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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第6章・壊れ始める糧とそれぞれの思い
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第70話・悪魔と復讐者、正反対へ


次の日。


繭子はJYUERU MORIMOTOの社長室にいた。

彼女は震える手で電話の受話器を取ると、ボタンの配列を押す。

その指先は微かに震えている。

繭子が、電話をかけている先は____。


「はい」

「高城理事長様でしょうか」


繭子の声は震えていた。

英俊はかかって来た電話の相手に驚く。

それは自らが何度、電話をかけても繋がらなかった相手、森本繭子なのだから。

驚きと共に反射的に固く受話器を取り構えると


「もしもし、森本社長ですか」

「……はい」




あの時、

椎野理香に、プランシャホテルへちゃんと謝る様にと諭され

不安と戸惑いが交差する中で高城理事長へと謝罪の電話をかけたのだ。

喉が枯れてしまいそうな程に繭子は震え緊張している。


「あの、高城理事長………。この度はすみませんでした」

「……!!」


森本繭子からの謝罪に、英俊は驚く。

此方が何度電話かけても出なかった人間が、電話の向こうで真面目に謝罪している。

幾度となく電話をし交渉を取ろうとしてももう繋がらないと思っていたJYUERU MORIMOTOの社長から直々の電話と謝罪があるなんて思いもしなかった。

寧ろ諦めかけていたこと。それが、今此処にある。



対して電話越しにいる繭子は震えっぱなしだった。

この気高い自分自身が誰かに謝るなんて事を今までにした事があっただろうか。

いつも女王様気分で人生を、失敗や挫折を知らずに

この世を渡って来た自分自身にとってはない事だった。





繭子にとって屈辱的にも思えたが

今はもうそんな事を言っている場合ではない。


「高城理事長を裏切る様な真似を致してすみません。

aurora(オーロラ)との契約は無かった事にして頂きます。

今回は勝手な事を致しまして、誠に申し訳ありませんでした」


そのまま電話の相手に、頭を下げた。




(_____________甘いわ)



理香は、頭を下げて謝罪する悪魔にそう思った。

実は理香も社長室に居り、ソファーに座り会話の一部始終を間近で聞いている。

流石、誰にも頭を下げた事も謝罪した事もない女の姿は予想通りだ。

言葉もしどろもどろで、謝罪の言葉がやや成っていない。

しかしその理由は解った。


(貴女は、人に謝った事なんて一度もないものね)


繭子の姿を見て良い気味とザマだと、心の中で微笑んでいた。


『支える』というのは嘘で、

今度は『自分自身が操る』というのが正しいか。

繭子の今の精神状態では、正常な思考は働いていない。そんな悪魔に理香は着け込んだ。


(娘に操られている事も知らずに、貴女は素直に従うのね)


心の中で嘲笑いながら、

悪魔が必死に謝る姿を冷静な目で見ていた。




_____________プランシャホテル、屋上。


空は晴天だった。

青いキャンバスに、白い雲が優雅に(およ)いでいる。

冷たい風に当たりながら、芳久は今日の事を回想し整理していた。



早朝にJYUERU MORIMOTOの社長・森本繭子から謝罪の連絡が来たと聞いて

英俊はとても驚き、芳久は冷静なふりをしながらも

内心で驚きを隠せなかった事を覚えている。

あれだけ何度も電話かけても出なかった、向こうから全くの音信不通だった筈だ。

なのにどうして今更、向こうからかけて謝罪してきたのだろう。


(何も動きを見せなかった相手から、急に動き出すなんて怪しい)


今、芳久には微かな疑問と違和感を感じていた。


そんな事を回想していると

屋上のドアが開いた音がして、誰かが来る気配を感じて振り返る。

コツコツと自然と鳴る靴音をと共に現れたのは、

何時もと変わらない椎野理香の姿があった。


だが、“あの履歴書に写る彼女”と、

“目の前に現れた見慣れた彼女”ではそっくりに見えてデジャブに襲われた。

そっくりな人間はこの世に3人居ると言うけれど、

それはまるで写真の中から、出て来たのではないかと思ってしまう程に。




「_____________理香」



縮まない距離感。

彼女は動かない。自分自身が動かない限りこの距離は縮まないだろう。

理香は風に靡く長い髪を、耳にかけて払っている。



「珍しい、芳久が此処に居るなんて。よく此処に来るの?」

「たまにだよ。理香の方が珍しいだろう?」


気のせいか、会うのも久しぶりに感じた。

そんなに時は経っていない筈だが凛とした雰囲気は

普段と変わらない彼女だけれど、以前と比べたら何か変わった気がする。


自分自身の体感はそう思っていても

もしかしたら彼女は変わらないままなのかも知れないけれど、

“事実”を知ってしまった今、普通では居られない。




誰もいない屋上。

芳久は足を進ませて、理香との距離を少し縮めると口を開いた。


「今日、理事長が言ってた。森本社長から謝罪の連絡が来たって…………」

「そう」


理香は平然としている。

そして_____________。



「そう、でしょうね……」



その言葉で、芳久は気付く。

嗚呼。その刹那、洞察力と勘鋭い芳久は悟ってしまった。


今回の事は彼女が何か絡んでいる、と。

何かが降りかかった様に理香の思想を見透かした芳久は意味有げな微笑みながら詰め寄った。


「何かあったんだ?」

「ええ、そうよ」


理香はあっさりと肯定した。

その憂いを帯びた、ミステリアスな微笑が何かを思わせる。

芳久の中で疑いが確信へと変わった。何処か変わった様に見えるのは決して気のせいではないのだ。

理香は身を乗り出して、芳久に言う。


「もしさ」

「……………?」


理香は首を傾ける。



「_____毒の様な、無慈悲な話があったら、どうする?」





家に戻った繭子は

ソファーに座り、脳内で必死に言葉を思い浮かべていた。

プランシャホテルにも、aurora(オーロラ)にもちゃんと謝罪の電話を済ませ

一段落着きたいものだが、今の繭子には大いなる課題が待ち受けている。

次の課題。それは(おおやけ)の場での、謝罪会見だ。


全てを受け入れて、次に進むには必要な過程だ。

それは自分自身の行ってきた事は全てが“過ちの行い”だった事、自分自身の否を認める事を意味する。

今回報道されている全てを肯定するのだ。洗いざらいその全てを。



不意に手が震えている事に気付いた。

本当は今でも、自分自身の非を認める事もしたくない。

謝罪会見等も行いたくはない。


(…………なんであたしがこんな目に遇わないといけないの)



しかしそれは本心ではやりたくない事でもJYUERU MORIMOTOを

立て直す為には必要な事だと椎野理香に強く諭された。


だが。

なんだろうか、この気持ち。

追い込まれた繭子にとって先の見えない絶望が目の前を覆う。

精神衰弱状態の繭子には以前の気力はもうない。


言葉を考えて並べようとも、中々思い着かないままだ。

こんな状態の自分自身が公の場に出るのか、例え誰かの支えがあろうとも出来る事なのか。

ぼんやりとした視界の中で、ただそんな事を考えていた。



真逆になった悪魔と天使は____。









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