第41話・会いたくない。忘れたい者との再会
今回から番外編の新章となります。繭子sideです。
着信というコールがけたたましく鳴る。
社長室にそれが鳴った瞬間に背筋に走る寒気と、鳥肌を感じた。
最近は、電話が鳴る度に震えている自分自身がいる。
電話の番号が"その人間"あれば無視しながら、電話が鳴り止むのを待ち
"その人間"でなければ、安堵して社長としての品格を保ち続ける事が出来るのだ。
“あの日”に、身元が確認されてしまった以上、連絡が始まった。
しかしあまり繭子には関わりたくない相手だ。
それが____繭子にとっては煩わしく
また、若干の後ろめたさを感じていたからだ。
あの日に縁を切った相手。なるべく取りたくない、電話の相手に感じてしまうが、
けれど、“相手が相手故”に無視を続ける訳には行かない。
身元が確認された以上は相手にしたくなくとも相手もしなければならない事を知っている。
だが悪女と呼ばれた自分自身が、唯一、恐れる相手。
電話の相手が、恐れている相手の番号だった。
恐る恐る、受話器を取って返事を返す。
「はい?」
『繭子か______? 良かった、連絡繋がって』
落ち着いた年相応の、低い嗄れた声。
あの頃と変わらない様で何処か変わった声と落ち着きが増した様に感じる。
渋々と言った形で、この電話を取ったのはまだ数回程だが、そんな昔には感じない。
否。寧ろ、繋がりたくもない、電話なんて取りたくなかった。
あの日に縁は断ち切った筈なのに、今更と思ったが、
仕方ないと思い込む。
彼は、繭子にとって執拗に切った筈の縁の復縁を求めて来だした。
それはつい最近の事だ。
「なに、何か用でもあるの」
『素っ気なく言うなよ。やっと居場所を見つけたんだから。
暫く繋がらなかったけど、居留守でも使っていたのか?』
「居留守? 正気なの?あたしは忙しいのよ。
こんな電話を取っている暇なんてあたしにはないの。今だって仕事が山済みなのよ」
「待てよ」
嫌だと言わんばかりに、舌打ちを噛ます。
しつこい。
居留守を使っているなんて、
もう相手にはとっくに見透かされていた。
その見透かされている態度も、繭子にとって酷く腹が立ってしまう。
こんなに奴が、ベタベタとへばり着く程の執念深さだった奴までは、知っていなかった。
『それは分かってるさ。でも、お前はやりそうだろ。
久しぶりに話がしたいんだ。なあ、何処かで会おう。近くの喫茶店で良いから』
「……分かったわよ‼︎ そうすれば気が済むのなら、会うわ」
半分、自棄だった。
こうなれば、こんなしぶとい人間の気が済まないのだろう。
自分自身は縁を切ったと感じて思っているが、相手はそうではない事は分かる。
これは自分自身でも分かってる。全ては一方的に繭子から縁を断ち切ってしまったのだから。
某、喫茶店。
奴と知り合った、此処はあまり寄りたくない場所だった。
しかし相手が指定した場所は変えれる訳でも、ドタキャン出来る訳でもない。
もし、後者を選んでしまえば電話が鳴り止む事はないだろうと悟って、喫茶店へ入った。
スナック風のレトロ感に溢れる店内にはシックな音響が流れる場所。
客は全く居なかった。
店内を包む様に流れる音響以外は静寂に包まれていて、マスターが静かに
ただ黙々と透明なグラスを拭いているだけで、グラス以外に視線も向かずにいた。
早く来すぎたか、と思ったが、奥の対面式テーブルに既に奴は居た。
此方に軽く手を振って繭子はゆっくりと足を運んで、対面に椅子に腰掛ける。
さっきまで黙々とグラスだけを拭いていたマスターは冷たいお冷を運んで来て
ごゆっくりと言っただけで、何事もなかった様にまたカウンターに戻っていく。
「久しぶり。26年ぶりだな」
「そうね」
そうあしらってようやく繭子は、奴___相手を見た。
当然だが、あの頃よりも歳を重ねているが、童顔なのかだいぶ若く見える。
昔とあまり変わらないと思う方が違和感が全く無いままだった。
相手は、誰よりも、知っている。
名前は小野 順一郎。当時は資産家と不動産王の御曹司だった。
今は歳を重ねて御曹司から、実家の不動産を継ぎ、社長になっている。
_________つまり、
目の前の相手は、26年前の繭子の恋人だったのだ。
順一郎は、繭子より2歳年上。
当時、順一郎は既婚者で、彼の妻は彼の子供を身籠っていたという。
つまりそれは、どう見ても"不倫"でしかなかった。
けれど、逆手に繭子はそれを狙ったのである。
その不倫相手同士が、今、26年ぶりに再会したのだ。
順一郎は望んだ形で、反対に繭子は望まない形で。
「26年ぶりが、どうしたの。単なる26年でしょ」
腕を組んで、素っ気なく繭子は言った。
繭子にとってもう興味のない、どうでも良い事だ。早く終わって欲しい。
そんな繭子とは反対に、順太郎は深く微笑しながら、喜ぶ様に
「やっと捜したんだぞ。やっとだ。だから、今、こうやって_____」
「悪いけれど、
そういう恩着せがましさは要らないわよ。煩わしい。
そんなことを語る為に呼び出したの? あんな、電話をかけたの?」
あれは、囮か。
しかし、何事も冷酷非道に計算尽くで生きている繭子にとって
この順一郎に対してはあまり強く出れない本心もあり、淡々と接するだけ。
ある後ろめたさを隠す為に、精一杯、それが繭子に出来る事だった。
「ふん。
相変わらず、お前はそんな調子だな。折角の再会なのに」
「あたしは望んでない事よ。今更、接点を着けてどうしたいの」
「良いか。俺は被害者だ。俺はお前に本気だった。なのに、
あの日、お前は突然、別れを切り出したっきり、消えたよな」
図星を突かれて、何も言えなくなる。
そうだろう。誰が見ても自分は加害者で、相手は被害者だ。
計算尽くの計画がパズルのピースの様に嵌った瞬間に、自分自身から相手との縁を切った。
「……そうよね。それは謝るわ。けれどもう。関わりたくはないの」
"計算尽くの計画"が終わった今、もう関わりを持つ気は無い。
後ろめたさを感じたくない為に、相手を巻き込ませない為に。
もう終わった事だ。
「悪いけど、先に失礼するわ。これから予定があるのよ。じゃあ」
そう言って、鞄を持ち、去ろうとした瞬間。
順一郎は、いよいよ切り札を出した。
「待てよ。まだ話は終わってない。
順太郎は、深い声音で言う。
「_________あの子供は、どうした」
繭子は立ち止まった。
背中から冷や汗が出てくるのを無視しながらも、
その言葉の意味は、分かり切っていた。
順太郎と繭子の間に、授かった子供。
それが、繭子が憎しみ、邪気にしてきた、実の娘・森本心菜だ。
2019.07.30
順一郎の表記が、順太郎になっておりました。
長らく気付かぬまま訂正もせずに居たことは、私のミスです。
読者の皆様に誤解を招き混乱させてしまう形となり
誠に申し訳ございません。
現在は訂正しております。