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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第4章・復讐の思い
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第37話・それぞれの身辺2




最近の青年は、何処かでむしゃらなところを感じる。

何時もではないのだが、普段は穏和で朗らかな、

温かみのある雰囲気の青年なのだが、


時折にして、あの理事長だけに向ける視線や眼差しをする。

あの悟った様な雰囲気や面持ち、冷たい声音に感じるのだ。

最近は何時に無くあの表情を見て浮かべている事が増えた。


今の佇まいもそうだった。

何処か悟った様な面持ちを浮かべながら、遥か彼方を見詰めていた。


彼が意味有げな面持ちを浮かべる。

その時は、特にプランシャホテル理事長に関連する事だ。

理事長にやはり必ず、対して特別な悟り切った冷たい眼差しを向けていると気付いた。

理事長が関連しない時でも、その表情を浮かべている事が多いのだ。




「……大丈夫? 芳久、最近少し張り詰めた顔してる」


理香は心配そうに、そう呟く。

持ち上げて、触れない辺りで止まった手。


だがその手は空中で止められたまま、動く事はないだろう。

理香と芳久には、頭一つ分くらいの身長差がある。

しかし、理香の手は青年の首辺りで止まっていた。



そのまま触れようと思えば触れられるだろう。


けれど、

その華奢で整った白い手も指先も、きっと触れる事はない。

彼女自身、自分自身の手はもう穢れていると思っているからだ。

自分自身は無自覚にあの悪魔に加担していた。という概念を思わせるからだ。


理香のその手は止まったままで、

ただ相手を心配そうに相手を見遣うだけ。

まるで幼い仔犬を見る様なそんな面持ちで視線を向けて来る彼女に、芳久は視線を反らした。




(______やっぱり、見透かされた)



気付かれたくないのに。

平常心を保ったままの自分自身で居たいのに。

けれどあの理香が儚げな瞳で心配げな眼差しを向けるものだから

言われた通りに自分自身はそんな顔をしているんだろう。


最近は"あの計画"が進む様ばかりに話していたばかりだった。

やはり高城に関わっている者には関わっている以上、

気にせずには入れない。


(誰かに見透かされたという事は、ふりを出来なかった証拠だ)


ポーカーフェイスは自分自身の特意義。

けれど仕事に視線を向けている中でも、事が事だけに

表の顔が時折に平常心の面持ちが崩れて来ているのかもしれない。




けれど、彼女は特異な人物だと気付いた。


(理香は、他の人とは違う)


彼女は人の顔色に関しては鋭いばかりだった。

些細な事でもすぐに気付いて、伺って心配する。

それが微かな変化だとでも。



ポーカーフェイスによって簡単に周りを欺く芳久だが、

何故か、たった一人。何故か椎野理香だけには通用しない。


顔色を伺いながら育った環境故にだろうと思うが、

より深い理由はまだ解らない。けれどそれだけ、

彼女は優しいのだろう、それだけは解る。


「平気だって。大仕事が終わったから、こんな顔なんだよ。ね?」

「…………そう?」


微笑んで何時も通りにそう返したが、

理香は相変わらず、手を止めたまま不思議そうな顔色をしている。


窓の夜景を見詰めている青年の真の表情は、伺えない。

ただその寂しそうな背中が印象強く残り、何処か儚げで

消えてしまいそうだ。



理香自身、芳久の事はあまり知らない。

けれど、最近はあの穏やかな面持ちを見ないのは明白だ。



疲れているのだろう。

けれど、その原因は何なのだろうか。


「あ…………芳久。

こないだの森本社長とのアドバイスは、ありがとう」

「…………そんなこと全然良いよ。で、どうだった?大丈夫だったの?」

「ええ。向こうは、なんとか取り込もうとしていたみたいだけれど角のないように断ったわ。良い様に納得してくれたみたい」

「それは良かった」



刹那。またもや暫しの沈黙が、流れ始めた。



あまり理香自身、

コミュニケーションには積極的ではなく、用件が終われば口籠ってしまう。

話題と言っても仕事人間、最近は復讐しか目に行っていないので話題はあまり振る事は出来ない。

それ自体は、理香も自覚している。


相変わらず、遠い目で窓から伺える、

鮮やかな夜景を見詰めながら、ふと芳久は呟く。




「ねえ、理香」

「………なに?」

「理香はさ、どうして此処の会社を選んだの?」

「………え」


そう問う声は、冷たく素っ気がない。

何時も穏和な青年はこの会社に対する事があれば、

普段の姿から考えられない程のこんなにも口調は冷たくなる。



(_____それは何故だろう?)


理香は青年の顔色を伺いつつ、

憂いの眼差しをしていた理香は目を伏せて話始めた。


「たまたま、資格を取ってから進められたのがきっかけよ。

私は早く独り立ちしたかったから、焦ってたのもあるけれど……。

たまたま知人に紹介されたホテルが、此処のホテルだったの。


でも、私はこの会社は好きよ。

温かみがあって、誰もが優しいじゃない」


何気無い。純粋無垢な感想。

その言葉にピシャリ、と芳久の心中で何かが崩れる。

同時に浮かんだのは。あの男が言った言葉。


『腹を括れ。もうすぐ、お前には役割を果たして貰う』


自分自身の果たす役割。操られた人形(マリオネット)

拒み続けたとしても時は来る。もうすぐ自分自身も、この会社の社員も操られる。

優しい温かみの会社______彼女の言葉に、それは否定したくなった。


此処は、高城家の一族が、

身勝手なあの男が作り上げたただの、操られたお城。

温かみも優しさも、この世界には偽りとしか存在しない良い材料。

彼女もいずれ、否、既に良い様に操られ出すのだ。

そんなの……。そんなものは………。


(プランシャホテルは、理事長が描いたこのホテルは砂の城だ)



その刹那。慎ましやかにとドアをノックする音が聞こえた。

その音と共に入って来たのは、


会いたくない。顔も合わせたくない奴。

表向きの温かな理事長としての微笑みを浮かべた奴は、手を軽く持ち上げ


「お疲れ様。担当者の君達」

「理事長。お疲れ様です」

「今日は取引先のご令嬢との結婚式と披露宴だったからね。

ご令嬢もご両親も、親族様も大変喜んでいたよ。

君達責任者を任せて良かったよ」

「それは光栄です」

「ありがとうございます。ですがまだ私には、勿体ないお言葉です」


芳久はあっさりと告げ頭を下げる。

理香も頭を下げながら、理香は、低姿勢で謙虚に言葉を言った。

理事長の微笑みは変わらない。そんな中で、ちらりと横目に青年へ視線を移す。

やはり表情は変わらない。固く冷めた面持ちで理事長を見ている。


「それと、高城君。君は後で理事長室に来るように。

今後の事で君には話があるのでね」

「はい。伺います」


芳久は軽く頭を下げて、そう答える。

そしてまた夜景の方へと視線を向けた。変わらない様で何かある。

現に理事長の召集を告げられてから、物憂げな眼差しに変わっている。


理香は少し躊躇ったが、その躊躇を覚える質問を、口にした。



「……芳久」

「ん?」

「何かあるの……?」

「何って何が?」

「私の気のせいかも知れないけれど。

芳久、この会社の事に対してはあっさりしてるわよね。

理事長にしてもそう見えるの………私の気のせいだと

思うけれど、何か関係あるの?」


躊躇混じりの彼女の言葉。

彼女はただ素直に疑問を感じて、聞いているだけだ。

けれど芳久は浮かべた微笑が、作り固めた仮面が剥がれそうになった。





___________その瞬間。



ダン、と何かが壁に当たる音。

理香は何事かと思ったが、自分自身が壁に追い詰められている事に気付いた。

自分自身を追い詰めて、目の前にいるのは、紛れもなくあの青年だった。

けれど疑いたくなる程に、目の前にいる奴は別人のように思える。


冷たい灰色の、威圧感のある据わった目。

端正に整った顔立ちはあまりにも怜悧で逆鱗の様だ。

理香は悟る。


(…………不味い。相手の事情を土足で踏み込んでしまった)


そして何時になく、聞いた事もない冷たい声が降ってきた。



逃げられなかった。

逃げれたのかも知れないが、逃げれらない何かがあって______。


芳久の限界、勘忍袋の緒は切れてしまった。

口出しされたくない。というよりも彼女を巻き込ませたくない。

彼女には見透かされているとは予想していたが、

こんなにも彼女に勘付き始めていたとは。


理香を壁に追い詰めたまま、芳久は告げた。



「_________それが、なに?

俺がこの会社と、理事長と関係があったらどうだって言うのさ。

理香。理香が思うこの会社の観念は否定しないし、

それで良いんじゃないか。


けど。言っておくよ。これは忠告だ。


この会社も理事長も、

君のお母さんと同じくらいのグルでどす黒いよ。気をつけな」


少し怖い面持ちと声音で、芳久は告げる。

“母”というワードと青年の見ない面持ちに、理香は少し見据えた。

(しばし)し睨みあった後、

理香は壁に着けられた彼の手を払って


「…………そうなの。ごめんなさい。

土足で踏む様な真似して。でも言っておくわ。

私だってどす黒いものには、かなり慣れ切っているの。

今までそれだけを見て生きてきた。それに私だって悪魔よ?

さあ、理事長さんが呼んでるんでしょう?」


私に構わず行って、と。


さらっと、理香は言ってみせる。

この会社がグルだと言うのなら自分自身だって、悪魔の娘だ。

芳久も意外な顔をしたが、開き直った様な微笑みを浮かべてから



「悪魔? 君が?」


悪魔________というより純粋な天使を思わせる。

その清楚で控えめな容姿も、真っ直ぐな性格も、姿勢や態度は

悪魔へ連想させる事は出来ない。


けれども、彼女は言う。


「そうよ。あの人は人間じゃない。

いいえ。人間の振りをした面の悪魔よ。

あの人が悪魔だと言うのなら………私も同じ。

この復讐は悪魔の母だからこそ、娘である私が出来る事だと思っているの。


あの人を潰すわ。

悪魔を潰すならば、私も悪魔と同等に成らなければならないのだから」


いつにない、浮かぶ意味有りげな深い微笑。

芳久は思う。彼女はやはりただ者ではないと。

昔から勘付き始めていたけれど、彼女には計り知れないミステリアスは面があると。


(やっぱり、彼女には彼女自身の裏の顔があるんだ。

それが母親の復讐心と共に育って、現われてきた)


芳久は、微笑した。

そして、



「へえ………君も

俺がやっぱり思った通りの人間なんだ。でもいいや。

いつか知る事になる。俺を探るとロクな目には合わないって事をね」


でもこれは、忠告だよ、と青年は告げる。

しかし理香はそれに動じず 理香自身も、深い微笑を浮かべた。


その微笑みは、お互い似た者同士だ。

理香も芳久も負けてはいない。ただの甘ったるい者ではない。

逆に芳久は意外だった。理香が見せた怯まない態度と微笑みに。


そして理香は、初めて芳久の本性を知って、

何か秘密があると感じたのは言うまでもない。


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