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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第4章・復讐の思い
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第35話・知らない母と、知っている娘




『________これは、私の個人番号です。何時でもどうぞ?』

『まあ、ありがとう』


念のためにと、携帯番号の紙切れを渡した。

それに喜んでいる夫人に、理香は微笑みを浮かべる裏で、

また心内の中でひっそりと憎悪が生まれる。



温かな微笑の裏で

心では冷ややかな眼差しを向け、ほくそ笑む。


("ありがとう"なんて、言った事もない癖に。

今更言っても遅いのに、そんな礼を言うのかしら?)


それは単に自分自身を

他人と思っているからに過ぎないからだろう。

他人には掛けても、自分自身の娘には一生かけることのない言葉。


あれだけ欲していた言葉が、他人になった今に現れるのは

何処か不思議で何処か憎らしく、理香の中での憎悪がどんどん膨らんでいくばかりだ。


あの頃、心菜であれば『ありがとう』という

言葉をかけられていればきっと喜びに満ちていただろうが、

今になってはそれが憎悪となって繭子への感情がただただ疎ましい気持ちになっていく。



椎野理香は、心菜が生み出した偽りの人格。

だが操り人形から自由の鳥となった今は、歯止めを外して

その悪魔への憎悪心が留めもなく静かに増速していく。

心の中で理香は妖しい微笑を浮かべて、いつもこう思うのだ。


________哀れな女、と。

目の前に居るお気に入りの人間が、自分自身が産み出した娘だとも知らずに。

自分自身の私利私欲に支配され自分自身には非常に忠実なのに、

自分自身の私利私欲を邪魔する他人に対しては

手段を選ばず不幸の沼へ落とす。


理香自身も今は

過去に呪縛された事を怒りにして、復讐の原動力として生きている。


自分自身は高貴で常に満たされていると勘違いしているが、

私利私欲の欲望に溺れ、その偽りにすがっている様は

あまりにも哀れだ。


でも、まあいいだろう。

心の中ではこの悪魔を哀れだと思っていても、

幸いこの悪魔は気に入ってくれている。


このまま気に入られているままで居られるのなら、

その方が無様にならずこの悪魔へ復讐を遂げられるだろう。

人畜無害が椎野理香を演じて、どんどん自分自身に溺れて欲しい。

きっとその方が、断然上手く行くのだから……。





指定されたのは、JYUERU MORIMOTOに近いカフェ。

落ち着いたシックな雰囲気の、読書するなら居心地の良い店内。

その奥の席へと進み隅の席に座ると、携帯端末を確認する。


着信はないままだ。

だが、


(もう、15分遅れているわね)


理香は繭子から呼び出されていた。

話の内容は言わなかったけれど、例によっては例の、“あの案件”の事だろう。



森本繭子からは、少し遅れてしまうから先に行って欲しいと。

しかし時間にルーズなところは昔から微塵も変わらない。

理香自身は相手に悪いと、予定時間よりも早めに来てしまう癖があるが、繭子は時間にルーズ過ぎる。

予定時間よりもプラス30分になっても、悪魔は姿を現す気配はない。




にしても理香自身も予定が無い。

元々無趣味なせいか、早く来て休養でもと思っていたのだが、

これだけ相手が姿を現さず、手持ちぶさたになるのは予想外だった。

それに相手が相手故に、なんだか落ち着かない。


無趣味の中で、

唯一の趣味とも言える、読書の本でも持って来れば良かったか。

だが休日以外、本を持ち歩かないせいで生憎、今日は本は持っていなかった。


目を閉じて流れる音楽に耳を傾けつつ

落ち着いた雰囲気のお店ではゆったりと読書に集中出来るだろう。






何も注文していないのに、出てきたお冷。

店に入った時、『もう一人来るので』と言っていたせいか

ウエイターが運んできたお冷は二つ。それが対面式に並べられている。



「何か注文がありましたら、どうぞ」

「ありがとうございます」


そう軽くあしらって、ウエイターは去って行った。

心情は複雑だが、理香の中である程度の予想と予測は着いていた。



あの悪魔の事だ。

きっと自分自身の理想に嵌らなかった事に腹を立てているに違いない。

だから、こんな話し合いを持ち出したに過ぎないだろう。


けれど、理香でも不思議な程に腹は据わっていた。

あの食事会の記憶が経験になり、練習になって慣れてくれているのだろうか。

ふとそんな事を思い浮かべながら


これからやってくるであろう悪魔への攻防の準備を

心の中で整理していた時、不意に青年の言葉が浮かんだ。


『相手の波長と本心を刺激したら駄目だ。それは気を付けて。

俺が見た限り、あの社長は食ってかかると思うよ。

社長の怒りが上手く納得出来る様に仕向けないと………』


芳久はとても賢くて知能犯だ。

洞察力が高く相手の心情を見なくても、

それはまるで本人かのように、本人であろう心情を察知する。

だから、彼には酷く驚かされては此方がとても勉強させられるのだ。


(…………芳久の言う通りになるわよね、きっと)


この話し合いを芳久に持ち出した時、彼は心の底から心配してくれた。

芳久も人の感情論に鋭く洞察力に長けている。

自分自身よりもそれに長けているのは一目瞭然だった。

確かにそうだ。あの感情の制御を知らない悪魔なら、逆上するに違いないだろう。

お気に入りの人間が、自分自身の思い通りに行かなかったのだから。



俯き加減の視線で、脚元を見詰めた時

聴き慣れたハイヒールの靴音が、聞こえてきた。

忘れたい記憶とは反対に、長年の感覚は今も残っている。

この音は皮肉にも自分自身に馴染んでいるのだ。


______そこには、全てをばっちりと決めた森本繭子が居た。



ふと視線と向けた時、悪魔と目が絡む。

その瞬間。何時もと、様子が違うのは見ただけで分かってしまった。

あの頃、自分自身に向けていた何時も張り詰めた様な怒った眼差しだったからだ。


今回の事で怒っているのは承知だが

何故だ。もしかしたら、自分自身の素性がバレたか。

そんな不安が余儀ったが、そのまま平常心と保ちつつ少し微笑む。

どっちにしろ、これから進む話は良い話ではない。

心の準備は出来ている。


「悪いわね。待たせたでしょう」

「……いえ、私も今来たところですから」


理香と向き合う様に、対面式に繭子は座った。

威圧的な雰囲気は見るだけで分かる。けれどあの頃とは違い怯えはしない。

もう自分自身は、森本繭子という悪魔の操り人形ではないのだから。

悪魔に抗う準備も覚悟も出来ている。自分自身の身をを守る盾だって持っている。

弱味も何もない。



カラン、とアイスティーの氷が静かに音を立てる。

それに視線を落とした時、繭子はようやく本題を乗り出した。



「で。提携経営の件だけれど、

あたしはJYUERU MORIMOTOへ移籍と言った筈よ。

何故、プランシャホテルとの兼任を選んだのかしら」


繭子の面持ちと声音はきつく感じられた。

当たり前だろうと思いながら、理香は低姿勢で告げる。


「…………それは、すみません。

お望み通りの返事をお返し出来ずに。ですが

森本社長が高城理事長からお聞ききした通りです。


私は今の仕事も会社も好きです」

「そう。じゃあ、あたしの会社には行きたくないの?」



(あたしの希望と考えに逆らうと言うの。

こんなチャンスありやしないのに………贅沢な娘ね)


繭子は、眉間に縦皺を入れて言った。何故、逆らうのだろう。

その形相と食ってかかられる事は予想していたからこそ、

理香は冷静沈着に答えを返す。


「……いいえ。

そんな事ではありません。純粋に今が好きだったんです。

やっと社会人として働いている。

こんな私が起こした行いに対して喜んで下さる方々、

認めてくれる人がいて。そんな意味では、私にとってとても思い入れがあるんです」

「そういうの視野が狭いわよ。

貴女、プランシャホテルでしか生きていないでしょ。

貴女の狭い世界観より、広い世界観を持ったあたしの会社の方が良いかもしれないじゃない」


その刹那。頭に来た。

まるでまたあの頃の様に戻され、自分自身を否定されたみたいで。

やっぱり悪魔は悪魔のままだ。何にも変わっていない。


(此処で理性を外して感情的になっては駄目。

それにこんな人相手に感情的になる方が見苦しいわ)


加えてこの悪魔、

さらりとプランシャホテルも否定している。


「確かにそう思われると思います。私にとって今で充分でした。


でも、

そんな時に森本社長からこんな有難いお誘いを頂いた。

それはとても光栄な事です。


けれど思い入れのある

プランシャホテルから私は離れるつもりはありません。

移籍の件のお話を頂いただけで、私にとって有難く

とても光栄な事ではないんです。


これからは兼任社員として森本社長に、

JYUERU MORIMOTOに協力していきたい。その気持ちも変わりません。


少しでも、お力添えできれば、と思っています。

森本社長のお言葉を否定する気持ちは微塵もありません。

この話はただの私自身の我が儘な都合で欲張りですが、

私はそう思うまでです。


私は精一杯頑張っていく所存です。ですから、

兼任社員として、どうかよろしくお願い致します」


そう言って軽く頭を下げた。

なるべく相手を刺激しない様に言葉を選んだつもりだ。


言葉自体は強めだが、

まるで子守唄を歌い諭す様な言葉に誠意のある姿勢。

自分自身の意思を曲げない物腰低い理香の姿勢に、繭子は折れた。


話をちゃんと聞くまでは

JYUERU MORIMOTOの入社を蹴った、生意気な小娘と思っていたが

実はこんなにも仕事に誠実で、自分自身の事も認めてくれている。



「もう良いわ。頭を上げなさい。貴女の気持ちは分かったから。

直接話して良かったわ。では椎野さん。貴女は兼任社員としましょ。

じゃあこれからもよろしくね。椎野さん」

「はい。勝手を申してすみません。よろしくお願いします」


(______誰が協力なんて、するものか)



あんたに待っているのは、地獄と絶望だと理香は内心思う。

表向きは穏やかに接しつつも、心の中では冷たい眼差しを

向けながら、憎悪と共にそう思っていた。


(_________貴女のお縄になんて、かからないんだから………)





『はい』

「ああ、あたしよ」


繭子は、社長椅子に座り、

己の巻き髪を指先でくるくると回しながら持て遊びながら言った。


「調べて欲しい人が居るのよ。名前は、椎野理香。

その人を洗いざらい徹底的に調べて結果をあたしに頂戴」




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