表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第5章・娘から悪魔へ送る白詰草の花
51/264

第48話・束の間のひと時に感じる違和感




電話を終えた後、

早足にとプランシャホテル・エールウェディング課に戻ると

電話が長引いてしまったのもあり、少し時間は経っている筈だが

芳久はまだ、残っていた。


「理香、お疲れ様」

「……お疲れ様。まだ残っていたの?」

「ちょっと理事長と話し込んでいてさ。報告書の作成もあったし」

「……そう」


こちらはこちらで、苦労していた。

あの理事長も大概の悪徳理事長だとは聞いている分、

親近感を感じてしまうのは否定出来ない。

彼も彼にしかし分からない多大な疎外感と苦労を経験している。


「あのさ、理香。晩御飯はまだだったっけ」

「……うん。まだ」


晩御飯は、まだ食べてない。

芳久は父親と長話をして終わった後だろうし、自分自身も派遣とは言え会社帰りだ。

すると芳久は立ち上がると、


「じゃあさ。何処かで食べて帰ろうよ。ね?」

「良いわ。分かった」


芳久の言葉によって、外食する事になった。

エールウェディング課の忘年会や飲み会は行く事はあったが、

同僚だけでというのは、理香の秘密がバレてしまい、

お礼も兼ねた口封じに外食に行ったか。


(…………もう、隠す必要もないのだけれども)


それだけで、少し肩の荷が降りた気がする。




序でに言えば、

理香は殆ど、外食等した事はない。

小さい頃は勿論、社会人になってから付き合いでの外食が初めてだった。


先日、悪魔との食事会は緊張感を抜けてはいけなかった___

という気持ちがあったせいか、外食でも外食らしく感じられず

せっかく美味しいと感じるであろう食事もそうは感じられなかった。


今日は、気が知れている同僚・友人だからだろうか。

今日はそんな事は無いであろう。そう思い

寧ろ、何処かで安堵を浮かべていた。






会社を後にした後、

会社より北にある場所のお洒落な西洋的なレストラン。

落ち着いた西洋風の内装や音楽が、心を落ち着かせてくれる。


どうやら芳久は

店主とは顔見知りらしく、親しげな様子で話し合っていた。


「また来たのかい。ヨシちゃん」

「飯島さん。もう俺、社会人になったんですから、そろそろ呼び方変えて下さいよ………」

「ごめんな。でも愛称は変えられねえな」


気立ての良い兄貴の様な優しい貫禄のある男性シェフ。

そんなシェフは、芳久の後ろに居る理香に眼を遣った。

芳久と同い年くらいの、とても素朴だが清楚で凛とした女性が立っている。


「お、美人さんだな。

もしかして………ヨシちゃんの彼女さんかい?」




芳久は固まる。

今まで一人で来る事が多く、連れを引き連れて来るのは初めてだったからだ。


(なんと言おうか……)


そんな芳久とは反対に

理香はシェフの発言に、少し首を傾けてから言った。


「いえ、私は高城さんの同僚です。

初めまして。私は椎野理香と申します」

「ああ、ヨシちゃん同僚さんだったのか〜。

こちらこそ初めまして。俺は此処の店主の飯島です」


男性シェフは、愛想よくにっこりと理香を出迎えてくれた。

初対面にも関わらず、すぐに打ち解けた様に見える。




けれどそんな中で

芳久は視線を落とし、複雑な気持ちの渦中に存在してしまった。

普通理香はすんなりと『高城さんの同僚』だと言っていた。

それは構わないし普通の事であろう。

でも……。


(……俺は、同僚か)


彼女がそう思って居るのなら構わない。

けれど自分自身はその程度の存在で、心の何処かで少し残念な気持ちになり落胆する。

でも今更打ち明ける事も出来ない。

否。今はまだその時じゃないのだろう。


いつか。

自分自身が彼女に抱く

この思いを伝えれば、彼女はどう思うだろうか。





「このお店はね、

小さい頃からよく家族で外食していた場所なんだ。

社会人になった今でもたまに来ててさ。慣れ親しんでいるお店だよ。

だから店長さんは俺の事を昔から知っていて、未だに子供扱いしてくるんだけれど………」

「………そう」




店主の飯島の計らいで、個室を用意して貰った。

このレストランの個室は防音装置も付いて居るので、遠慮なく話せる。

西洋風のレストランともあって、無論西洋風の料理があり、

それでなく味の深い日本料理もラインナップされていた。

気になり食べてみたいと思ったのを注文する。


飯島が作る料理はとても、豪快そのもので色々と振舞ってくれ

その味はとても家庭的で温かく、とても美味しかった。



「主任がさ、こないだ………」

「……それ知ってるわ。

飾っているドレスのサンプルに(ぶつか)って、

ひたすら謝り頭を下げていたんでしょう?

見たかったわ。どうだったの?」

「それがさ………焦って何回も頭を下げて、言われるまで気付かなかったんだよ」

「…………そう。主任らしいわ」


エールウェディング課主任は、

厳格に見えて抜けているところも多々ある。

自然と他愛のない会話を交えて、花が咲いていた。

暗い話等、入る隙間もない程に楽しい会話をして食事の時間は終わる。


(こんな外食、久しぶり)


外食が楽しいものだと、

料理がこんなにも美味しいものだと実感する。


こんなに楽しい食事をしたのは初めてだ。

食事の際にする会話は、とても楽しいものだと初めて、お互いに理香と芳久は知った。


そんな時。



(………っ)



理香の心の中でズキ、と違和感のようなものが走る。

痛い訳でもなんでもない。ただ、一瞬、体に何かが張り付いた様な感覚。

それはすぐに治ったが、これは一体なんだろうか。



固まった理香に気付いた芳久は、一声をかける。



「……理香? どうした?」

「……ううん。なんでもないわ。気にしないで」




食事が終わってから、ひとつ間を置いて一服していた時、

芳久から"本題"を投げてきた。



「……それで、今日はどうだった」

「……普通よ。普通に過ぎて行ったわ。

でも、やっぱり私には物足りない。

一日中宝石を眺めて勤めているよりも、ウェディングドレスを見て選んでいる方が良い。私はそういう人間なの。……だからね」

「……だから?」


理香は俯きながら、淡々と話していた。


理香の口調は何時でも一定で

感情的な面は全く見えない冷静な口調。

その内容を芳久は一つも逃さずに聞いていて、

ようやく理香は"あの話"を出した。


「私が参考程度に出したプラン、あの人は気に入ってくれたみたい。

商品化したいから企画チームを立ち上げて

その責任者になって新ブランドの発起人になってくれないかって」

「……え?」


芳久は、驚きを隠しきれない様子だった。

けれど。自分自身の父親も大概に強引で物事を成し遂げる人間。

理香の母親。あの森本繭子社長も同類で一緒みたいなものだから…………。



「……それで、理香はどうするのさ」

「はいって言ったわ。最初聞いた時は乗り気じゃなかったけれど、

この責任者の地位に着くことで、会社の内部も知れるでしょ。


社会見学みたいなもので充分に観察出来るし、知った上で業績がピークを迎えた時、"アレ"をバラす際も有力な材料になる。

だから、やるわ。今よりも何か秘密を知れるかも知れないし___」


(やっぱり、覚悟と器が違う)



その理香の眼には、意思の強さが滲んでいた。

その瞳と表情には、うっすらと復讐心が滲んでいる。

きっと、復讐者と成り果てた彼女は必ず、遣り遂げるだろう。


芳久は、そう思い知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ