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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第12章・相殺は決別の為に
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第255話・悪魔の半生


健吾に記者の心得等を学びながら、

理香は、記者としての才能と努力を着々と伸ばしてきた。

雑誌の媒体の世界では『謎の美人フリーライター』として噂が立ち込めている。


しかし、彼女が取材を承るのは、“森本繭子に関係する事のみ”。

華やかな名誉を持つ名を馳せた女社長の哀れな末路。

それを健吾から受け継いで、理香は書き連ねている。


育ての親、と言えど、

理香は、繭子の事を何も知らない。

どういう人物像でどの様な人生を歩んできたのか。


今までのまま、接見を重ねていても、結局は痴話喧嘩のままだ。

何も変わらない。だからこそ、歩み寄ろうと思った。



自身が拐われる前の、「森本繭子」という人物像を探し始めた。





森本繭子は、

都心の県境、のどかな町に生まれた森本家の次女として生を受けた。

家族は両親と姉。幼少期は、おませでお転婆な娘だったらしい。

この頃から、キラキラとした宝石を好んでいた。


父親は寡黙な人。母親は教育熱心な人。

しかし7歳離れた姉が入学した難関私立女学院の小学校受験は失敗に終わっている。

続けて期待を寄せられた中学受験も同じく、失敗に終わった。


この頃から、

母からの熱心な眼差しが冷め、

呆れられ、姉ばかりに期待する様になった。

この頃から沸々と姉への劣等感を感じ始めたのだという。


悪魔の半生を綴りながら、理香はそう思った。


(慎重に聞き込みするしかないわね)


(かつ)て、訪れた事がある森本の生家の住所から

出身校等を特定、理香は出身校に訪れる事にした。

出身中学校に行き素性を明かした上で『森本繭子の在学当時のお話をお聞きしたい』と申すと、二言返事で了解し、

速やかに校長室に通された。


現れたのは、当時の森本繭子を知る、女校長。



『非常に勝ち気で、自信に満ち溢れていました。

一際目立っていましたよ。クラスの中心にいる子。

ただ』


………ただ。



『入学して(しばら)くして

万引き、同級生の私物の盗難、等の非行が目立つ様になりました。

補導された事も、保護者交えて話し合う事もあったのですが………』


女校長の口は重く苦しいものだった。


話によれば、姉である佳代子も同伴していたという。

というもの母親が常にヒステリックに怒鳴り散らし、

繭子はそんな事をしない、と話を聞かず、娘を庇い

教職員、被害に遭った保護者が呆れ果てる程だったという。

そんな母親のストッパーとして、姉である佳代子が必ず来ている、そんな状態だった。


『お母様は常にヒステリックで此方の話を聞かず、

御姉様が冷静に話を読み取り、お詫びしていた姿をよく覚えています』


どちらが保護者なのか。佳代子は母親の変わりに

妹の非を申し訳なさそうに、お詫び行脚をしていたそうだ。





(何故、見放していた繭子を、母親を庇ったのか)


世間体、という3文字が、理香の頭に浮かんだ。


母性愛を否定したくないのだが、

裏の事情を知っている理香には、少し疑いたくなる。

世間体の見栄、というのが母親の脳裏にあったのだろう。

何せ、森本家の名家の名が浮かばれる事をずっと執着した女だ。

なんだか森本繭子の気性の荒らさは、母親譲りだと思う。


続けて出身高校に出向くと、

彼女の担任の女教師がわざわざ、足を運んできた。

理香は申し訳ない気持ちで、記者の名刺を渡すと

女性教師は今までの沈黙を破る。


高校受験にも失敗し、思春期に突入してから

森本繭子は、悪い意味で変わってしまったらしい。


『高校には、あまり来ませんでした。

単位を取る為に時折出席するくらいでした』

『…………それは』


そして

言いづらいのですが、と女教師は前置きしてから、

固く閉ざされた過去の(ほころ)びを解き始めた。



『異性関係が激しい、そんな印象でした』

『…………はい』


森本繭子は、異性関係に激しく、

男女交際に必死の様だったと女教師は語っている。

時折に高校に出席しても、彼女の隣にいる男子は違っていた。


『常に仏頂面、態度も悪かった。けれど、

男子相手には猫なで声に変わり態度も変わるんです』

『…………そうですか』


理香は呆れていた。

受験の失敗、度重なる非行、性に奔放な一面。

全てが新鮮味があり納得する反面、

違う誰かの半生を聞いているかの様だった。


そして極めつけは、

何度か中絶手術を受けている、という事実だった。

両親が揉み消していた様だったが、下町故に

その噂は嘘は隠し通せない様になっているみたいだ。

隠しているふりをしていても、何処からか明らかになってしまう。


森本家の生家の、近隣の家に聞き込みを重ねる。

30年近くも前の話だが、近隣住民はよく森本家の事を覚えていた。


『あの奥さん、癖の強い人だったからね。覚えているよ。

自身は名家の生まれだと言っていて、娘さんに対して教育熱心だった。

厳しかった。たまに娘さん達がいたたまれないと思う程にね』


母親によって植え付けられた、姉妹格差。

品行方正の優等生の姉と、破天荒で奔放な妹。


上のお嬢さんは、清楚で優等生で品行方正だった分、

下のお嬢さんの非行や派手な一面が目立ったんだよ』


近隣に住む初老の男性はそう話している。

そして続く言葉を紡いだ。


『上のお嬢さんは、清楚な人だったな。

対して下のお嬢さんは派手な印象だった。


奥様が嘆いていたのが、印象的だったね。


上のお嬢さんが優秀で難関の私立女学院に入学した事を

常に自慢していたし、それとは違って、下お嬢さんの格差に嘆いていた。

分け隔て、かな。上のお嬢さん対しては優しいのに、

下のお嬢さんには厳しく冷たい、そんな印象的だったな』


『次第に下のお嬢さんは、あまり家にいない時が多くなった。


上のお嬢さんが奏でる

バイオリンの音色が聞こえてくるんだけどね』

『……………そうですか』

『……………噂なんだが、友達や

彼氏の家に泊まり込んでいたそうだ。それに………』



夜の世界に居て、

働いていたらしい、と聞いて理香は目を見開いた。

その話はこの界隈では有名な話だったという。

きっかけは、町内の会長が夜の町でみかけた、

たまたま接待に居合わせたというもの。



理香は、その足で、夜の町に向かった。

30年近くも前だが、何か知っている人はいないだろうか。

ネオンの光りが眩しくて慣れない。段々と目が痛くなってくる。


しかし、だんだんとあやふやな点と線が繋がってきた。

母親が佳代子に譲ると息巻いていた権利を

繭子は受け取らなかった。


その基盤を捨てても、何故、彼女は自身の会社を起こしたのか。

その資金の出所(でどころ)はどこからだったのか。

それが理香には、謎だった。





色褪せた、森本繭子の写真を握り、


『この方を知りませんか、

この方が昔、勤めていたお店などご存知などないですか?』


と尋ねて回った。

夜の歓楽街は新築されたお店ばかりで、若者が出歩く町は

冷たい喧騒と華やかな色合いの町は異世界に来た様に、

時間を忘れてしまいそうになる。


(情報がないまま、帰る訳にはいかないわ)



そんな中、ビルの地下のバーがある店に、気付いた。

丁度角地の四角になっているせいか、分からなかった。

吸い込まれる様に、階段を下った。


電球が壊れかけて、灯っては消え灯っては消え、を

繰り返す薄い闇の世界。そんな中でも不意に


「あんた、見ない顔だねぇ」

「………………」


唐突に声を掛けられて理香は、固まった。

不意に視線を寄せると、其処には割烹着姿の女性がいた。

年齢は50代半ばくらい。理香は、一礼して素性を名乗ると

繭子の写真を差し出した。


「この方をご存知ないでしょうか」

「…………」


不穏な空気が漂うが、

次第に女性の頬が緩むのを、理香は見逃さなかった。


「繭子か、懐かしいねぇ……」

「ご存知ですか」

「ご存知も何も、この事は、あたしのクラブに

住み込みで働いていた子よ。懐かしいわね」

「…………住み込み……?」


(図星だ)


理香は、溜め息を着いた。



「まだ未成年だったけれど

華があってお喋り上手で、その熱意を買ったのよ。

人気No.1だったわ。男性から引く手あまた。好かれてたわ」

「…………そうですか」

「愛嬌とあどけなさが売りだったね。

それが、彼女の魅力と呼べたかしら」

「そうですか。失礼ですが、その思い出話、もう少し聞かせて頂いても?」


にこり、と微笑んだ微笑。


その姿は飾らない花なのに、

何処か威厳のある言葉に出来ない淡さと薄幸さ。

微笑んではいるが、その表情から意図は読み取れない。


不思議な子だと思った。



質素に経営している、クラブ兼キャバクラだという。




(ヴェール)に包まれた悪魔の過去。夜の町の華麗な蝶。

時系列を辿れば、高校時代から年齢を偽って

この場所にいたのだ。


(会社を起こす資金は、ここから………)


(ようや)く飲み込んだ事実。

思っていたよりも、悪魔の(ヴェール)深い闇に葬られたままだった。

初めて知る悪魔の素性に、理香は何処かで納得しながらも 思う。


(私は本当に、何も知らなかった)





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