第4話・思惑(ー母の心情ー)
________どうして。
最初に浮かんだ思いは、それだった。
お腹を痛めて産んだ自分自身の娘。
お腹に居た頃は愛しいとさえ思っていたのに、
それが産んだ後、あの娘の顔を見た瞬間に
その思いは一瞬にして砕かれてしまった。
“アイツ”。
あたしの大嫌いなアイツに、生まれた娘はそっくりだった。
顔は細部まで勿論の事、その赤子が見せる表情や仕草。
あの娘を見る度に、憎しみが湧いてきた。
けれど成長すれば、顔も性格も変わってくるかも知れない。
そんな淡い期待を抱き願って、精一杯、母親なりにあの娘に接してきたつもりだった。
けれど、現実は上手くいかない。
娘は__心菜は、成長する度にアイツに似ていった。
愛らしい顔立ちも、優しくて器用でなんでもこなす性格も。
年を重ねるごとに綺麗になって今ではすっかり、アイツに生き写しのようになった。
「心菜ちゃん、また学年トップでしょう? 凄いわね」
「良い娘さんで、羨ましいわあ………」
自分自身の産んだ娘は
周りからは、"良い子"だと認識されているらしい。
容姿も性格も、礼節の整った優等な社長令嬢。
そういえば前に見た成績表では、全てオール5で
一つの汚点もなく良い評価ばかりだったか。
アイツの為にあたしの時間を割いていられない。
忙しいからと理由を付けて電話で済ます程度の
個人懇談でも担任教師から言われた言葉も高評価のみ。
優等生の社長令嬢としては認める。
彼女はあたしの娘であり、あたしを引き立たせる道具なのだから
良品に当たったと思えばと良いのだ。
けれど本来ならば、これが。
普通の親ならば、嬉しくも誇らしい事なんだろう。
普通の親ならば。
________でも。
割り切れない。
あたしにとって、娘の容姿、一つ一つ見せる仕草や行いがそれは余計に腹立たしく、恨めしげに映る。
何でも器用にこなし100を教えたとしても、1000として
それらを全て飲み込んでしまう。
嗚呼。
またひとつ、またひとつ、娘はアイツに似ていく。
羨ましい、という気持ちもあった。
日々老いていくあたしとは反対に、
心菜は年を重ねるにつれ綺麗になりアイツにそっくりになっていく。
老いていくのが怖い。あたしは、もう歳を取っていくばかりだ。
それに日々怯えているというのに、心菜は悠々と過ごしている。
そう思えば、不公平にも思えた。
“あの頃のあたしは”、立場の関係で何も出来無かったけれど
でもあの娘は、あたしよりも立場は下で弱い身だ。
だったら。
________虐めてしまえ。
心が、そう囁いた。
馬鹿げている。
最初はそんな気持ちはあったけれど、もう止められ無かった。
始まった腹いせは、もう後戻りは出来無かったのだ。
寧ろ、娘を虐めた腹いせは、悪者をやっつけたヒーローの様な清清しい気持ちすら覚えたのだ。
美味な毒薬に、嵌まった感覚。
その日から、あたしは心菜を"娘"としては、見なくなった。
自分自身の腹いせに、自分自身の人生に利用する"操り人形"に変わってしまったのだ。
それで、良い。
あの娘は、あたしの娘じゃない。
大嫌いな恨めしいアイツの、生まれ変わり。
あたしを苦しめる為に、生まれて来た人間だったのだから。
あの娘は、常に怯えて小さくなっている。
あの頃とは立場が違う。ならば自分自身の好きな様に
すればいい。そうすればあの娘よりもあたしの方が上になる。
母親ともなれば、相手が目上で逆らえない。
いいえ。この世に生み出し衣食住を保証して貰えるのだから逆らうなんて言語道断よ。
この娘は、あたしの操り人形。
あたしの思い描く人生計画に、好きに使えばいい。
苦しみながら生きなさい。
どうせあんたは、あたしを苦しめる為に生まれた
“憎いアイツ”の生まれ変わりなんでしょう。
だったら尚更許しはしない。
良い気味よ。
今度は、あたしが仕返しをする番なのよ……。
次回から、第2章がスタートします。
いよいよ、愛憎が爆発する…。