第254話・復讐の先にある景色
一年後のお話。
理香はどうしているのでしょう。
________一年後。
あれから、理香は実父である健吾と暮らし始めた。
まるで生き別れた父娘の時間を埋めるかの様に。
父娘仲は、普通だ。
そんな中、
暗闇でノートパソコンのキーボードをカタカタ、と打つ残響。
時折に誤字脱字を確認しながら、脳裏の記憶を文字に起こしている。
あれから理香は、プランシャホテルを退職。
芳久と距離を置いてしまいたかったからだ。
それにその後、健吾からある提案を持ちけられた。
『理香が良かったら、だが、記者になってみないか』
『………記者に?』
『理香は聡明だし、文章力があると思っているんだ。
理香の意思に任せるけれど、どうかな?』
『…………』
記者にスカウトされるとは。
理香にとって青天の霹靂だった。少し戸惑ったが、二言返事で受け入れた。
そして付け加えて、
「父さん。私。“あの人”を追いたい」
その理香の真剣な瞳に、健吾は複雑な気持ちになった。
まだ洗脳が解けないのかと思っていた気持ちは彼女の瞳に掻き消された。
真剣な、自立した眼差し。心菜とは違う。自身の娘だ。
嘗て、森本繭子を破滅へ追い詰めた、あの姿と瞳。
あれから一年。森本繭子は、第一公判を迎える。
身の程を振り返らず、自分自身が可愛い彼女は、
罪を認めず黙秘を続けているという。それにより勾留が続いているのだが、そろそろ第一公判を迎える頃合いだ。
未成年者略奪誘拐、バイオリンニスト殺害の首謀者。
脱税に加えて、会社の利益の操作等。
余罪はまだまだあるのではないか。
それでも、
理香は現実から目を背けず、繭子と向き合っている。
現在はフリーライターとして、罪人・森本繭子と
接見を重ね、それらを記事に起こす。
“ジュエリー界の女王”と呼ばれ名声を手に入れ、
不正により華麗に破滅した強欲の女。
世間の注目は集められている。
『最初はフリーライターとして、自身で基盤を固めなさい』
『はい』
コネクションを使うよりも、
理香は自身の力で登り詰める事を選ぶだろう。
(俺が出来る事は、この子を見守ってあげる事だけだ)
フリーライターとしては、駆け出しの新人記者だが、
理香の聡明な文才、“嵐の女”と呼ばれた森本繭子の末路の行く末を興味を持つ人々は多い。
今、もっとも目を離せないもの。
理香は自室に籠り、
記事を書くか、時折に繭子へ接見に行くか。
編集部所属の健吾とはすれ違いの生活だが、彼女は、
家事炊事は欠かさず、温かな美味しいご飯が用意されている。
その影響か、
部屋は整理整頓され、いつも清潔感があり
娘が作った温かな料理の香りが、ふんわりと心を落ち着かせる。
時折にして、妻であり母親____佳代子もいたら、
ふわりとした穏和な生活が、家庭を築けていただろうか。
そう思わずにはいられないのだ。
「ねえ、性懲りもなく、
なんであたしのあたしの前に現れる訳?」
「私語は慎んで下さい」
無機質な声音。
理香はアクリル板越しに見える女は、別人に見えた。
油ぎったボサボサ髪、痩細った体と顔立ちは、頬骨が現れげっそりとしている。
隈に覆われた瞳が怪しくそして、元々の目付きの悪さを助長している。
ちらりと見えた手首や手は枝の様に細く、骨ばっている。
幽霊の女、否、彼女が纏うオーラこそ、”悪魔”と言えるものだった。
(コイツは、いつまであたしを苦しめるのか)
暗闇の世界。
何ももう伺えないが、理香の存在感は強い。
自分自身から全てを奪い、絶望の沼に落とした憎い女。
声音さえも、憎しみが迸る。
「私は記者です。貴女の動機を伺いたいのです」
「動機………」
乾いた笑いが響く。
理香は表情一つ変えずに、じっと見詰めている。
「動機なら、あんた、聞いたでしょ? 気絶したじゃない」
「………あれは私情過ぎます。私は口しませんので。
主な殺害や誘拐の動機とは、どういうものですか?」
「物分かりが悪いわね」
あはは、と
高笑いをする繭子に、理香の心は冷めていく。
(身の程知らず)
「森本繭子さん」
「何よ、偉そうに」
「まだ、貴方は終わっていません」
「は?」
淡々と理香は告げる。
「事の末路を露にしなければ。
今度、“ジュエリー界の女王”は名誉を頂くのではなく
強欲に溺れた女の末路として、世間に知られるのです」
理香は嘲笑う。
その微笑みに、繭子が迸っ(ほとばしっ)た。
こんな毒を秘めた皮肉を言う様な人間じゃなかった筈だ。
繭子が勝手に抱いた“心菜の理想像”と、“現実の理香”にギャップを感じてしまう。
理香と心菜は酷い程に人物像が、かけ離れている。
「良かったじゃなかったですか?
貴女が渇望する、注目を浴びるという願いが叶うのですから。
貴女が、望んでいた事でしょう? …………ね?」
(まだ追い詰めるの………。なんで、あんたに、怯えなきゃいけないのよ……)
(貴女の奈落の沼は、底無しの様ね)
苦しんで頂戴。
人を殺めた重罪を。
そして恥じろ。無自覚な哀れな悪魔。
最後の言葉は、身を震わせる程の威力を備えていた。




