第260話・それぞれの終末を (最終話)
お待たせ致しました。最終回です。
_____プランシャホテル、多額の負債を抱え倒産。
______理事長・高城英俊氏、自殺。
矢先の出来事だった。
プランシャホテルの倒産、理事長の自殺。
理由は借金苦による経営難。それらを隠し
JYUERU MORIMOTOとの提携経営に賛同したのも、
いずれは、JYUERU MORIMOTOと吸収合併する為の思案だったそうだ。
しかし、JYUERU MORIMOTOの業績は右肩下がり。
それに加えて森本繭子の度重なる不祥事が明るみになり
仕舞いには逮捕され死刑囚のとなった身。
JYUERU MORIMOTOは、足枷にしかならなかった。
プランシャホテルの裏側では何も知らないけれども
あの野心家の理事長を絶望させ、
息を根を止める出来事があったのかも知れない。
世間は突然の事に絶句してしまう中で、
理香はあの青年はどうしているのかと気になった。
あの青年は、天涯孤独の身となった。
荒波育ちの彼が柔ではない事は知っている。
操り人形として、
毒味を持つ主に忠実に従ってきた。
育った居場所は違っても同じ境遇、同じ立場。
(何故、気になるの)
不思議だった。
他者には、誰も興味を示さないのに。
何故、思考は青年の事を考えてしまうのだろう。
理香の足は自然と高城家へと運んでいた。
中世ヨーロッパの豪邸には赤札がばら蒔かれる様に、
あちこちに貼られていて、主を失った未亡人の様な
陰鬱な雰囲気を醸し出している。
幽霊屋敷の様だ。
けれども、青年の姿は見えない。
否、此所には青年の姿はいない様な気がした。
あれから音信不通となり、一年が経過している。
現在 (いま) 青年がどうしているのか、なんて分かりやしない。
青年の生き様を巡る様に、理香は歩き始めた。
流れゆく人並み。都心部の独特の喧騒。
イヤホンから流れている洋楽は確か
主を失った操り人形を唄っている様だ。
繭子と離れて、少し心は穏やかになった。
母親である佳代子の真相は衝撃を受けたが、
それらを全て受け入れた現在は心の整理が着き、本当は心に引っかった刺は抜けて復讐の意味を
なんとなく飲み込む。
(私は知りたかった。
あの人の本性の向こうにある、紗に包まれた真実を)
(お母さんに再会する為には、
“あの人”は通るべき道だったのかも知れない)
悲劇的なバイオリンニスト、欲望の宝石の社長。
二人の姉妹の娘として生きていた復讐者。
姉妹の悲劇を、この自分自身の複雑化して生き様を、
この先、忘れる訳はないだろう。
幸せだったのは、
生まれて間もない両親と過ごしていた頃。
穏和な暖かな優しい腕の揺りかごに居たあの頃。
(………お母さん、私、幸せだったの。あの頃だけが……)
(報われて欲しい。私は貴女の暖かな気持ちだけを
浮かべて生きるから………)
見上げた空は美しかった。
イヤホンから流れた音楽は代わり、
美しいバイオリンの旋律に変わっている。
心を凍る冬は終わりを告げ、もうすぐ春が訪れるだろう。
(バイバイ、繭子)
死刑囚の独房には毎日、
呻き声の様な悲鳴が旋律の轟いている。
半畳程の空間に転げ回る女は、まるでミイラに似ていた。
ボサボサの髪とボロボロになってしまった心。
女は、鉄柵を固く握り閉め、闇夜を覗く。
貞子の様に、ウェーブかかった髪は絡まりボサボサで
その肌は青白く透け始めぎょろりと目は充血し、
剥き出しになっている。
元からある激しい気性と、
レビー小体型認知症の症状が露になっている。
理性を欠落した悪魔は、闇夜中で暴れまわり絶叫していた。
しかしその反面では、心の弱音が雫の様に零れる。
「嫌よ。嫌、あたしを此処から出して………。
あたしは何も悪くないのよ」
軈て、涙が伝う。
一人は嫌だと心底拒絶反応を示している。
そんな中、闇夜に佳代子が現れた。
彼女は無表情のまま繭子をただ見ている。
「みんな、みんな、佳代子のせい………あんたのせいよ………」
それに反応する様に佳代子の隣で、
冷ややかな軽蔑の眼差しに
そして、狂った様に鳴き叫んだ後で
「心菜、戻ってきなさいよ………。
またあたしが相手して上げるから。あんたを育てて上げたでしょ?
あたしは母親だから、
娘は………親の傍にいるべきでしょ……」
虚空に響いた悪魔の弱音は、消えていく。
冷たい孤独なんて嫌だ。例え憎しみが走ったとしても、誰かに傍に居て欲しい。
(それが、例え、
佳代子でも、理香でも。構わないから)
裏道に入ると、なだらかな穏やかな空気になった。
下町の古き良き建物達が、並んでいる。
そんな中、向こう側の真新しい浮いたビルを見つけた。
珍しいな、と思っていると、
ビルの階段から、とある青年が現れた。
不意に足許が立ち止まって動かない。向こう側の青年もそうだった。
「驚いたわ。貴方が、弁護士だったこと」
「大学は法学部で資格は持っていたんだよ。
プランシャに勤めている影響で御蔵入りになってたけども。
僕自身、高城家の戸籍から名前を消して貰ったんだ」
廃嫡にもなっている」
廃嫡____嫡子に対して、相続する権利を剥奪する。
英俊の葬儀、プランシャホテルの倒産手続き、等と
慌ただしかったが今は、落ち着いて心の整理が着き始めた。
そして思ったのだ。
(欲望と野心に挫折し、絶望した者の最期は呆気ない)
英俊の最期を最初に見たのは、芳久だった。
死刑台から落とされ、その項垂れた姿に絶句すると共に、
野心に絶望した末の末路を目の当たりにして思う
こうはなりたくない、と。
そして目を覚ました。操り人形ままでは、人生、人権はないも同然だ。
(主に操られたままのマリオネットのままでは、自由になれない)
春の陽気が色濃い。
弁護士事務所の裏手側にある、大通りに抜ける並木通りを並んで歩く。
芳久は、自身の弁護士事務所を開き、
現在は地道に経営し、弁護士としての確立し
今は紳士的な弁護士として噂が立っているのだそうな。
ちらりと見た互いの横顔は、
憑き物が落ちた様にすっきりしている。心なしか穏やかな雰囲気を感じた。
一年会わなかったが、こんなに立場も状況も変貌しているとは。
漸く悪魔の呪縛は、解けた気がした。
そして代わりに佳代子の優しい記憶が、心に住んでいる様な感覚。
「そういうそちらは記者になったって?」
「………思わぬ、転職だった」
そうだ、と芳久はいよいよ身を乗り出した。
「そう言えば。弁護士事務所は確立したんだけど、
従業員が居なくて僕、一人暮らしなんだ」
「全部、お一人で? 」
「でね………」
「どうしたの?」
(やっぱり、彼女を一人に、見過ごせない)
真面目にけじめを着けるのならば、今だという気がした。
理香は芳久を見上げた。
きょとんとした蜂蜜色の瞳が、此方を見ている。
「………良かったら、僕の元に来てくれませんか?」
「スタッフとして?」
「いや、そうじゃない。………待たせてごめんなさい。
“あの時”のちゃんと責任を取りたいんだ」
最初は固まっていたが、
軈て意味を悟ってから、ふっ、と理香は微笑んだ。
人間味を失っている者同士、何処か慣れなくてぎこちない。
不意に脳裏にあの、言葉を思い出す。
そして良い縁を、
………自ら突き放す様に、手離す様な事はしてはいけないよ。
理香は微笑んだ。
「…………分かりました。
今までこちらこそ、ごめんなさい」
(これからは、自分自身は為に生きようか)
もう良いだろう。復讐の為に
罪を重ねてたとしても、赦して欲しい。
自分自身の為に生きる、そういうレールを歩んでみたい。
余生は、この刹那げな青年と一緒に。
悪魔の呪縛を解き離れた現在ならば。
End.
約5年間、長いお付き合いとなりましたが
誠にありがとうございました。
最終話まで、ここまで来られたこと、
最終話を書き上げる事が出来たのは、
読者の皆様のおかげです。
………最終話の最後のこれからは、
読み手の皆様にお任せ致します。
改めまして、閲覧頂きまして
ありがとうございます。
後々の作者の気持ちは、
活動報告に綴らせて下さい。
2020.12.23.天崎 栞




