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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第4章・復讐の思い
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第31話・終わりなき偽り、歪んだもの




西洋風の納骨堂。

此処に来るのは、だいぶ久しぶりになってしまった事を少し悔いる。

本当ならばもっと訪れる回数を増やしたいのだが、社会人となった今、時間がないのだ。


英国のスペルの刻まれた墓。

寄り添う様に並んでいるグレーの墓をただ芳久は見詰めている。


“Yu ̄ko Takashlro”.

“Kazuhiro Takashlro”.


墓に刻まれた名前を視線をおきながら、静かに花束を置く。

そして黙祷の意を込めて手を合わせ故人を思い祈った。


「母さん。お久しぶりです」


今日は、芳久の実母・優子の命日だった。

芳久は実母や実兄の月命日には、必ず此処に訪れている。

昔は毎日の様に来ていたが、社会人となりウェディングプランナーとして働いている今では時間がなく

月命日に来られたら十分、といったところだった。


「俺は元気です。父さんは………相変わらずだけれど」


(実際に話が出来たら、良いんだけどな)


そう思ったが、そんな風に思った自分自身に嘲笑った。

『死人に口なし』とある様に返事は返ってこない。



あの優しかった母も兄ももうこの世には居ない。

既に故人であり、今は此処で静かに眠っている。

二人が連れ立つ様に去ってから、もう数十年経つというのに

未だに心の何処かで佇む、実母と実兄の恋しさや懐かしさは微塵も変わらない。



(母さんに迷惑ばかりかけてしまって、ごめんなさい。

これからも大人として頑張っていくので、見ててくれると幸いです)


母の前に(ひざまづ)いて、芳久は心内で語りかける。

この高城家の束縛から解放されたのなら、安らかで居てくれるだろうか。

高城家の縛りから解放された以上、そうであって欲しいのだが。


芳久は、傍らにある実兄の墓にも視線を向ける。


(_____心配は要らないよ。兄さんの責任は俺が果たすから)


自分自身が精進しあの理事長の元にいるから、

だから苦しんだ分、せめて安らかに眠っていて欲しい。


それが、唯一の青年の願いだった。





_______プランシャホテル、理事長室。


部屋の全く明かりも着けずに、

芳久はソファーに座り込みで、タブレット端末を操作していた。

理事長でしか扱えないタブレット端末には、理事長しか閲覧出来ない内容ばかりがある。


画面に映し出された業績グラフは、

先月・先々月よりも飛んで大幅に伸びていた。

それは『PURANNSYA JYUERU』という提携経営のブランドを立ち上げたからに過ぎない。


ある意味、芳久の予想は当たっていた。

あのグラフは真っ赤な嘘だと。


本当のところ、事実を述べればこの不景気もあって

プランシャホテルの業績は低迷の一途を辿っている。

どう足掻いたって業績は上がらないのだ。


会議等で示される公表のグラフは

少し、理事長自身が捏造して出しているのだろうと

芳久は密かに考え、本当の業績グラフを下がっていると予想して探っていた。


(相変わらず捏造という自己満足で、自分自身の腹を満たしているのか)


どす黒い、闇色の思惑と野望。

いつだって野心家で高城家、プランシャホテルの為ならば

手段を選ばない英俊らしい___芳久は捏造されたグラフを見詰めながら納得する。



やや冷めた眼差しで頬杖を付きつつ、グラフを見詰めていたが

集中していたあまりにノック音が、耳に届いていなかったのだろう。

突然にして付いた部屋の明かりに驚いて、少しだけ身体が硬直した。



はっとして不味いと思ったが相手を見て、安心する。

何時も通りに平常心を保ち、相手に視線を向けた。


「……やっぱり、此処にいたのか」

「……そうです。駄目でしたか?」


そう薄い微笑を浮かべつつ、素っ気なく答える。

彼の視線の先、未だにスーツ姿の理事長・高城英俊が立っていた。


「なんで此処に居るんだ」

「次期理事長として、会社の業績を見て学んでおきたいと思ったまでです」

「そうか、それなら構わん」


息子の一言に、英俊は満足そうだった。

高城家の唯一の後継ぎ、プランシャホテルの理事長になる身の自覚が感じられたからだ。

プランシャホテル理事長に成る者のみ、このタブレット端末は閲覧可能だ。


だが。

“次期理事長として”そんな言葉は、真っ赤な嘘。

心にもない事を言葉を並べポーカーフェイスを見せるのは、

もう芳久にとって特意義だ。


会社の業績グラフを伺える

タブレット端末は、プランシャホテル理事長室にしかない。

息子であり後継ぎという立場を良い事に実父である英俊には、

次期理事長としての入室が許されているので

その立場を使って、芳久はこっそりプランシャホテルを調べていた。


「それなら良いが。

ああ、それとお前。たまには家に帰ってこい」


威圧的な言い方と眼差しを向けながら、英俊は芳久に告げた。


(……………今まで、次男(おれ)の事は険悪な態度で見ていたのに)



そう心の中で舌打ちする。


実質、社会人になってからたまにしか帰っていない。

否、帰りたくはないのが本心だ。もう肉親も誰一人も居ないあの高城家には。

何せあの用は無い家に居ても、窮屈なだけだ。


それに自分自身はもう自立している。


「……でも、気を遣って遠慮するでしょう。美菜さんが」

「………………」

「要らない気遣い遠慮だけはして欲しくないんですよ」


見え見えの遠慮と疎外されるの辛さは、一番自分自身が知っている。

今更になって父親に相手にして欲しくない。

それが今の芳久の思いだった。


英俊は、芳久の実母である優子が亡くなった後、

それを待っていたかのように長年、傍に置いて居た愛人である美菜と再婚した。



苦労して母が守ってきた高城家に、

今では苦労一つのうのうとせず家には後妻が居座っている。



先妻には亭主関白で常に冷たい態度をしてきたというのに

再婚してから英俊は美菜のご機嫌を取る様になり

定時に帰宅する様に英俊は家に帰る様になった。


昔は妻に苦労をかけ

昔は家庭すら顧みずに後継者に(こだわ)っていた男が

そんな過去を忘れ、悠々自適に過ごしている事を、

芳久は良く思ってはいない。


(貴方は、いつだって自分勝手だ)


手のひらを返したような、振る舞いが芳久には腹立たしかった。

今では廃棟とされた旧プランシャホテルの一室で身を潜める様に

暮らしているが、実家で暮らせと実父は言う。

後継ぎがいない家は、具合は悪いと世間体を気にしているようだ。



最初は父親の言う通り、週何度か数時間、

実家に帰っていた。___と言っても、奥の部屋にある実母と実兄の仏壇に手を合わせる事が最大の目的で

後はそつなく後妻の美菜や英俊に顔見せだけで終わる。


それを続けて居たが

時が経つにつれて、もう帰る頻度は少なくなった。

まるで無念の死を遂げて行った実母や実兄を思うと、

英俊の事が許せなくなくなり、軽蔑の眼差しでしか見れなくなったからだ。



着かず離れずの関係でいれば良い。

芳久は近年、そんなスタイルを貫き続けていた。


だが、こういう時だけ父親顔をするのはやめてほしい。

否。幼い頃から疎外感に晒され続け、自分自身を蔑んできた男を

芳久にはもう目の前の彼が父親としては思っては居ないのだから。


(………今はあの人の事しか見えていないけれど、覚えているだろうか)



きっと忘れているけれども

芳久は一応、尋ね伺ってみた。



「そう言えば、“母さん”の墓参りには行きました?」



ぴたり、と英俊の手が止まる。

そして、すぐに罰が悪そうな表情(かお)をして黙り込んだ。

図星を突かれた男の表情を、青年は見逃さず内心冷めた眼差しで嘲笑しながら見詰めている。


(行っていないに決まってる)


懸命に尽くしてきた妻の事など、もう気にならない。

何より妻よりも愛人に尽くしてきた人間なのだから。


「お前は行ったのか」

「当たり前じゃないですか。自分自身の生みの母親ですよ?」


下手したらもう、忘れているのかも知れない。

けれどこれは、いつも忠実に父親に従っている振りをしている芳久の細やかな抵抗だった。


(そうやって、罰が悪いと何も言わなくなるんだ)


これまでの仕返しだ。

家庭を顧みずに生きてきた、利己的に生きる男への対応を。

そう心の中でゆっくりと微笑して居たが、英俊は例の話を持ち出した。


「そうか。通りで今日は姿を見なかった訳だな。


まあいい。

ちょうどお前にも話があってな。ちょうど呼び出そうとしていたところだったんだ」


“例の件を”な、と。

芳久は一瞬だけ、不思議そうな面持ちをしたが

すぐに胸騒ぎを感じ嫌な予感がした。この男が持ち出す話はまず、良い話は全くないからだ。


「JYUERU MORIMOTOと提携経営の件で双方の優秀社員を

入れ替えようという話が出てな。順調に進んでいるし、

私もそのつもりだ。

うちからは、エールウェディング課から椎野君を送ろうと思ってね」

「……は?」


芳久の穏和な作り表情が瞬間に崩れ去る。

“椎野”。椎野と言えば、それはエールウェディング課では有名な、あの椎野理香だろう。

彼女の素性は知らないのが当然だけれども、彼女を母親の会社に送る?


そう思えば、他人事ながら凍り付いた様な感覚を覚えた。



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