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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第6章・壊れ始める糧とそれぞれの思い
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第64話・母から受ける愛情、父親から受ける冷遇




『我々は被害者だ、怯む事はない』



冷徹な理事長という名の父は、そう言った。

芳久はその言葉に何にも感じずにとても無情な心情だ。

父の側に居る事は芳久にとってあまり好ましくなかったが、

自分自身の立場が高城英俊の息子であり、次期理事長という、

避けられない状況だったからが故に


下僕、忠犬という仮面を被り

理事長という父の側に就いて良い息子の振りをした。



芳久自身、無論父には良い感情を抱いていない。

仕事人間で仕事一筋。全てが計画通りに進めて生きてきた冷徹な人間。

亭主関白で本当の家庭は全く顧みず、自分自身の家庭よりも、

妻よりも愛人を宝の様に大事にして、妻子には全く視線なんて向けやしなかった。

当然、家にも帰ってこない。仕事と偽りながら愛人の元に殆ど居たのだ。


(それでも母さんは、奴の帰りを健気に待っていた)


無慈悲な思いとは裏腹に、母親は夫に尽くし支えていた。

兄には、高城の盛大な後継者としての期待をかけ、そうなる様に育て

弟の自分自身は"元から居なかった"除け者として、疎外されながら生きてきた。

英俊は次男坊である芳久と向き合った事も、視線を向けた事もない。



(………………僕は要らない子?)


父親が溺愛し、目をかけるのは兄・和久。

和久と芳久、二人の兄弟へのの態度は分け隔てしているというのは見るからにあからさまだった。


幼いながらも、

芳久は父親が好かれていない事は分かってくる。

兄とはあまりにも違う態度。自分自身に向けられるのは冷たい氷の様な言葉。

次第に芳久は自分自身は“要らない子供“なのだと思い始める様になった。


現にそれは事実だった。父親である英俊は

ただ後継者となる、兄・和久に全ての眼差しを注いでいた。

後継ぎ以外は目も暮れない。他はどうでも良いのだ。


それは和久と芳久の母親である優子も

芳久と同然、高城家では“除け者”扱いされていた。

子供は高城家の血筋を引いているけれど、妻は他人という無慈悲な高城家の考えのせいだ。



だが。

除け者にされているとは思わせない程に

母は気丈に振る舞っていて、和久にも芳久にも兄弟の壁等(など)

作らずに二人の兄弟を平等に別け隔てなく接していた。

母親が居なければ、兄とも仲良くなれなかった筈だ。



人間以下の扱いをされる、

父から冷たい冷遇を与えられる芳久に、

優子は芳久への気遣いやフォローを欠かさなかったのだ。


父親は見向きもしなかったが母親から注がれる愛情を注がれ

それだけがたった一つの救いだった。



母親の事は、忘れもしない。

無条件な温かな愛情も、優しい言葉も。

冷遇された分だけ、母親の愛情は子供心に身に染みた。


例え要らない子供だとしても、

母親の愛情を受け取る度に、“居ても良いのだ”と思いもした。




けれど。

知らなかった。

子供の前で気丈に振る舞っている代わりに、

誰にも知られずに母親が一人隠れて泣いていたこと。


偶然、

夜中に起き、居ない母を探しに行った時に、芳久は知った。

人目に付かない奥部屋で、声を殺し、すすり泣いていた優子の背中。


あれは何年経とうとも、芳久の脳裏に強く焼き付いたままだ。

そして、芳久は悟った。


きっと英俊に愛人が居て溺愛している事も知っている。

子供だから、大人の事情には踏み込めないが、母親の背中が瞳に焼き付いていく度に観諦という名の悟りが生まれた。


(僕と母さんの事は、どうでもいいんだ。

父さんにとって、後継ぎ(にいさん)だけ居れば十分なんだ)



許せなかった。

家庭を顧みずに愛人の元に居る父親が、

それに加えて自分自身の野心の為に計画通りに事を進めようとする冷徹な男が。

そして、何も知らずに居た自分自身が。



成長に従い、芳久が知ったのは高城家の冷たい無情だった。


父親が愛人を囲っていたこと、

高城の亭主は家庭を顧みないにも関わらず

ただ後継者として後継ぎである、息子を必ず産むこと。


母は全てを知りながら、それを悟られぬ様に

ただ気丈に振る舞っていたのか。


あの母親の寂しい泣いている姿を見た以降、

母親から注がれる愛情は嬉しく温かなものだったけれど

その母親の泣いている姿を見てから気を張って無理しているんじゃないか。

複雑な心情で母親を視る様になったのは、あの背中を見てからだ。



(冷遇を受けるのは、俺だけでいいのに。

何故、母さんまで冷遇して酷い扱いをするんだ_____)


母親を気遣う代わりに芳久は、

何時しか父親を哀れみ混じりの軽蔑の眼差しで見る様になり

父親の居る空間は、苦痛でしかないと感じ始めた。


早く愛人の所に行ってしまえ、とすら思った。

けれど高城家で一番の権力を持つ父には誰も逆らえない。

疎外感を感じながら生き、これが一生続いていくのだと思っていた日。



兄が死んだ。

兄が死んだ事で、後継者として自分自身の見る目が一瞬で変わった。

兄の代わりとして自分自身を後継者に仕立て、高城家を存続させようと。


兄の後を追う様に、母も(のち)に病死した。

病死と簡単に片付けられたけれど、きっと優子は高城家の心労のせいで寿命を縮めたのだろう。

芳久が考える事は、母は高城家に殺されたも同然だと思っている。






_________プランシャホテル、理事長。




JYUERU MORIMOTO程ではないが、

プランシャホテルの前にも少数に報道陣は姿を見せている。

窓を指先でコンコン、と叩きながら居る英俊に芳久は尋ねる。


「どうするおつもりですか」

「取り敢えず、この報道陣を退け無ければ営業は出来ない」


険しく面持ちながら冷徹に英俊は言う。

その表情には苛立ちも込められていて、目付きが険しく鋭くなっている。

芳久は平然とやや冷たい軽蔑の眼差しで父親という理事長に視線を向けてから


(_________何かしかねない)



そう感じていた。

自分自身の計画通りに歩いていたレールが脱線しかけている現実に腹が立っているのだろう。


秀俊は基本、邪魔者は排除する思考の人間だ。

その面ではあの女社長と変わらず、だいぶ精神年齢は似た者同士なのかもしれない。

案の定、双方共に馬は合っていたし、問題はなかった。




「芳久、手は打ってある。

私が綴った手記はさっき編集部に向けて、FAXを送った」

「そうですか」

「あとは、警察署にプランシャホテルの周りを警備を強化してもらう。

プランシャホテルの周りに居る報道陣を撤退さえすれば元通りに営業は出来るだろう」

「…………」



一瞬驚いたが、その瞬間に心は冷静になった。

元々高城家資産家であり財閥。ホテル業界では最高峰の立場にある。

加えてこの地元警察にはプランシャホテルの息がかかっている。

現警察署長と英俊は友人の仲だ。現にその一人娘だって

このプランシャホテルで式を挙げていた。


それならば

そんなの簡単に警察の圧力に負けて

マスコミ報道陣が負けてプランシャホテルは元通りになるであろうに。

父親の強引なやり方に呆れた眼差しで芳久は視線を向けた。



「営業は通常営業。朝、社員を集めて私から言葉を述べよう」

「……分かりました」




きっと、上辺の言葉を述べるつもりなのだろう。

ホールに集められた社員の前で、教壇に立った父親の姿は良く見えた。

浮かべられた偽りの微笑。計画通りに進めようとする社長の姿に周りは気付かない。


(皆、この男に騙されてる)


理事長と呼び慕うふりを見せつつ、

父親の姿を冷めた目で見ながら、芳久は静かに無慈悲な眼差しを送り、“忠実な後継者”のふりをした。



補足ですが (本編には書けないので)


繭子は求めるだけの人間。

秀俊は求めず、理想通り・計画通りに生きている人間、です。

(分かりにくいですが)

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