第66話・助けるふりの復讐者
ぼんやりと理香を見詰める繭子。
差し出された傘によって、雨は傘に打たれて身は冷たく濡れなくなった。
(__________どうして此処に__________?)
絶望した眼。全てに見離されて、心、此処に在らずの面持ち。
やっとだ。悪魔を絶望へと突き落とし全てを奪いこの表情を見る事を求め進んできた。
そんな悲観仕切った悪魔の女の顔を見て、
理香は微笑と嘲笑の両方を心の内で浮かべていた。
ようやく夢にまでに見た達成感を覚えるものと出逢い、目標は遂げられただろう。
けれど、こんなの前菜に過ぎない。
本腰は"これから"だ。
悪魔に取り憑かれた魔性の女。その末路。
理香は静かに屈んで、繭子へ目線を合わせると悟った表情をする。
「椎野さん……」
「どうしたんです? 此処に居たら体が冷えてしまいますよ」
「…………………」
繭子は無言。
そんな絶望仕切った悪魔の女に、理香は立ち上がる。
「事情は_____承知の上です。
けれど此処に佇んでも止まってしまうでしょう?」
差し伸べられた手。
凛としたその黄昏の瞳は、誰かに似ている気がしたけれど『今』は違う。
でもこの瞬間に、思い出せない誰かの面影を感じたのは単なる気のせいだろうか?
けれどその眼に引き寄せられる様にそのまま差し伸べられた手を繭子は握っていた。
まるで何かに引き寄せられたように。
それは、まるで天使が差しのべた手の様が気がした。
近くの公園には屋根付きの長椅子がある。
其処に座って、理香は持っていたタオルで濡れた繭子の髪を拭いていた。
本当は触れたくない。けれどこれも演技の一つだと割り切って自分自身を納得させる。
理香が内心は嫌と感じながらも、繭子に手を差し伸べたのは
前々から悪魔に眼をかけられたお気に入りだと気付き思っていたからだ。
その立場を上手く利用して居れば、悪魔にも自然と近付けて自分自身が望む目標である、
悪魔を潰す復讐を成し遂げられる事が出来る。
利用出来るものは、使えば良い。
繭子は、自分自身が思ったよりも窶れていた。
あれだけ自分自身を容姿に拘って気綺麗に、完璧に飾っている人間が容姿にも眼をくれずこんなに窶れボロボロになった姿を世に晒している。
それが、理香にとって意外でもあった。
「……ミルクティーで良いですか?」
「…………」
悲壮感を漂わせながら、繭子は項垂れたままだ。
しかし、何処か頷いた気がして理香は立ち上がった。
公園には飲み物の自販機がある。其処で同じホットミルクティーを二つ買って
理香は繭子の元へと帰って、ホットミルクティーを差し出した。
それを震える手で受け取る繭子。
ずっと寒い中に居たせいか温かいミルクティーが手を温めてくれる。
「どうして、助けてくれたの?」
「…………雨が降る中で佇んでいる人を放って見ないふりをするんですか?」
きっと、繭子なら見知らぬふりをして無視するに違いない。
が。本当なら理香自身も繭子を無視して素通りしている筈だっただろう。
これは復讐の作戦の為でしかない。それ以外にはこんな穢れ切った悪魔を助ける理由なんて何処にもない。
否、本当は何も無かった様に素通りして帰りたかった。
(けれど、これも復讐の為だから。
貴女は優しさと履き違えているみたいだけれど)
復讐が、自分自身を動かしたに過ぎない。
ちらりと繭子は、距離を置いて隣に座る理香を見た。
彼女はミルクティーを飲んだ後、何処か遠くを見詰めている。
椎野理香は何時だってそうだ。気付けば何時も意味有げな表情を浮かべては遥か彼方を見詰めているのだ。
ぼんやりと、何を見ているのかは分からない。
端正に整った横顔は何処か神秘的だ。その雰囲気には誰も寄せ付けない雰囲気を纏っている。
「__________悪かったわね」
「………………え?」
ぽつり、と言葉が溢れていた。
繭子の、"理香"への懺悔。
(__________娘にそんな事を思った、言った事も無い癖に_____)
繭子の一言に理香は、そう思う。
所詮は口だけか、それとも本心で、こんな事を言うのか。
もし後者だとしたら理香は表は何事もなく面持ちだが、内心笑ってしまう。
この隣に居るのが、実の娘だとも知らずに言っているのか。
もしも自分自身が、実の娘だと知って居たら、こんな事は言わないだろう。
「……なんの事ですか」
「助けて貰った上に、auroraの交渉責任者まで勝手にしたでしょ。
貴女にも苦労かけたわね」
(そんな言葉、悪魔がかける事が出来たの)
意外だった。
理香は内心そう思って、軈て内で笑った。
「いえ。私は全然ですが。気にしないで下さい。
それに何かあったら、遠慮なくどうぞ仰って頂いて構いません」
そう言って、話を打ち切る。
悪魔の口からこんな言葉の綾は聞きたくない。
そう表だけ微笑んで見せる理香に繭子は、ひとつだけ。
「__________じゃあ、もうひとつお願い良いかしら?」
「なんでしょう?」
「__________家まで送ってくれる?」
理香は内心で、固まった。
言わば昔に暮らしていた実家。
目の前の悪魔との嫌な思い出の詰まった家。
あの日。高校を卒業してから決別する為に出て行ったっきりだ。
一瞬、心は拒絶する。けれど…………。
「マスコミとかが居たら怖いから。駄目かしら」
軈て好奇心が踊る。
自分自身は昔とは違う。もう目の前の女の娘ではない。
寧ろ、今の現状を悪魔の住む家の現状を知る良い機会じゃないだろうか。
理香は、微笑んで言う。
「いいえ、分かりました」




