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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第5章・娘から悪魔へ送る白詰草の花
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第50話・忌まわしい回想と、変わり行く悪魔への眼差し


もう、かれこれ何十年ぶりになるか。

あれはまだ、理香が心菜だった頃の遠い話だ。



当時、中学最後の年である中学3年生。

心菜は生徒会に所属していて生徒会の書記を務めていた。

受験生の年齢で心菜自身、生徒会に所属するではつもりでは無かったのが、担任の勧めがきっかけだった。


最初は、乗り気ではなかった。

だが。



もしかしたら、母親に振り向いて

貰えるのではないかという気持ちで始めたことだった。

まだ当時は母親の愛情や振り向いて欲しい、という気持ちに渇望していたからだ。


(…………お母さんに振り向いて貰えるかも、知れない)


その考えが、彼女の背中を押した。





学年の新聞作りや生徒会の宣伝のポスターの制作。

生徒会に所属してから森本心菜の、

教師等の評判はますます、良くなって行った。



しかしなんらかの理由で当時、三年生であり生徒会長だった

小野千尋(おの ちひろ)から「いじめ」を受けることになってしまったのだ。



いじめは、酷かった。

自分自身が制作したポスターは盗まれ、無かった事にされる。

けれど偶然心菜自身、自分自身が書いた切り刻まれたポスターを見てしまった事もあり

生徒会長である千尋がやった事だと気付いていたが

事実は言えなかった。



何故ならば、小野千尋は資産家の娘であり、有名企業の社長令嬢。

学校にも多大な寄付等の影響力を持つ彼女と彼女の家柄には

学校も何も言えない、太刀打ちする術もなくヘコヘコするばかりだった。


心菜自身も、社長令嬢の身だったが

繭子は仕事優先で娘にも見向きもせず、その立場は隠されていた。

他の生徒よりも“品格があり優雅な落ち着いた振る舞いを見せる人間”だとしか思われていなかったのだ。

実際、心菜は微塵にも母親に似ておらず、

性格も謙虚で大人しかった為に母親の名前を言わないと気付かれない。



母親が学校にも顔を出さないのも祟って当然、一般生徒だと思われている。

だが


『あんたが、

JYUERU MORIMOTOの社長令嬢なんて思わないで頂戴ね。

あたしにとってあんたは恥でしかないんだから、静かに生きなさいよ。

あたしのブランドを潰さないで頂戴。許さないわよ』


母親である繭子から、

自分自身が社長令嬢である事を明かす事は固く口止めされていたからだ。

だからそれを隠そうと何百人と居る平凡な生徒の1人でしかないと思われる様に

心菜も努力という名でひた隠してきた。


何処にでもいる、平凡な人間。

そう思われる様に、母の面子(メンツ)に傷を付けない様に。



それに自分自身が言い()らした所で信じて貰えない。

告げ口をしたらまた何かされるのではないかと不安で

そして何より母に『自分自身の娘がいじめを受けている』と知れば、理不尽に罵倒されるに違いない。

明るく優等生のレッテルだけで十分なのに

それも加えられてしまったら、悪魔は自分の道具の"悪評"が付けば元も子もない。


(わたしは、見捨てられてしまう)


何も言い出せずに日々を過ごし、いじめは酷さを増していく。

そしてとある日、どういうルーツで知ったのかは知らないけれど自分自身の素性が小野千尋にバレてしまった。


『あんた、あのJYUERU MORIMOTOの令嬢なんだって?

良い所のお嬢様じゃない? なのに、なんでそんな苦労した顔してんの? ムカつく』


『同情を受けたいから、狙って隠してるんでしょ? 嫌な子』



本当は笑いが止まらない。

悠悠自適の生活を送ってるんでしょ。なのにそんなに不幸面して!!』


『成績優秀、運動神経抜群ね。何、其処までして構って

自分を良く見せていたいの? 腹が立つわ。本当は何も出来ない癖に』



_______嫉妬だ。



身の上がバレてしまったのは、仕方がない。

けれど。母親までに危害が及んで仕舞えば、

母親の命の会社に、何より彼女の逆鱗が触れてしまう。


何も言えない。

何処にも相談する事の出来ない地獄の時期だった。

結局。何も繭子にも振り向いて貰えないまま、最悪の日々。

あの日々を過ごしていた頃、自分自身の心は弱っていただろう。






やはり理香が疑った人物の名前は、小野千尋で間違えなかった。



その相手が目の前にいる事、最初は驚いてしまったが

自分自身の姿形が変わっている以上、案の定、相手も気付いていなかった。

それは逆手に取って良い事だろう。理香はそう思い込む事にした。


(相手に気付いていない事が、幸いね)


それに怯んではいけない。逆手に取っていけるものなら。

相手が気付いていないのが盲点でもあり、理香も心の中で、

腸が煮え繰り返っていても、平然とした態度で相手に接すれば良い事だ。

…………そう思う事にした。


それにしても、相手が分からない、気付かないとなれば

こんなにも態度が他人行儀になるのか、と自分自身でも不思議な程に冷静に観察していて、母の感情とは違うものの

冷めた感情を昔の加害者を表には出さずに見ていた。


「椎野さん、優しくて美人だよね」

「うん。あたし、モデルさんかと思ったの!! 素敵だわー

あの容姿端麗さ、憧れちゃう……」


(貴女が酷く誉め千切っている人間が、森本心菜だったのよ)


自分自身が(かつ)ていじめていた相手とは知らずに

自分自身を称賛の評価しているものだから、理香は何処かで嘲笑いを笑えてしまう。


(私を、いじめていた相手だなんて気付かないでしょうね。

もしかしたら忘れているかも知れないけれど)


いじめている張本人は、いじめだとは思っていない。

反面、いじめられた張本人は幾つもの心の傷を負ってしまうというのに。


だが。人の心内は分からない。

小野千尋は幸い、椎野理香が、森本心菜だとは気付いていない。

しかし本当は知らないふりをして


気付いている可能性もあるから、と

学生時代に自分自身の書物が盗まれ破り棄てられた教訓があったからか、

念のために理香は強い警戒心持ち、物を盗まれぬ様にした。



作成中のプランは勿論、

完成済み計画書のプラン等のパソコンデータや

計画書は内緒でUSBメモリーにコピーして自分自身の(ふところ)に置いて保管して置く事が習慣付いていた。



だが。

企画チームのメンバーの中でも、自分自身の評価は上々だ。

悪魔の社長である繭子の自分へ対する態度も、考えたプランも良い。

“何事もなく終わって欲しい"という理香の心を現実が読んだ様に、

順調に物事が無事に進んで行った。




しかし、自分自身が憎い悪魔と恨みの様な感情を抱く虐め女が

居る会社には安心して過ごせる訳もなく、常に気を張り詰めている状態で気が休まる暇がなく、緊張感の緩和等あり得ない。


強いて言うならば、昼休みの昼食時

企画メンバーを見送った後、一人こっそりと抜け出して

人目に付かない場所に行き、細やかな昼食を食べつつ休憩を取る時間くらいだ。


エールウェディング課の存在がどれだけ有難かったのか

JYUERU MORIMOTOの仕事を任されて、改めて有難みに気付く。

JYUERU MORIMOTOでの仕事はやはり、自分自身の器には合っていない。つまらないと思うばかりだった。


(………でも、職務放棄では出来ないわね)


企画開発のリーダーで、

責任者である以上この場からは抜け出せない事は重々承知している。

だが身に染みて、JYUERU MORIMOTOの仕事を抜け出して

プランシャホテルに帰りたいと、一瞬だけ我を忘れていたいと

思った事もあった。




「椎野さん」

「……なんでしょうか。社長」



帰り際に、理香は繭子に呼び止められた。

今からプランシャホテルに帰宅し一息付れると思っていた矢先。

しかし一瞬にして掻き消して心の中は燃えていても、隠した。


きっと悪魔は、

自分自身の実娘から送られてる思いも眼差しも、相手は気付かない。

それはそれで都合は良いのだけれど。


「やっぱり、貴女の仕事ぶりは凄いわね。見込んだだけあるわ」

「……いえ。そんな。私はまだまだの人間ですよ」


悪魔に見込まれたくない。

そんなのは死んでもお断りだと思いながらも、


本当は自分自身の会社に

実娘とは知らずの自分自身を完全に取り込みたいだけな癖に。

そんな魂胆なんて見え透いて理解している。


「それで、これからなんだけど」

「…………」


食事に行かないか、と誘われる様な予感がした。

もう御免だ。そろそろ安堵の時間が欲しいと思っていた理香に

__________繭子は、媚びを売る様な眼差しと笑顔で言う。



「今度、出社した時に

これからのプラン計画について話し合いたいのよ」

「……はい。大丈夫ですが………」


控え目に理香がそう呟くと、繭子は満足げな表情を浮かべた。


「そうなの。良かったわ。

じゃあまた今度の時にじっくり話し合いましょうね」


そう言って繭子は去って行った。

そんな私利私欲の塊の悪魔を、冷めた眼差しで横目に見送った後

理香は、密かに口許を緩めて、静かに微笑する。



(……笑って過ごせるのも今のうちよ。

いつか嘆き悲しむ機会を、私が実現してあげる。

このままで居られるのもあとどれぐらいかしら、ね)



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