第43話・悪魔に罪の意識はない
かなり黒い話になります。
ご気分を悪くされた方、申し訳ありません。
接する時間が増えていくにつれて、
繭子の目当ては決まりかけていた。
しかし、これほどに非情で人情の心も悪魔に売り捌いた様な女には
他人が道具の様にしか見えていない、異性に惹かれるという感情も、
浮かぶどころか、全く愛情すら感じず、単なる道具感覚でしかなかった。
だが、順一郎の優しさは、何も変わらない。
性格も態度も全て何一つ変わらない。誰に対しても
薄情な繭子でもそれがひしひしと伝わって分かっていた。
このままで、それで良いと思っていた。これ以上は求めない。
自分自身にとって、目的はたった一つ。
繭子が欲しているのは、
相手ではなく、愛情でもなく、その“子供”なのだから。
良き友人として、上手く関わりを持ち、
彼は自分自身の些細な気遣いも変化も気付いては心配を見せてくれていた。
そんな順一郎の前では繭子はただ身分を隠し、"か弱き女"を演じていたのだ。
けれど。
順一郎にはそろそろ婚約者がいて、結婚間近らしい。
会社同士の未来の為の政略結婚で、順一郎自らが望んだモノではない。
ただ家の自分自身は後継ぎだから、家柄の掟に従い守らなければならない。
その為に妻となる相手と婚姻を結ぶのだと順一郎は言う。
きっと自然と離れていくだろう。
それはそれで良いと思っていた。何故なら。
そんな順一郎が婚姻をするや否や時期、その頃。
強情に欲深い繭子は父親候補にもう一人、目を付けていた。
「社長。この前に頼まれていた書類を作成してみました」
そう言って、自分に束になった書類を差し出してくる青年。
白石 健吾。まだJYUERU MORIMOTO社に
入社してきた新人社員であり新米社会人であった。
「完璧ね。感心するわ。ありがとう。OKよ」
「……ありがとうございます。社長にそう御言葉を頂けるなんて
嬉しいですが、僕はまだまだそう言われる人間じゃないです……」
「あら、相変わらず謙虚なのね」
彼の作成する今度の開発プランの資料の整理や会議の資料のまとめられたものは、全てにおいて完璧。
そう褒め称えれば、照れ臭そうに微笑って健吾は、後ろ髪を掻いた。
しかし心から褒めた訳じゃない。建前の道具として言っただけ。
………………本心じゃない。
けれど唯一。
彼は、繭子が一目置いている大事な部下で人材であり
"表向き" 社長と社員として薄眼に目をかけている数少ない人物だった。
ちょうど、秘書が辞職し不在の中であり健吾は秘書的な存在でもある。
健吾の働きっぷりは、とても優秀なものだった。
新米社会人とは思えないテキパキとした完璧な仕事ぶりは驚かせられるばかり。
自分自身より優れている人材に最初こそは不安と嫉妬心を抱いたものだが、
彼は自分自身よりも階級も年齢も下。
自分自身が社長としての頂点にいる限り、全ては下に置かれる。
そう都合の良い様に自ら解釈し、開き直って自分を納得させれば
すぐに不安は消え嫉妬心は治った。
だが。健吾の才能は繭子にとって、素晴らしいもの。
資料を頼めば数時間後には出来上がって、自分自身の元に届けてくれる。
それは良い意味で素晴らしい人材。繭子にとっては便利な道具。
彼は爽やかながらも、まだ少年らしい心が残るの持ち主で
長身痩躯で、柔らかい顔立ちと瞳が印象的な青年。
繭子にとって弟の様な存在だった。
次第に世話を焼く様な、付き合いの交流も増えて行った。
彼はまるで本当の秘書の様になり、そして繭子の指名によって
健吾は本当に繭子の秘書となって、繭子の傍に居るようになったのだ。
それには繭子の思惑があった。
何故なら何時しか彼も、繭子にとって“子供の父親候補”になっていたからだ。
順一郎の存在もあったが
視野の狭い一人だけよりも、他にも目星は幾つかに視点を凝らして、
最終的に自分自身が気に入ったのを、選んでしまえば良い話だ。
それに。順一郎と自然な距離が出来てしまった今。
圧倒的に健吾と居る時間の方が多い。時間ならある、だからこそ。
繭子は、健吾を吟味に観察するようになった。
だが。そんなある日。
しばらく音沙汰の無かった順一郎から呼び出された。
そして告げられた言葉は。
「実は、君の事、出会った時から好きだったんだ。
こんな俺だけれど、付き合ってくれないか」
「………え?」
繭子は固まった。
何故ならもう順一郎は婚姻を済ませており、既婚者となっていたからだ。
会社の後を継いで順風満帆な生活を送っていると聞いていた矢先のこと。
だからこそ、既婚者と付き合うなど不倫になってしまうだろうに。
「……分かってる。こんな形で告白するのも。
けれど、君に対する気持ちは変わらない。だから………」
伏せ目がちで沈んだ表情を浮かべる繭子の表情を察して
順一郎は控えめにそう言った。繭子はただただ、固まっていたが、
告げられた後で色々と思考回路を廻らせて、ある結論に辿り着いた。
距離は出来てしまったが、諦めた訳じゃない。
順一郎も、いずれ生まれるであろう子供の父親候補と狙っていた。
寧ろ、これは再び舞い降りてきたチャンスではないか。
そう考えた繭子に迷いはなく、すぐに良い返事を返した。
そして告白から数日後のこと。
なんと今度は健吾から呼び出され、告げられたのだ。
________全く同じ様な言葉を。
「実は、貴女のこと好きなんです。
だから僕と、付き合ってくれませんか? ______恋人として」
驚くと共に、何処かで高笑いをしていた。
まさか、こんなにも自分自身の元にチャンスは降ってくるなんて。
彼もまた順一郎と同じ恋い焦がれた、決心の目をしていた。
繭子にとって、それは健吾から
意外な言葉だったが、絶好のチャンスだと思う繭子に断わる理由も見当たらない。
健吾の告白にも、OKを出してそのまま付き合う事になった。
繭子の感覚は、完全に麻痺していた。
自分自身の欲望の為ならば、どんな方法だとしても厭わない。
…………例え間違った、相手を傷付けてしまうことであったとしても。
二つの恋愛。
二股の行為の生活がこの日から始まったのだ。
愛情も罪の意識は全くない。ただ自分自身の計画が上手く行けば良いと
悪魔は一途に思っていた。




