第60話・復讐者に送られる絶賛の声
地方の大手ジュエリーブランド・auroraとの提携経営。
その代表と責任者に決まったのが椎野理香となれば、
周りは同然と思い、そして彼女に祝福の言葉を贈った。
「チーム長、凄いです。さすが〜」
「やりましたね。さすが我等がチーム長です。憧れます!!」
「……ありがとう。みんな」
JYUERU MORIMOTOの担当部署の人達からは、その言葉を贈られた。
だが、椎野理香はそれを自慢し、鼻にかける事はない。
当たり障りのない態度に皆は、好意的に見てしまう。
………彼女の目的等、知らずに。
他の部署、課長・部長クラスの人間からも
部下である椎野理香へ絶賛と祝福の言葉が並べられる。
最早、理香はJYUERU MORIMOTOにとって無くてはならない存在になっていた。
それは、プランシャホテルでもそうだ_______。
「椎野くん。向こうでだいぶ出世しているそうじゃないか」
「…………主任、そんな」
「なんか先を越された気分で寂しいよ。でも、此処には居てくれ」
「それは勿論です」
椎野理香が出世した噂は立っていた。
けれど。第二の提携経営の話はプランシャホテルには公になっていない。
単に話題になっているのは“椎野理香がただ出世している”という事実だけ。
しかし、悪魔の欲望がもし知られれば
大問題になり皆、驚愕するに違いない。
だが。
ただ周りが椎野理香を絶賛する中で、たった一人だけ喜べない人間が居た。
その人物は隅に居てひっそりと小さな祝福を贈っているだけ。
無条件の祝福の雰囲気と活気。
それはウェディング披露宴の祝福ムードにすら似ていると感じた。
きっと彼女は一目を惹き好まれている自覚はないだろう。
(誰一人、彼女の“目的”を知る人間はいない)
けれど素直にその祝福を贈れるのは
椎野理香の“陰謀”を知らない者が出来る行為だ。
彼女の本当の目的であり、陰謀を知っている青年は内心穏やかでは居られない。
(____上手く行けばいいけどな)
人生は、幾つもの挫折の落し穴がある。
自分自身は落し穴に落ちたと知らぬまま、道に進む人間だっている。
きっと賢い彼女は下手な真似をしない。きっとやり遂げるだろう。
けれど気付かぬ内にその落とし穴に落ちてしまうかも知れない。
遠くで小さく祝福を贈った青年は
そのまま気付かれない様に、一人、席を外した。
___________プランシャホテル、理事長室。
中央に座る理事長を、内心冷めた目で見ていた。
煌々と明かりが灯されている部屋の照明の光りは、眩しいを超越しているとさえ思える。
理事長、もとい高城英俊の片手に握られていた。
その紙切れを真剣な眼差しで見た後に、高らかに笑う。
英俊の手の中にあるのは、紙切れはある社員の履歴書。
___椎野理香の履歴書だ。
「確かお前の部署だったな。
椎野理香の出世は我が社にも大きな貢献をしている。
彼女の成長ぶりは誰もが想像出来ない程、想像以上に凄いものだ」
「………そうですね」
実父・英俊の言葉に、芳久は表向きにあしらった。
言葉の一つ一つから、理香すらもこの会社の道具になっていると深く感じる。
けれど周りが絶賛の声を彼女に多く上げている中で
芳久は微妙な理香の変化を気付いていた。
彼女は、確実に変わり始めている。
優しく穏やかに咲き誇っていた花が、突然にして鋭い棘を見せる逆鱗の華の様に。
昔の出会った頃の面影が消えつつあって、今ではまるで別人の様に思えた。
理香は確かに復讐者として、実母に復讐を誓っていた。
………分かっている筈だ。
復讐者となっていく度に彼女は遠い存在になっていく。
けれど。
絶賛されていく中で彼女は上辺では笑っては居るが、
その微笑みに混じる神妙な表情は一体、何を意味するのか。
彼女は例え周りが絶賛し、讃えられたとしても彼女は本心では喜んでいない気がする。
これから彼女の進む道は、どんな結末をあろうことか。
___________理香、自室。
(………もうすぐ。もうすぐよ)
あの悪魔が、堕ちる時が来るのは。
この膨大に集めた資料の証拠と、この今回の第二提携経営、契約書さえあれば。
十分にあの憎い女を地獄へ突き落とせる。
そんな事実に、理香は微笑を浮かべて、鏡に手を置く。
もうあの頃の面影もない復讐者は、ただ悪魔への憎悪に染まっていった。
次回から、新章スタート予定です。




