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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第4章・復讐の思い
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第40話・復讐者と諦観者




「分かっただろう_______? あの時、俺が言っていた意味が」

「………そう、」


芳久の耳打ちに、言葉が浮かばなかった。

どういう反応をすれば良いのか。どうすれば良かったのか。

理香は青年の事実とその素性を未だ、夢の様な感覚で見詰めていた。


しかし。

カサ、という掠れた音で我に返った。

左手には何かを置かれた感覚がして、視線を落とす。


“後でロビーのバーで、全てを話す”


走り書きされつつも達筆な文字。

ねえ、と問いかけ顔を上げた刹那、もう青年の姿はなかった。

皆が帰った会議室では理香が、ぽつんと残されている。


(…………………本当に掴めない人)




プランシャホテルのあまり目に着かない、

四角の一角にある、静寂なバー。

夜遅いという事もあって、誰一人と其処には客は居なかった。

芳久はちゃんと自分自身の素性を理香に淡々と話して、

理香はただそれを聞いていた。



「良いのに…………。無理に語らなくても」

「だって卑怯だろう? 理香は全て語ったのに、俺は語らないって」


(全て、話すよ)


そういう声音から、良い話ではないと分かっていた。


案の定。全てが全て、意外そのものだ。

高城芳久は、高城秀俊の跡取り息子で、次期理事長。

不慮の事故で死んだ兄の代わりにその跡目を継ぐ為、悲惨な話を聞いた時、

理香はなんとも言えない親近感と、

何処か青年の生い立ちや生成された性格が分かった気がした。


穏和で気さくな優しい態度は、それを隠す為。

本当は次なる責任とプレッシャーに押し潰されそうになっていただろう。

理事長の息子で、跡取りという事も微塵も

感じさせなかったのは、血の滲む様な青年の努力の賜物だろう。

そして思惑に嵌めようとする父親の前では、言いなりの良いお人形を演じてきた。

理不尽の末に。彼は、抗う事もせずに………。


どれ程に、辛かっただろう?

どれ程に、孤独に苛まれて、果てには利用されてきたのだろう。


「結局。俺は、全てを諦めたんだよ」

「…………諦めた?」


芳久は己の手のひらを見詰めて、自棄的な表情で言った。

その姿は庇護欲を(くすぐ)られる様に感じる程に儚く尊いと映る。


彼は求める事は止めた。

期待も、希望を抱く事も。だからこそ、犠牲を選んだ。


「言いなりになるのは理不尽だと思った。

抜け出せるのなら、抜け出そうとも。


でもさ。

言いなりになって贔屓していたら、安全は約束されるだろう?

だから自分自身を諦めた代わりに、安全を貰うことにしたんだ」

「……そうだったの」


子供は、親も環境も選べない。ただ大人に振り回されるしかない。

自立出来ない身は、ただその枠に居るしか術が与えられる事もなく。

毒という名の引力で、所有物の如く操られるしかないのだ。


自分自身は、一刻も早く抜け出したかった。

あの悪魔に抗い離れたくて、一刻も我先にと高校を卒業した次の日に家を飛び出した。


自分自身の名前も、素性も全て捨てて、生きている。

けれど、彼は何もかも正反対だ。

自分自身とは違う新鮮味。

彼の諦観仕切った思考回路は、幼い頃から自らが悟り植付けられたもので今更、変えやしないし、他人がとやかく言うことではないのだ。


人間の思想は個々のモノであり、思考回路はそれぞれのもの。

それを縛り付けて強要し、束縛するなどしてはならないと思う。

けれど、その諦観の中でも、たったひとつだけ。


「……一つだけ、聞いても良い?」

「なに」


理香は伏せ目がちに尋ねて、芳久は少し首を傾ける。

聞きたいことはひとつだけだ。口出しするつもりもない。


「"自由になりたい"とは、思わないの?」

「……………」


理香は、真っ直ぐな眼差しで、真面目な面持ちで青年を見詰めている。

真剣だった。せめて自由になりたいとは思わなかったのか。

そう見つけて、選んで生きたいとは思わなかったのか。そう思った。


芳久は、眼を丸くして呆然としたが

やがて自嘲にも似た微笑を浮かべてから静かに口を開く。


「……………自由か。そうなれたら、どれ程、楽だろうね。

でも、俺にはもうそんな思考は回らなかったんだよ。


最初から潰されていたんだよ。

グズだと疎外されて、兄さんが死んだら

跡を継ぐ者が居ないからって、都合良く後継ぎにされてさ。

流石に怒りもあったけれど


でも、ただ

言いなりにさえなっていれば楽で安泰だと思った。

巧みに操られてそれが、例え奴の思惑だとしても、

逆らえば何するか分からないしさ。


けれど俺に自由は与えられない。

父親が死んでも、このホテルグループに縛られるだろう。

自由って言えばそうなるけれど、本当の自由は、来世しかない」


「………………………」


「けれどさ。

俺が継いだら好き勝手する。良い具合に__________。

このプランシャホテルを、ね」


「………………………」


(ある意味、プランシャホテルにいる事で、復讐している?)


理香はそう思った。

疎外感を味わい、空気の様に扱った父親に対し、

今は自分自身の存在感を示し、高城家に、プランシャホテルに

安泰を約束させている。



妙に親近感が湧いた気がした。

彼もまた親に苦しめられて生きてきた一人なのだ。

子供は親の言う通りの道具されることもある。理不尽な理由で、操られては。

そう思った瞬間に理香の中で、何かが渦を巻き始めた。


だからこそ、これから行う復讐を彼を巻き込みたくはない。

やはり、これは自分自身で果たす事だ。



「……………潰すの? このホテルを…………」

「そういう事かも知れない。けどさ。俺は何をするか分からない。

場合によれば自分自身の手だって汚す事もするだろう。

俺だってしまうのでは親への憎しみの気持ちはあるんだ。

理香にも負けないくらいにさ。だから、未来予想図での良いアイデアを潜めているんだ」

「……そう」


上には、上がいる。

そう思った。初めて、自分自身と同じ境遇の人間にあった。

彼はきっと、この会社を潰してしまうだろう。


そうすればあの悪魔との

提携経営も、悪魔との接点は完全に亡くなってしまうだろう。きっと。

理香の中で生まれたのは、あの女への劣情と、今に居る味方。



「芳久」

「…………………」


(………理香か?)


目の前には、見慣れた同僚がいる。その筈だ。

けれどその内に秘められた狂気に、芳久は言葉を失うしかない。



「私は、良いチャンスを貰ったわ。

あの女への接点が着ける事が出来たんだもの。この会社で提携経営を結んでくれたんだもの。

これはプランシャホテルからの贈り(プレゼント)でしょう?

それには感謝する。接点が着いたというのなら、


私は徹底的にやるわ。奴を潰してみせる。

かつて、奴が私にした仕打ちを何倍にもして返す。ねえ。

計画は出来てるの。理事長が居なくなって貴方が理事長になるまでに、私は“私の復讐”を終わらせるわ。


じゃないと、私は、この思いを果さなれければ、

私は、私で居る事が出来ないの______」


芳久は背筋が凍る様な感覚を覚える。

その微笑には、明らかな憎しみの憎悪が走って居たからだ。


それはまるで、復讐を誓った人間の人格と雰囲気が

彼女には備わっていたからせいか、今までの彼女とは違った様に見えた。



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