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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第5章・娘から悪魔へ送る白詰草の花
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第56話・実娘か、そうでないか


_____JYUERU MORIMOTO、社長室。





理香は鞄に入れて置いた

紙の束を取り出して、繭子へと差し出した。



「社長、これプランの計画書です」

「そうなの。じゃあ目を通して置くわね」


資料を受け取りながら、繭子はじっと理香の顔を凝視する。

端正に整い、憂いの雰囲気を佇ませた顔立ち。凛とした透明感があり落ち着いた清楚な雰囲気の美人だ。


彼女は何があっても取り乱す事は無い。

冷静沈着で平常心を保ち、常に落ち着いている。


(_____あの小娘とは、大違い)


心菜の顔立ちもそんな感じだった様な気がするけれど、

何せ繭子は娘である心菜の顔立ちなど、深く見た事がない。

だから心菜がどういう顔立ちだったのか分からないとしか言えないのだ。


(なんせ、“アイツ“とそっくりだったから、見る必要もなかったしね)


だが理香と心菜の容姿も性格も全くの正反対で、似ても似つかない。

心菜はいつもおどおどとしていて、弱々しく芯がない。

人の苛立ちをそそる様な小娘だった気がする。


(_______いつ見ても、思い出しても、腹が立つ)


常に弱々しく自分自身の顔色を伺い

怯えていただけに過ぎないだろう。心菜は何時も自分自身の意思に従う様に育ててきた。

________何でも言う事を聞く様な操り人形に。



そんな理香を見て、

繭子は心菜の顔立ちを思い浮かべていた。

だが(もや)がかかった様に実娘の顔立ちは思い出せない。


心菜の顔立ちも、そのものは端正に整っていた気がする。

事実、幼い頃より贔屓目無しで誰からも「可愛い娘様」と呼ばれていた。

だが憎悪の感情が勝っていたが故に

娘が可愛いと言われても、繭子は何とも思わず、

寧ろ、自身が否定されている気がしてならなかった。


何よりも心菜は、

繭子が憎しみを抱く"アイツ"に生き写しの様だったから、

自分自身の産んだ娘ながら、繭子には娘に対し憎悪しか思い浮かばなかった。

心菜の顔立ちは、脳裏で呼び起こすのは難しく、写真を見なければ思い出せない。


加えて12年前に、心菜は消えた。

その影響もあるのだろう。


…………心菜の事は、ぼんやりと覚えているくらいだ。


先日の電話がかかってくるまで、心菜の声すら完全に忘れていた。

だが、椎野理香の冷静な声音と心菜の声音は似ていない。

おどおどしてぽそぽそと話す心菜と、凛として芯のある落ち着いた声音の理香。

それは似ても似つかない。


ただ。

順一郎が熱弁を奮って細かく言っていた相手の容姿と

彼が咄嗟に撮影した写真の後ろ姿は、どう見ても理香そのもので驚かされた。


(…………けど、なんか腑に落ちないわね)



後ろ姿の雰囲気が似ている。

そんな些細な理由だけで疑うのは、可笑しな話だろうが

もしかしたら心菜かもしれないのかという疑念を、繭子は他人である理香に重ねていた。

理香と自分自身の雰囲気と似ているならば、

もしかしたら、理香は心菜なのかも知れない。


心菜を捜し求めている反面、繭子の心境は複雑だった。

母娘だと言うのに、明らかに心菜と繭子は顔立ちも雰囲気も全く違い似ていない。

それにあんな憎い小娘と一緒にされたら繭子の気高いプライドが傷付けられ、反吐出る程に気分が悪い。


(あんな、おどおどしていたアイツと、あたしを比べないで欲しいわ)


心菜ならば自分自身と

違うと言い切れるが、理香ならば辻褄が合いそうだ。

理香と似ているかもしれないと言うのは薄々、感じる。


理香も雰囲気からして孤高なタイプで誰も寄せ付けない。

自分自身の時間を大切にし、常に一人で居る事が多いこと。


それは、同じ様に感じる。

ただ自分自身の様に狙った獲物にへばりつくのに対して、彼女は無頓着だ。

何事にも一定の距離感を置いて、付かず離れずの距離感を保ち続けている。

否。寧ろ放っておけば尊い雰囲気を伏せ持つ彼女は、どんどん離れて行ってしまう。

だからそれを思うと、捕まえてへばり付くきたくなってしまう。


(貴女を物に出来る、鎖があればいいのに)


彼女を物して、操れたらどれだけ良いか。




けれど。


(……………そんな訳ないわよね)


繭子は我に返り、諦めた。

そんな訳ないだろう。雰囲気の似ている人間だっている。

それに考えただけですぐに感情的になる自分自身と、常に冷静沈着な彼女とは正反対だ。

すぐにその想像は掻き消すことにした。





(………気味が悪いわ)


熱く注がれる眼差しは、既に分かり切っていた。

まるで狙った獲物は逃さない様な執念の眼差しが見え見えだったからだ。

そんな繭子の執着心丸出しの視線に、程々に痺れを切らした理香は遠回しに尋ねた。



「……あの、私の顔に何か付いていますか?」

「いやなんでもないわよ。貴女、美人だからつい、見惚れただけよ」


自分自身の髪を弄びながら、理由を見つけてはぐらかす繭子だが

勘が鋭い理香は、繭子が自分自身が心菜かもしれないと怪しみ、探って凝視していたのかと思い始めた。

正体をバレたのかもしれないという事は何時でも高を括っていて一瞬、背筋が凍ったが


(………違う。相手はまだ疑っているだけよ。

気付かれてはいない。ならば普段通りにしていたらいいわ)


客観的に見て

相手は至って今まで通りで普通だ。

気付いていそうにないから、これは安心しても良いのだろう。




(……違うわよね。あたしったら何を血迷っていたのかしら。

椎野さんとあたしが雰囲気が似てるだけで、心菜かもって舞い上がって。

大体、椎野さんと心菜が似ている訳が無いじゃないの。


顔立ちだって似てないし、性格も違う。

あたしったら順一郎の言葉を鵜呑みにして、騙されたのね)


繭子は完全に悟り諦めた。

理香はカップに入れ滝ての熱のある紅茶を飲みつつ、

気付かぬ様に流し目で繭子を静かに見た後、視線をそのまま戻す。

繭子は、先程の自分自身が渡した資料をまじまじと真剣に見詰めている。


(……………貴女は、そのままで居て。

虚像と虚栄心に満ちた、自己満足な身の程知らずの、厚顔無恥な人間で)


悪魔は心菜を捜し出し手元に戻す事を計画している。

自分自身の思惑に嵌める為に。







『もう失踪してから、だいぶ経つでしょう。

高校生から大人になるにつれて顔立ちも大人になっているでしょうし。

顔立ちが成長し容姿だって変わっている可能性だってあります。

特に年頃の娘様はどんどん大人の容姿へと向かい子供の殻を脱いでいくのですから………』


あの実娘から電話がかかってきた後、興奮したあまりに

自分自身の息のかかったお気に入りの実娘の行方を依頼して任せている探偵へ電話して報告してしまった際に言われた言葉。

その時は腑に落ちず、ムッとしてしまったが内心、何処かで悟っていた。



確かにそうだろう。

実娘の子供の頃しか記憶にない。

()してや実娘の顔すらまともに見ず覚えていないのだ。

繭子は、彼女が大人になった姿は想像は出来ない。





家に帰り、ふとアルバムを手に取った。

無意識に、森本心菜はどういう顔立ちで、どんな娘だったのか。

自分自身が憎んでる人物に酷似している実娘の写真は、あまりに少ない。


憎い自分自身の相手の写真なんて、フィルムに納めたくない。

繭子は心底から心菜は身勝手に憎しみ、心菜の顔すら見たくなかった。

親は子供の成長を慈しみ愛し、楽しみに写真に納めるというが、繭子にはそんな親心等、存在しない。



だからなのか。

少ないアルバムの(ページ)は写真よりも白い余白の方が多い。

それは如実に繭子の心の闇を現していた。



たまに世間体を気にして見栄を張り、出かけに連れて行ってやった。

普段から滅多に家から出さないせいか、

少女は母親の顔色を伺いながらも子供らしく

無邪気な笑顔を見せながら、眼に映る物を楽しんでいたか。


その純粋無垢な、無邪気な姿すら、繭子は憎しみを抱いた。

まるで自分自身が憎しむ、“アイツ”を見ている様で____。


後は、入園式や入学式とかの学校行事などの写真だけ。

初めが肝心だと思い込み渋々に足を運んだ入学式だけ行った記憶。


心菜は仮にも社長令嬢だ。

世間体の為になんとしてでも、見栄の御飾りとして

幼稚舎から受験させ、都立の名門の有名私立女子学院に入れさせた。


(あたしの名誉と品格を落とさず、

相応しい人間として生きていたから傍に置いてやったのに)



黄色の帽子に紺色の制服を着た幼稚園児姿、

次期に学校の制服を着た幼き娘が

少ない写真に常に自分自身に隠れる様に控えめそうに写っている。



幸い、心菜は何でも言うことを聞いた。

小さい頃から自分自身に従わせてきたせいか、

何時も顔色を伺ってきた実娘は固い笑みを浮かべていた。

やがて年齢を重ねるにつれて、自然の様な微笑みの笑顔が其処にある。


何時だって、娘の容姿は変わらない。

小柄で幼い顔立ちで何処か固い表情をしていたあの頃。

心菜が浮かべる固い表情に文句を付けて、もっと子供らしい表情をと怒った時もあった。


繭子にとって、

実の娘である心菜は愛おしいという感情は全く無かった。

彼女はただ、世間体の為に産んだだけの実娘は道具でしか無くて、

成長を追うごとにあの自分自身の憎い人物に酷似してきた事に

気を尖らせて苛立ちを覚えさせてきた、憎い憎い娘。


母親として、

愛情を注いだ事も、手を焼いた事も、ない。


愛おしい、なんて微塵も感じない。

ただ自分自身の手元に置いて居たのは

自分自身の都合の良い様に動く操り人形であり、家政婦だから。

家の事をやってくれ、いずれは自分自身の思うピースに嵌めていく道具。


娘を思う度に心の内に、ひたすらに膨らんでいくだけの憎悪。

育ててやったにも関わらず、恩も知らず自分自身の計画を見事に潰した女。


繭子は、心菜を見る度に思うのは、『憎悪』という感情だけだ。



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