第67話・あの日、今の面影
いつの間にか、雨は止んでいた。
けれど今にも泣いてしまいそうな曇り空。
理香は時折にそんな空を見上げながら、距離を置いて繭子の隣を歩く。
次はこの方向_____と繭子は説明しながら、理香を案内しているが
理香自身は心菜であったが為に
皮肉にも家の道程なんてもの頭の中にインプットされている。
否。それでも12年も一度も帰らずにいたので、
当たり前だが近所近くの風景は変わっていた。
思い出したくない道程。
記憶に刻みたくはない町の風景。
もうすぐそんな悪魔の家で、認めたくない自分自身の生家が見える。
(まるで最初から知っているみたいに)
少し不思議に思う。
自分自身が丁重に道案内しているにも関わらず、椎野理香は迷う素振りを一切見せない。
否。迷う以前にこの町、住宅街を知っている様な眼差しをしている様にも伺える。
此処に来た事があるのだろうか?と思いながら、繭子は家路へと向かい歩いていた。
森本邸の視角になる場所まで来ると、繭子は口を開いた。
霞んだ赤煉瓦の豪邸が見える。
しかし此処からだと後ろ側なので、人が門前に居るのかは分からない。
「あの民家の裏側の、赤煉瓦のあの家よ。悪いけど、
家の前にマスコミが張ってないか先に見てきてくれないかしら?」
「……分かりました」
マスコミには接触したくない。
自分自身の口で何かを言ってしまえば、この事を認めた事になってしまう。
そんなの駄目だ。『ジュエリー界の女王』と言われていた自分自身の品格を落としてしまう事なんて、繭子の高きプライドが決して許さない。
けれど、現在に至るまでに
ホームページのメッセージ欄、ネットは炎上。社内の電話は鳴り響いている。
最近のニュースのワイドショーでは連日取り上げられている故に
当然、記者がこの家に来て張り込んでいるかもしれない。
けれど確める腹を持ち合わせて等はいない。
(誰か、あたしの家を確認してくれる人はいないかしら)
そんな事を繭子は考えていた。
しかし今は椎野理香が付いてきてくれている。ならば彼女を頼りすがり付くしかない。
(______使えるモノは使って、有効活用してしまえばいい)
先に一人で行くのか、と気が重くなったが
じっくり偵察出来るから良いかと理香は思い直して改める。
記憶にある。あの家の外見は何も変わらなかった。
しかし12年間の月日と全く手入れされていない赤煉瓦は苔や汚れ等で闇色を混ぜくすんでいる。
森本繭子が
全盛期に建てた豪邸は、この住宅街でも一際目立っている。
大きな庭付きのお城みたいな家は家主の希望が全部に細工されていた。
劣化を除けば、目立つ色合いの外壁塗装も、威圧的な雰囲気も。全てあの頃と変わらない。
幸いなのかは知らないが
この家の前にはマスコミの報道陣は一人も居なかった。
悪魔が裏から手を回したのか?とも考えたが、神経衰弱している上に権力を失ったあの悪魔に今は出来ないだろうと思い改め、
一応キョロキョロと辺りを見回して記者や報道陣が居ないか確認する。
辺りは無人駅の様に静かだ。
それに静観な高級住宅街故に、人も全く居ない。隠れてもいない様だ。
それ裏から確認してから、
離れて一目の付かない影に隠れている繭子へ理香は歩み寄った。
偽りの微笑を浮かべて、相手を安心させる術のふりをして。
「大丈夫です。家の前にも、周りにも記者や報道陣はいません。
今の内にお家へ入りましょう?」
「……そうなの」
そう言えば、怯えていた繭子の表情が少し和らぐ、
けれど理香は内心思っていた。そんな姿は社長の面影もないと。
今のボロボロに窶れた悪魔の姿を誰が社長・森本繭子だと思うだろうか。
門扉まで送ってから、さようならしようとした。
しかし_____。
繭子の心は異常に心細く、
誰かに傍に居て欲しいという気持ちが先行していた。
送ってくれた理香は役目を終えて帰ろうとするのを、其処を引き留める。
「あの、椎野さん!!」
「………………」
(忘れてたわ。
…………またあの“嫌な癖”を発揮するのかしら)
理香の中で若干、苛立ちが募る。
ようやく自分自身の役目も終わったと思っていたが、
予想通りにやはりこの悪魔は簡単に解放してくれないか。
そんな感情を心の奥底に沈めて、理香はいつも通りの表情で振り返った。
「なんですか?」
「良かったら家に入ってくれないかしら? 送って貰ったんだからお礼がしたいのよ」
「そんな。お礼なんてとんでもないです」
「貴女が良くてもあたしの気が済まないのよ。お願い。ね?」
家に入れと言われた瞬間、理香の背筋が凍った気がした。
家まで送る約束だったけれど家の中に入れというのは、予定外だったからだ。
繭子はお礼なんて言っているが、現にマスコミが来るのが怖いだけだろう。
(孤独が嫌いだからって、誰かを巻き込もうとして……)
呆れながらも
繭子の思惑を理香はとっくの果てに見透かしていた。
一瞬、断ろうとしたが、好奇心が勝ってしまう。
ちょうど良い機会だ。相手は自分自身を実の娘とも知らずに招き入れようとしている。
今、家の中はどうなっているのだろう。
今の悪魔の家の現状を、この目で見て見ようか。
(_______悪魔の館ね。
家政婦が居なくなってから、どう変わっているのかしら)
「それでは………お言葉に甘えて、お邪魔しますね」
遠慮気味な素振りを見せて、理香はそう言った。




