第28話・孤独者
「…………………」
理香は、固まった。
この青年は、同僚は何を言っているのだろうか。
協力者にしてほしい____という言葉を飲み込んだ時、理香は驚くしかない。
(この人は、何を言っているのかしら)
呆然とした末に、言葉から出た言葉は、
「……………正気?」
だった。
正気なのか。
こんな母親に復讐するという人間に、復讐という物に協力するなんて。
理香は呆然としながら青年を見ていたが、
発言した帳本人である彼の表情は一切変わらず、平然の様に言う。
「そうだよ? 何だったら賭けたって良い。俺は協力するけど」
「………でも」
賭ける、なんて。
彼が誰よりも誠実な人間で、責任のある事を投げ出さないのは一番知っている。
それ故に酷いくらいに優しいのだ。だからこそ、
普段は微動もしない理香の心が大きく揺らぎ始めた。
一人で良い。誰も巻き込むつもりなんてなかった筈。
だから。秘密を知られてしまったこの青年とも距離を置いて遠ざけて行くつもりだったのに。
けれど。その優しさに触れた瞬間にまた、理香の心は大きく渦を巻く。
自分自身でもひしひしと分かる程に感じる。
冷め切った心に良心に優しさが染み込んでいく事に。
それを理解した瞬間に、理香は漸くはっとする。
(________嫌)
誰に接触する事、巻き混んでしまう事。
理香の凍え切った氷の心が拒絶し、人間不信にさえ陥った。
ただ一つ、引っ掛かる。
何故、目の前の青年は自分に近付く? こんな面倒な事に乗りかかる?
誰だって面倒事は避けて通りたい筈なのだろう。
「……………何か、裏でもあるの? 本当に自分自身の意思で………」
人を疑うのは、良い事なのか、悪い事なのか。
大人になり自我を自由に思う様になってから、理香は
人を簡単には受け入れられず飲み込めない様になっていた。
ただこの状況でこんな事を聞くのは、
喧嘩を売り火に油を注ぐのと殆ど意味は同じだろう。
だが、すぐに信用するなんて事は出来ない。
理香の警戒心に、
芳久はきょとんとしたがふっと微笑すると
(___やっぱりか)
自分自身の思った通りだ。
言ったら悪いが、これは自身の興味本位と、それと__。
「はっきり言って、俺の勝手な興味本位だ。
君はあの有名な宝石会社の令嬢なのに、その地位を捨てて
生きてる。その上、母親に復讐しようなんて、滅多にない話だろう?
ただ聞いた話だと、普通じゃない」
「………そんなの解ってる!!」
久しぶりに理香の声に熱が籠った。
解ってる。あの母親という女が、自分自身すらも異常なのも。
解り切った事を何も知らない他人が軽々しく、さも知っているな物言いで言わないでくれ。
(だから、そんな簡単に口を挟まないで欲しい)
躊躇いを隠せない理香に、芳久は飄々とした態度のまま言う。
「怒るのは当然で、迷ってるのは分かる。
突然、こんな事を言い出したのも。でもさ。
復讐に走らせたのは何か裏が有ると思わないか? 単なる復讐だけじゃない。
誰かが、何かを隠してる。
理香は巻き込みたくないって言ったけど、
協力したいというのは俺から言い出した事だよ。迷惑だなんて思うな。
俺は本気だ」
「それに_____
君の秘密を知ってるなら丁度良いとも、思わない?」
肩で呼吸しながら理香が振り返った先にあったのは、曇り一つのない微笑。
彼の冷静に答える言葉の数々には、全て図星が突かれている。
理香は絶句する他なかった。
そこまで、腹を括っているのか。
変わった人間だ。
(……………人のいざこざに加担するなんて、変な人)
理香は、不思議と興味が湧いてきた。
「………そうね。そうよね」
巻き込みたくない。
けれど、この誠意を仇にして返すも出来ない。
知られてしまった以上は隠れる事も、悪足掻きもしないつもりだ。
だったら。
「分かったわ。じゃあ、これだけは約束して。
関わって自分自身が後悔しそうだと感じたら、直ぐに逃げて欲しいの。
その上で協力してくれるというのなら、貴方にお願いします」
「………了解」
そうやって、手を合わせて叩く。
協力者。秘密を共有する者として、2人の協力者は歩き出した。
距離を置く必要も、無くなった。
また普段通りの同僚に、戻っていったのは変わりないが
そして理香の計画はますます、加速していくのを自分自身でも分かる程だ。
その早い事に翌日。
近くの昔ながらの喫茶店で、二人は深く話し込んでいた。
どうするべきなのか。
計画を立てて相談する事で、他の意見も聞く事が出来た。
芳久も流石、優秀なウェディングプランナーだ。思考もずば抜けている。
「…………つまりは、精神的に仕返ししたいんだろう?」
「そうね。こうなったらとことんやるつもり。単に終わる訳には行かないわ」
「そうだ。あのさ、だったら、俺にも協力して欲しい事があるんだけど……」
芳久は、ある提案と協力を理香に持ち出した。
「まあ、見て下さい。
提携経営を結んだ事で、我が会社も其方の会社の経営も上昇しています」
照明の無い暗い部屋に、
タブレットの光りが煌々と明かりを灯す。
高城英俊は、スピークで相手と同じ画面を共有で見、話し込んでいた。
姿も顔も会わさないまま、声だけのやり取りが続いていく。
高城英俊の言葉に、相手は微笑を浮かべながら言葉を返す。
カールさせた巻き髪を指先でくるくると持て遊びながら、微笑して会社の業績が鰻登りに上昇しているグラフの画面を見詰めてくすくすと高笑いさせながら、
「そうですわね。
これから協同ブランドを立ち上げることですし、
これからも仲良くしましょうね。_______高城理事長」
「こちらこそ。森本社長」
悪徳な社長の提携経営と、
歪んだ性格の2人の利害と思惑は酷い程に合っていた。
元は森本繭子が持ち掛けた提携経営の話は、見る見る上昇率を辿っていく。
それに双方の理事長・社長は、上昇率を高めていく会社の業績に笑いが止まらなかった。
(この業績の会社を飲み込めば、あたしの会社は回復する)
(この落ちこぼれの会社の全てを巻き上げて、しまいに潰してしまおう)
「_______そういうことね」
「ああ。この提携経営は両社の思惑で繋がった事なんだ。
単なる双方の欲望が一致した利害関係でしかない。
この際にそれらも潰してしまいたいんだ」
この提携経営は、両者の利害の一致で生まれたもの。
表向きは良心的な華やかな取り引きだが、裏を返せば
どす黒い、闇の取り引きだ。
だが。
「でも……何故、これを、知っているの?」
「巷の噂できいたんだよ。ちょうど、良いだろう」
「…………そうね。色々とありがとう。芳久」
理香は、微笑んだ。
そして、芳久は自分自身の素性は隠し通すつもりだ。
ただ彼女に協力し、その提携経営の思惑も潰してしまおうという
話を持ちかけて、自分自身も実父を潰す事を決めていたのだ。
けれど。
芳久の思惑も素性も、理香は知らないままだった。
そんな孤独者同士。
その復讐計画は今、始まりを孤独者同士が提携して
始まりを告げる事となった。
次回から、新章スタート予定です。