第62話・欲望者の崩壊、復讐者の決意
『只今入りました速報です。
JYUERU MORIMOTO社が自社の業績を改竄したとの疑惑が。
社長自ら行っていたという事ですが、これは本当なのでしょうか______?』
「ああ……」
その瞳が静かに闇色の渦を巻き、混乱が現れ始める。
瞳だけではなく、波乱の渦に飲み込まれた心が繭子から正常な判断力と思考能力を奪っていく。
「うわあああああああああああ______っっ!!」
繭子は頭を抱えながら、崩れ去る。
全ては隠していた筈だ。なのに一体何処から、バレたのだ。
悪魔の叫びが部屋に大きく木霊した。
蹲りながら苦悩し、耳を固く両手で塞いでは頭を擦り付けて叫んだ。
床には悪魔の濁った涙が、床にぽたぽたと流れ、床に染みを作る。
(なんでバレたのよ………!!)
自分自身しか知らない事が世間の公となったのか。
何故だ何故だ、と答えの無い自問自答を繰り返しながら、
心を乱して涙を流した。
_______プランシャホテル、理事長室。
(駄目だ。相変わらず、森本繭子との連絡が付かない)
英俊は肩を落とし項垂れながら
繭子と接触する事を諦めたが、苛立ちを隠せずにいた。
その面持ちも険しく、反面やや憔悴の顔色が伺える。
しかし一刻の事態の中で英俊が電話を切った後に流れたニュースの速報は
驚くべき内容のもので息子共々、唖然として言葉を失ってしまう。
JYUERU MORIMOTO社は裏でこんな事をしていたのか。
有りの儘 曝け出されるニュースの速報に、芳久は心中で思う。
(…………理香、いよいよ行動に移したのか)
動揺している英俊とは違い、芳久は酷く冷静沈着だった。
なんせ青年は彼女の復讐関係の協力者である。
理香が何か行動を起こす事を、知っていた。
プランシャホテルとJYUERU MORIMOTOの内情を知る人物は
いずれにしろ、現時点で椎野理香ただ一人しかいない。
『JYUERU MORIMOTOの不正を世間に流すわ。
まとめてあの人の不正もね。となれば、あの人は正気を失う。
華やかな世界でしか息の出来ない人だから……………』
いつか彼女はそう言っていた。
彼女はいずれ母親の情報を世間に流すと思っていたが、
よりによってこんな時に。
「すみません、外の状況を見てきます」
「…………済まないな。頼む」
JYUERU MORIMOTOには及ばない、否。及びたくもないが、
プランシャホテルにも既に、数人の報道陣が居据わり初めている。
理事長さえ出て来なければ社員には関係のない話だが、それも口実だった。
外の状況も把握するのも目的だが、裏手に隠れ芳久は直ちに理香へ連絡する。
…………電話はすぐに繋がった。
「……理香」
『どうしたの。こんな早朝に?』
落ち着いた、平然とした声。
そうだ。彼女にとっては何もない事だ。
寧ろ自分の目標を達成したに過ぎない。冷静な声音は何時も通りだった。
普段通りの声音に調子が狂わされそうになるが、芳久も負けていない。
「JYUERU MORIMOTOの件とあの人の件、リークしたんだね。やっと」
『そうよ。でも突然でごめんなさい。
でもね。プランシャホテルとJYUERU MORIMOTOの協同業績は
ピークを迎えたからこそ、今が一番のチャンスだと思ったの。それに…』
「………それに?」
芳久に対して、理香は平常心のままだ。
『芳久。貴方にだって知らなかった事があるでしょう?
あの女は提携会社のプランシャホテル裏切って乗り換えようとした。まるで浮気をする様に他と提携経営を結ぼうとしたのよ。
“提携会社を裏切り棄てて、他社に乗り換えた女”
“それは華やかなでスキャンダル一つのない女社長が巻き起こしたもの”
そんな滑稽で素敵な話は良いと思わない?
あの人は自分自身の欲望の為なら、平然と裏切りを働く人よ。
元からそんな冷酷な女だったの。私の生みの母親は』
「………………っ、どういう事?」
見えない電話の向こうの相手は、据わった声音に変わっている。
けれど薄々、理香が開き直った表情を浮かべているであろう事は理解出来る。
芳久自身の心はいつも通りに冷静沈着だった。
寧ろ、近頃はその復讐を仄めかす呟きをしていたので
本当は何時か何時かと思っていた程だ。
そんな青年に理香は諭す様に、まるで御伽噺を語りかける様に言ってみせる。
『そのままの意味よ。
プランシャホテルとの提携経営では自社の業績を上げれないから、
プランシャホテルを裏切って他の会社と提携経営を結ぼうとした。
他社に乗り換えて自社の業績を上げよう、そのつもりだった。
でもね。これから私はあの女の思惑通りになんて進めないわ。
絶対に妨害してやると思ったの。それが、"今"の結果』
「……………理香」
『……ニュースでも見たの?』
「そうだよ。マスコミの報道は熱を増してる。
JYUERU MORIMOTOの前には大勢の報道陣が殺到しているし、
プランシャホテルの前だってマスコミは集まりつつある」
『…………そう』
『………分かってるわ。私もニュースを見て驚いてる。
いざ公になると世間の熱は凄いわね。
プランシャホテルを巻き込んだのは悪いと思ってる。
でもプランシャホテルにもこの事実は知られておくべき内容だったの。
我が儘だけれど、それだけは理解して欲しい』
「…………分ってるよ」
理香は冷めた心情で告げた。
冷酷非道とも取れる内容だが、事実はありのまま告げるしかない。
『プランシャホテルも
JYUERU MORIMOTOの餌に過ぎなかった事を。
きっと、今から色々と暴かれ始めるでしょう。
あの人は他人を犠牲にしてでも、
自分自身の地位を上げようとする人間よ。
もう他の会社には犠牲になって欲しくないの。あの人の横暴さを打ち止めをするなら今しかなかった
…………プランシャホテルの為にも』
あの悪魔が全てを犠牲にしてしまうのなら、自分自身は悪魔の思惑を潰す。
理香の落ち着いた声音で語った決意に圧倒されながらも、芳久は理解を示した。
……………彼女は自分自身を潰してでも、悪魔を貶めようとしている。
その為には何だってするだろう。
そのやり方の種類は違えど、何処かで母娘なんだと思わされた。
「これからどうするつもり?」
『相変わらず、続けるわ。
芳久、やっと乗りかかった船に乗る事が出来たの。もう逃げられない。
私もあの女も。それにまだ私には持っている情報だって幾らでもある。
逃しはしないわ。最期。あの女が崩れ去る瞬間まで叩き潰すの。
その為には、私も手段を選びはしない。
自分自身に出来ることを全てやって、やり遂げて見せる。……それだけよ』
復讐者の決意は、岩の様に硬かった。




