ。
不安に震えながらいる繭子に、理香は心の中では嘲笑いながら
「大丈夫です。
不安を覚えないで下さい。私が支えますから………ね?」
「そうね。お願いよ、椎野さん。何処にも行かないで………」
縋り付く母。内心は嘲笑う娘。
弱音を吐く繭子に、理香は偽善者の振りをした。
(________私が地獄へと案内しましょう……)




