第65話・全てを塗り替えられていく現実
マスコミの報道は熱を帯びていた。
JYUERU MORIMOTO社が多大なる不正とそれを隠蔽しようとしていた事実。
JYUERU MORIMOTOのみならず、森本繭子の自宅にまで報道陣は殺到していた。
繭子は報道陣の目に気にして家にも帰られなくなり、
ずっと自身の社長室に閉じ篭っていた。
自宅にもJYUERU MORIMOTO社の前には大量の報道陣が居座って、居場所がない。
(…………どうしてこんな事に?)
提携経営の契約は、ミスも無く全て完璧に行っていた筈。
ならば、何処からこの内情が漏れてしまったのか。
厳密に交わしていた契約、
隠していた事が全て暴かれてしまうとは。
(…………どうすれば………)
現在、精神状態が衰弱している繭子にとって、
全く持って先の見えない崖に立たされている気分だった。
髪は乱れ、化粧は崩れ落ちている。
表情は険しくも弱々しく、生きた心地すら感じられない。
まるで幽霊の風貌になり、膝を抱え、固く塞ぎ込んでいた。
呆然としたまま、
社長椅子に座り込んでぼんやりと前を見詰めている。
厳密に交わしていた契約が全て明らかになった今、もう否定は出来ない。
案の定、auroraからの提携は打ち切りに終わった。
マスコミの報道の威力は凄まじいもので、
JYUERU MORIMOTO社の社内の電話が全て
会社の電話はどれも絶え間なく鳴り続けているらしい。
社長室の電話は、
繭子が衝動的に、感情的になり、電話線ごと引き千切ってしまったが。
JYUERU MORIMOTO社は、一瞬で営業不能に陥った。
不様な社内を見せたくなくて社員には皆、休暇にし扱いで来ないようにしたが、
社員もJYUERU MORIMOTO社の有り様を知っている頃だろう。
否。こんな状態では
通常運転の営業など出来る筈もなく途方に暮れている。
そんな怯える悪魔の女王を知らず
JYUERU MORIMOTOの本社の外では、
居座り続ける報道陣が主役の登場を今か今かと、待っていた。
さあ。もうすぐ終わりだろう。
今の賑やかになっている報道で、
あの悪魔の女の精神はかなり傷め付けられただろう。
テレビのニュースに映る憎き女の顔を見て理香は静かに微笑を浮かべた。
現実は理想通りには行かないと諦めていたけれど
序章に過ぎない復讐を本番に移す作業は着々と理想通りに進んでいる。
後は。いよいよ計画通り______あの女に歩み寄るか。
「……………………」
夜中。
辺りが暗くなり、ぽつりと灯った街灯だけを頼りに
会社の表に張り込み続ける報道陣の目を盗んで、会社の裏口から抜け出す。
その姿には社長の社長の品格と威厳のある雰囲気は消え去り、ボロボロの状態だ。
正常な思考が働いていない繭子は何も考えずに、家のある方向へと走り出した。
辺りは真っ暗。
厳冬の冷たい風が頬を撫でて、
防寒着を忘れてきた繭子の身は厳冬に晒され、思わず身を竦めたくなる。
それでも無我夢中に家までの道程を歩いていたが、
消耗仕切った体力と精神は尽きた。
目の前の視界が廻り、何処かも分からない。
誰もいない道で膝をついて項垂れて、ただ佇む。
その瞳には涙が浮かぶ。
嗚呼、これからどうすればいい。
今まで全てが全て、自分自身も会社も華やかな名声を
手に入れてきた筈だったのに、何処で崩れてしまった?
(…………間違えた事は何もしていないのに。
なんでいきなり、あたしがこんな目に遇わないといけないのよ………)
唯一、持ち出した携帯端末。
プランシャホテル理事長からの電話が絶えなかったが、
今、精神を追いやられた繭子には言い訳を探し理由を告げる事も謝る気力もない。
否。認めたくない気持ちだってある。
繭子が長らく無視して電話を受け取らなかったせいで
理事長も諦めたのだろうか。ある時間を境に電話は一切掛かってこなくなった。
という事は____見切りを付けられたという事だ。
プランシャホテルからも、
提携打ち切りになったauroraからも。
全てに見放された__________。
悲観と先の見えない絶望感に襲われながら、呆然と地面を見詰めた。
……………もう帰る気力がない。
こんな時にどうすれば良いのかすら分からない。
ただ社長として栄光と高みを目指してきた繭子にとって、
今は悔しさと怒り、自分自身が食らった侮辱感を覚えていた。
ふと、目の前をぼんやりと見る。
誰もいない。街灯だけが、照らす夜道な筈だ。
けれど今はボロボロになった精神状態の繭子には“それ”が見えた。
愛らしく整った顔立ちの少女。
真っ直ぐに立って、静かに此方を見詰めているのは自分自身の憎き相手。
(__________心菜………)
その瞬間。ぐらりと精神が揺れ乱れる。
その何とも言えない微笑みを浮かべた表情は自分自身を軽蔑している様に見えた。
ぐらり、と傾いた心が醜く歪んでその矛先は自分自身の実の娘へと向けられる。
(お前なのか。あたしの人生を乱しているのは)
溢れだした怒り。
憎い実娘の事になると、無性に思わず頭に血が昇る。
(あんたのせいよ。あんたのせいで、
あたしはこんなにもボロボロになっている。
心菜の存在は繭子を苦しめる為に生まれてきたのか______)
否、精神が錯乱状態の繭子にはこうなってしまったのは
もう心菜、娘のせい。そうとしか思えなかった。
歯軋りをすると共に、眉間に強く皺がめり込む程に、娘を睨む。
こんな現実は認めたくない。
全て自分自身の理想通りに進んで行っていた人生が、壊れるなんて。
いつしか雨が降り出した。
小雨だった雨は止まずに、
更に強く降り出し大地を打ち付ける大雨に変わり始める。
冷たい雨の雨粒に濡れながらも、もう繭子には気力がなく全て奪われていた。
呆然とした時。
誰かの気配がした。
暗くなった前と、人影を見ると其処には人が居る。
凛としながらも憂いを帯びた顔立ちが心配そうに此方を見て、傘を差し出す。
………………椎野理香。彼女が其処にいた。
解っていた。
あの悪魔の女なら、逃げ出すだろうと。
だからJYUERU MORIMOTOの周辺を散策しに偵察に張り込んでいた。
(____あの人なら、自分自身の無事を優先する筈よ)
雨が降り出す。
そんな中で全てに打ちひしがれた、森本繭子が居た。
絶望感のオーラを醸し出しながら、佇む姿は正に悲劇のヒロイン面をしていた。
今まで自分自身の理想通りに進んで生きてきた女。
でもたまにはこんな味わった事の侮辱感のある味も良いだろう?
(_______良い気味だわ。
私が見たかった、貴女の表情)
本当は放っておきたい気持ちだった。
何故、憎き相手に手を差し伸べなければいけないのだろうか。
それは本心では嫌だ。
そのまま雨に打たれて、
その魔性の根性ごと、この冷たい雨に凍えて仕舞えば良い。
_____けれど。
理香には思惑があって、"この状態は理想だったのだ"。
理香は、繭子の前で良い人ぶる。
繭子の前に傘を差し出して、心配そうな面持ちを浮かべ
憂いを帯びた薄幸の眼差しで屈むと、淡く微笑みを浮かべ、繭子に言った。
「__________大丈夫ですか?」




