第51話・悪魔との計画理論争と、互いの攻防戦
企画プラン計画の打ち合わせの日。
睡眠を得て体力を付けようとも思ったが、そんな事より場を想像して
悪魔への受け答えを考えて居たら、眠気も訪れず思考が休まってくれず
普段なら長い筈の夜がら呆気無く明けてしまっていた。
紛れもない今日。
また一対一で話し合いをする機会が訪れる。
(………当たり障りなく、上手く行くと良いのだけれど)
少し重い足取りながら
理香はJYUERU MORIMOTOのビルの前にいた。
今日は此処での出勤日ではない。敢えて、好んで来たくもない場所だ。
だが全ては復讐の為に。
この頂点に立つ悪魔を探り、何時か潰す為に今、此処に居る。
理香にも”理香自身の思惑“が無ければ、縁切りした母親の事はどうでも良い。
「………………」
一息着いてから、
理香は覚悟を決めた面持ちで、社内へを入って行った。
「椎野様ですね。お話は社長から聞いております。少々お待ちください」
「お願いします」
よそよそしい態度の受付の女性に、そう言ってカウンターで待つ。
もうすぐ、もうすぐ、あの悪魔の女との話し合いがすぐ其処に実現する。
受付の女性が
無線の社内電話で社長である繭子に何か伝えた後、
理香は社長室までの道程を教えて貰い、
有難い事に地図を持ってからあの悪魔が待つ社長室へと向かう。
〈社長室〉と、
英語で刻まれた金色のプレートと地図を見て確認。
そして3回程、己の拳の先にて続けざまに軽いノックをした後
扉の向こうから悪い意味でもう聴き慣れてしまった悪魔の女の声。
「どちら様かしら?」
「……椎野理香です」
「あら、椎野さん。どうぞ、入って頂戴」
途端に悪魔の声音が変わったのを、理香は聞き逃さなかった。
媚びを売るような独特の声は相手を利用する為に使われるのだと、
理香は気付き思いながらも、静かにドアを開け
「……失礼します」
そう言って一礼する。
しかし理香の目にとあるものが映った。
悪魔の隣にあるこじんまりとしたテーブルには、灰皿と幾つもの吸殻があった。
(……………やっぱり、貴女は変わらない)
記憶が引き戻される。
同時に思い出した、繭子はヘビースモーカーだった事を。
毎日に何箱の煙草を吸い上げて、家は何時も煙草の臭いに包まれていたのを覚えている。
灰皿の掃除も、吸殻の処理も全て心菜がしていた。
しかし喘息を患っていた心菜にとっては、煙草の処理だけは何よりも辛いものだった事は覚えている。
何時もヤニ臭い、独特の香りが社長室には充満していた。
繭子は脚を組んで片手は頬杖を着きながら、理香を見る。
それはまるで獣が狙い目を定めたかのようにじっくりと、凝視する眼差しだ。
(……嗚呼、出で立ちは平凡で質素そのもの。
何処にでもいる様な凡人。
やっぱり気品があるわね。
清楚さを兼ね備えた謙虚な振る舞いは、充分、価値があるわ)
しかし、その控え目なそれが良い。
何処かの令嬢を思わせる、椎野理香の変わらないスタンスというものが。
「良いわ。どうぞ、其処に座って頂戴」
「はい。ありがとうございます」
繭子の熱い視線に、理香は気付き見透かしていた。
だが。痛いほどに感じて感じる程、自分自身の心が冷めていくのを実感する。
繭子は気付かない。理香の決意の走った眼を。
理香は対面式になる様に、繭子に向かう様に座って姿勢を整える。
視線が交じった瞬間に自然体になった様に見せかけて、柔く微笑む。
(__________さあ、どんな手が来るの?
でも、もう私は貴女の思惑には嵌らないわ。何処からでもどうぞ?)
常に冷静沈着で頭脳明晰な、理香には隙がない。
全て予想で動き、相手の調子や声音に合わせて対応する。
自分自身の自由を奪い絶望へ落とし込んだ女に、遠回しで追い込むつもりだ。
「これからはどういたしましょう。このままで良いのでしょうか」
「ええ。そうしてくれれば良いわね。それとこの在り来たりじゃ
顧客は飽きてしまうでしょう。もう少し期間を置いた後
新しいプランを増やして欲しいのよ」
「では、社長。
私、ちょうどこないだ考えたプランがあるんです。
これはどうでしょうか?」
これからの予定についての話し合いは着々と進んでいく。
理香も繭子も仕事の事だけを考えて話し合っていた矢先の事。
不意に繭子が、プラン計画の業績について話しを持ち出した。
プラン計画の業績、そのを持ち出す事で自分自身の欲する
椎野理香を引き込めるかもしれないと思ったのだ。
「今回のプラン計画だけど、順調ね。
ここ最近の業績も着実に上がって来てるのよ。
このプラン企画の業績はこのまま上がる事になると思うから。
………椎野さんに任せて良かったわ」
「…………そんな。私には勿体無いお言葉です。
ですが______社長、業績が上がると断定して宜しいのですか?」
「はい?」
その刹那。ぴしりと、何かに亀裂が入る。
理香の一言により、繭子の眼が一瞬にして吊り上がった。
気分を逆撫でしたのは知っている。それにこれは"理香の計画のうち"だ。
繭子のひび割れた仮面の形相に対して、
理香は顔色一つ変えない。
だってこれは、理香の“計算の一部”なのだから。
「貴女、もしかして業績が下がると言いたいの?」
「いえ。誤解させてしまう様な言い方をして申し訳ありません。
ただ一喜の調子のまま、進めては万が一という状況になった時に………と
と思ったまでです。今の上昇傾向にある業績で充分だと思います。
このまま上がっていく事を私も望んでおりますし、
このプラン企画を考えた社長の腕前が素晴らしいと感心していただけです。
ただ社長に対して誤解を招く様なお言葉を、無礼にも申してしまい、申し訳ございません」
「あら、そうなの。それだったらいいのよ。
それより貴女、褒めてくれるわね。嬉しいわ」
理香は機転を聞かせて、悪魔が黙る様に弁解する。
悪魔の態度やご機嫌取りならば、自分自身が一番知り慣れているからだ。
理香が弁解の言葉をを述べると、繭子の表情が一気に明るくなり、手を口許に持っていきおほほ、と上品な振りをして高笑いの様に笑う。
理香は表向き、微笑みつつも心の内で
(________単純な人。少しでも
褒め言葉の方向に持って行けば簡単に喜んで笑うのだから。
自分自分の地位を高く見積もって上げれば軽く付け上がるのね。
……………昔から変わらない)
繭子は、良い方に褒めれば、すぐに調子に乗ってくれる。
「はい。それに社長。
"もしも"の事があっても、私が何か致します」
「そうなの。だったら、尚更、心強いわね。貴女に任せて良かった。その思いに限るわ」
「…………いえ。とんでもありません」
表向きを繕って、相手を上げて見せた。
悪魔は良い調子に乗っている。このままでさえ居てくれれば。
そして自分自身は信頼の置ける人材の立場をキープして居座っていれば良い。
でも……。
(________全く気付いてないのね。貴女が、行く先は地獄よ?)
繭子に待っているのは、上昇ではない、降下。
目の前にいて笑う悪魔よ。もしもの時、お前は、堕ちていくのだ。
理香の懐には、私利私欲の欲望に溺れた悪魔を堕とすだけのものは用意してある。
心の中では、この企画プランの業績が下がってくれないかと思う。
そうすれば、元のプランシャホテルのウェディング課に戻れ
何よりもこの目の前にいる悪魔を追い詰め陥れる事が出来るのに。
「でも、残念だわ。
貴女が出社する日しかこのプラン計画は進まないから
本当ならばもっとこのプラン計画に打ち込んで欲しいんだけど」
「…………ですが、私はどちらの仕事も大切ですから」
理香は気付く。
悪魔の顔色やはり自分自身を、この会社に引き込みたいと。
繭子にとっては喉から手が出る程に椎野理香の人材が欲しいのだ。
けれどどんな手を使おうと、何故か理香の引き込みは、何故か寸前で止められてしまう。
繭子の媚びを打ち込んだ声音と眼差しを、さりげなく交わす理香。
昔を連想させる仕草にもいい加減に慣れてきたのが本心だ。
悪魔を堕としても、悪魔の思惑には嵌らない。
それが、理香のポリシーだ。




