第3話・願い(ー娘の心情ー)
心菜目線の語りです。
________欲しいものは、手に入らない。
今でもその思いが強く色濃く残り、影を落とす。
捨て切れない。諦めないと駄目なのに、何処かで期待していた。
愛されたい。
私が思うのは、ただ、それだけ。
たったひとつの、変わらない願いごと。
ただ、この思いが
少女にとって異常な事になったのは、あの日がきっかけだった。
母は、昔からそうだった。
私は、あの何時も張り詰めた厳しい顔しか見た事がない。
社長という仕事が忙しいのは幼いわたしも知っていて、大変そうだったからか
てっきり、仕事での疲れもあるんだろうと、単純に思っていたのに。
私は仕事での母を見た事が無く、好奇心から
ある日、気付かれないようにこっそりと跡を付けて会社まで行った。
其処で私は深く驚愕し、同時に知らなくていい事を知ってしまったのだ。
其処に居た母は、私の知らない人。
何処か晴れ晴れとしていて、表情はいつも何時も朗らかだ。
私には、見た事のない母の表情は、其処にあった。
私以外の誰かに、笑っている。
けれど“それを” 私には見せてくれなかった。
私が、誰よりも近くに居て母を知っているという思考が、崩れ落ちた瞬間だった。
一寸の淀みもない笑顔。
自分には向けられた事も、故に見た事もない表情。
母の取り巻きの人達は、皆知っているモノ。
それが、それだけが
私だけ知らない。どうして私は知らないんだろうと
疑問に思ったが、それは年を重ねていくにつれ成長していく心が気付かせ教えてくれた。
母は、私が嫌いだから________。
それから、私はがむしゃらに行動する様になった。
たとえ、一度だけでも良いから、あの笑っている表情を見る為に。
本当の事を言えばは、勉強も運動も得意じゃない。
けれど、努力して"一番"になれるように、絶対に気は抜かなかった。
仮にもわたしは社長令嬢でもある。
礼儀作法やマナー、世間からの評価も悪く見られない様に、先取って必死に飲み込んだ。
母の顔を潰さない様に。品格のある社長令嬢である為に。
そうしたら、母は何時か振り向いてくれる。
何時か好かれるはずだと思っていた。
次第に、周りからは良い子だと、噂されるようになった。
品行方正の優等生。教師からも、保護者の方々も。
____心菜ちゃんは、偉いわね。
_____森本は、優等生だな。先生も鼻が高いよ。
そう言って貰えるのは、素直に嬉しかった。
優等生。それは同時に、私が完璧に演じられている証拠だから。
____けれど。
褒めて貰いたいのは、違う。
本当に褒めて欲しかった人は______。
でも、何をしても母は振り向いてはくれなかった。
私の成績表すら、見てはくれない。
それ何処か、日に日に小言は増して、私を奈落ヘ落としていく。
愛されたい人からの、素っ気ない態度は辛かったけれど、それでも諦め切れなくて。
良い子で居れば、良いと思っていたのに。
母が私が嫌いな事は、知っている。
私に向けられている言葉が、異常で常識じゃないことも。
母に対して植え付けられた恐怖心が、強くなっていても。
わたしの感覚も尋常ではない。
けれど、それでも良いの。私も執着しているから。
その笑顔を見る為には、頑張らないと駄目なの。
何がなんでも。
その、努力を重ねて続けていたら、何時か。
“あの頃”の馬鹿なわたしは、愚屈にそれをずっと信じていた。