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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第3章・母娘の愛憎
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第24話・柔らかな重荷



「理香は、天涯孤独なんだよね」

「……そうだね。生まれた時からずっと一人なの」


それは柔らかな嘘だ。

自分自身_____椎野理香は、天涯孤独の身。

椎野理香として生きるようになってからは、そう偽ってきた。


母一人子一人だったが、理香はずっと孤独に苛まれていた。



母親は世間体を気にするばかりで、自分自身に振り向いてはくれない。

実娘が社長令嬢として、自分自身の名誉を落とさないか。

それくらいしか気にも止めない。


精神的虐待によって

自分自身を支配し、自分自身を壊そうとするあの悪魔の

顔色を常に伺い、心菜が緊張が解けた瞬間等、一時もない。



それでも振り向いて欲しい、

愛されたいという無駄だった感情を抱いてきた。

叶う事がないと悟ったのは、“12年前のあの日”だ。


けれど。

どれだけ無かった様に(つくろ)っても

操り人形として生きてきた過去は消えない。


理香は自分自身すら、穢れていると思い込んでいる。

その要因はそう仕向けた悪魔の様な血縁だけの実母の存在、

奴隷の如く、操り人形として操られてきた過去のせいだ。


それに加えて仕組まれた自分自身の出生にも、

真相を知ってからは影を落とし嫌悪感と怨念を拭えないでいる。



理香には、誰一人として味方など居なかった。

ずっと隣り合わせに寄り添う孤独と向き合う事を余儀なくされ、

(やが)てその孤独は理香の身体の一部として(そな)わった。


(……………私には、孤独しかないのだから)


“孤独”は静かに彼女と寄り添い続けている。

時折にしてそれは、ただひたすら耐え続けてきた理香に

自分自身の壊れてしまいそうな精神を守ってくれている。



「椎野君。大丈夫か?」

「はい。ご迷惑とご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」

「そうか。だが、病み上がりだから無理はするなよ。


あと礼を言うなら高城君に言え。

彼は一番、心配して付き添ってくれたんだからな」

「……はい。伝えておきます」


そう頭を下げると主任は、何処かに行ってしまった。

高城という言葉に心はぎくり、となりそうになるが、

それは変えようのない事実だ。


(…………お礼は、別よね)


例え秘密を、知られてしまったとしても。

秘密を知られてしまったものの、それとこれは別なのだから。

現に青年は面倒を見てくれ、最後まで心配してくれた。



それに念を押していた通り、

彼は言わないままで居てくれているようだ。

それは有難い事だった。


もしも、自分自身の素性が知られれば

エールウェディング課、プランシャホテルは大騒ぎになっているだろう。

その事に心から安堵しながら、あの青年には感謝の念に限る。



まだ会って居ないが、また会ったらお礼を言っておこう。

そう思った時、不意に青年の姿が見えない事に気付いた。


(___あれ……………?)


エールウェディング課の部屋に入った瞬間、感じた違和感。


(いない?)


エールウェディング課の部屋に青年の姿はない。

何時もなら、もう出勤しているはずだ。

誰よりも先に、しかも一番乗りで出勤してくる人物なのに。

居るものだと思っていた理香は呆気に取られたまま、呆然とした。


その姿は居ない。

そう浮かんだ疑問が直ぐに解決してしまった。




「遅れて、すみません……!」


聞き慣れた声。

視線を向けると案の定、探していた青年が居た。

きっと、走ってきたのだろう。息を切らしながら、額には薄く汗が浮かんでいる。

焦った様な勢いで入って来たが、ガランとただ、理香だけいる室内の光景を見ると本人は拍子抜けした様な面持ちで

ただきょとんとして立ち尽くしていた。


「あれ……理香、一人?」

「え、ええ。もう他の人達は仕事に向かったみたい」

「……そっか。セーフだよね」

「きっと大丈夫よ」


青年はタイムカードを差し込みながら、乱れた呼吸を整える。

その無造作ながら、汗を拭う姿は凛々しく美しい。





「そう言えば理香、今日から仕事復帰したんだ」

「……うん」



理香は視線を落とし、目を伏せた。

有給休暇はまだ取れる時期ではあるが、

一人で居ればなんだか悶々と悩んでしまいそうで、仕事に逃げた。



同僚と交える他愛のない会話。

しかし、理香だけだろうか。少し気不味く気分が重く感じるのは。

あの自分自身の事を打ち明けてから、初めて会ったというのだから。


「あ、こないだは……色々とありがとう」

「気にしなくて良いよ。お互い様だろ。それに…話したりしないから」

「…………ありがとうね」


そう、小さくそう言うしかなかった。

けれども、理香の心にある気まずさは何処か置き去りされたように残る。

ただ何も変わらずに居てくれる青年に感謝を覚えるしかなく、

その日は何事もなかったふりをして仕事復帰したように

見せかけて、ただ取り繕っていたのは内緒だろう。



「_________お礼?」

「ええ。何から何まで面倒をかけたから、奢りくらいはさせて欲しいの」


何から何まで面倒と心配をかけたのだ。だから、そのお礼をと、

理香は芳久に申し出ていた。芳久は別に良いという態度を取ったものの

律儀な彼女の真意に素直に受け取る事にした。


「そんなのいいんだけどな………。でも、これには便乗しようかな」

「無理を言って悪いけれど……で、何が良いかしら?」

「割安の中華料理店、あるじゃん? そこ行こうよ。

あそこの中華料理は美味しいんだよ」


話は二言返事で終わる。

芳久の言う通りに、仕事終わりに中華のお店に向かい彼に理香は奢った。



それは

心配をさせてしまった理香からの懺悔だった。

身内のふりをして面倒見を見てくれ

そして自分自身の秘密を誰にも告げずに居てくれたお礼に。



相手の気遣いなのか、それとも

自分自身が無意識のうちに触れるなという雰囲気を

出していたのか定かではないが、普段通りの他愛のない話ばかりをして終わっていく。


強いて理香の“あの秘密”は出る事はなかった。


けれど。

理香は結論を出していた。

これはケジメだ。これが終われば、青年とは距離を置く。

自分自身の素性やこれから進むであろう復讐に巻き込む訳には行かない。


否、一人で終わらせたくて

他人を巻き込みたくなかった。



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