第252話・悪魔の執着、間違い
前編、過激な描写あり。
ご注意下さい。
自身でも不思議だった。
手にかけた刹那、心の底に押し込めていた憎悪が溢れてきた。
父親に対して馬乗りになり、喉元にに当てた両手、
その息子の腕を己からを剥がそうと英俊はもがいていた。
英俊の顔は、血管が浮かび赤く染まる。
眉間に皺が走り、生に対する執着が剥き出しの感情が現れる。
「恩を仇で返す、気か………」
「…………」
英俊の問いかけに、芳久は淡々と表情を無くした面持ちのまま。
その掴めない表情に英俊は悪寒が迸った。
人形を見ているみたいなのに、首に感じる圧力は静かに増す。
その欲望の顔付きに、抗いに
芳久はすっと、感情が冷めていくのを感じた。
(嗚呼、なんて醜いのだろう)
承認欲求に執着する者は。
(…………こんな人間になりたくない)
こんな人間の血が流れていると悟ると、反吐が出そうだ。
その衝動が喉元に冷たく触れた。
すっと弱まった腕を自覚したその刹那、
何かから殴られた様な衝撃を受けて、芳久は突き飛ばされた。
壁に打ち付けられた刹那、身体が項垂れる様に座る。
痛みというよりも、衝撃に我に返りながら、顔を上げる。
芳久は、目を見開いた。
情けなく気絶する男と、誰か。
“その誰か”は分かった。
「………理香?」
芳久は茫然自失としてしまう。
其処には、眠り姫だった彼女が、いた。
突然の事に茫然自失としている芳久は固まったままだ。
きっと理香が止めなかったら、
芳久は英俊の首を締め切っていただろう。
理香は、英俊の手首に触れて脈がある事を確認すると
冷静沈着な凛とした佇まいのまま、屈ま着いたまま、
「………気絶しているだけみたい」
と、だけ言った。
「貴方に罪はないもの。
罪のない人間に手を汚す必要はないわ。
罪があるのはこの人でしょう?
お願い。
芳久は間違えても、闇に踏み込んではいけない。
もう後戻りは出来なくなるわ」
「……………………」
その言葉に芳久は瞳を伏せた。
(俺は、もう闇に踏み込んでしまったよ)
闇色の底のない、沼に。
貴女に、森本心菜として育てられた18年は
今、振り返れば、“森本心菜としての”私の日々は不幸だった。
けれど何も知らない馬鹿な私は
貴女を、実母として信じてやまず慕っていたのは
事実であり愚かな私の過ちでしかありません。
素直に不幸を、幸福だと思っていた。
誰かのせいにする気はない。
けれども貴女は私に対して、母親を私の目の前で奪い、父親と行き別れさせた。
貴女が居なければ、貴女が欲望を抱かねば、
全ての悲劇は……私は両親と別れる事無かった事でしょう。
それに対して、私は絶対に許すつもりはありません。
そして、貴女の不幸は二つ。
一つは森本佳代子に異常に執着し、もう一つはその娘を固執した事です。
母にも執着せず、私を娘を見立てなければ、
貴女は、貴女にしかない別の幸福が訪れていた事でしょう。
他人のものを奪っても、其処に幸せは生まれない。
強引な引き合わせ見繕った虚像の偽りは幸せを生まない。
その代わりに虚無感を漂わせるのです。
それは貴女自身が今、噛み締めている事でしょう。
現に私達は、幸せではなかった。
そうではないですか。
勿論、私の元にも非は、ある。
でも、誤解しないで下さい。
全ては貴女の自業自得であり、招いた悲劇なのです。
貴女が私を拐わず、両親の元で生きていれば、
貴女へ逆襲する事もなかったでしょう。
貴女は、
華やかな女社長として、生きていたでしょう。
虚しさしかない世界で、
私は貴女の人生計画の亡霊さかなく
母に似た器を持っていただけの、母ではなかった。
私の不幸は、過ちは
“貴女の娘”として、森本心菜として生きていたこと。
それだけです。
私達に共通するのは、
貴女は、“森本佳代子という姉”を、私は、”森本佳代子という亡き母”の、その姿を追って留めておきたかっただけ。
けれども幾度とその姿を追おうとしても
最初から無謀な事だったのだと思います。
貴女の間違いは、母と私を重ねて、追い続けた事でしょう。
例え、姿は似ていても、間違えても、
私は、貴女の知る森本佳代子ではなく、そして、成れやしないのです。
____白石 理香
お伽噺を語る様に、諭す様な手紙は閉ざされた。
繭子は隅で膝を抱えながら、壁にもたれ掛かった。
生意気な小娘が、と思っていたが、確かに理香の言葉には重みと説得力がある。
(なんなの、この、空っぽの感じ)
“傷口に塩を塗る”
無意識に悪魔の母親と、天使の娘は、それを繰り返していた。
森本佳代子という人物を巡って、虚通する独り歩きを。
佳代子の娘を、虐め倒し、心を壊した。
けれども心菜を佳代子に見立てて鬱憤を晴らしても、何処と無く、虚無感が心に浸していく。気持ちは晴れない。
“ジュエリー界の女王”を呼ばれたあの名誉や栄光も
今やちっぽけに思えてしまう。あれだけ執着し固執を見せていたのに今はどうでもいい。
心菜は、戸惑うだけ。
心菜は、佳代子の容貌を持って生まれただけに過ぎない。
もし佳代子ならば、自分自身の投げた槍を
どう受け取りどういう反応を示すのか。
佳代子の生き写しである心菜を虐め、
背後の向こう側にいる佳代子の反応を求めて、
いたぶり続けていたのかも知れない。
姉を消して精々していたのではなく、
もう現世を去った、姉を追い求めていたのは自身だった。
憎悪と嫉妬に駈られる中で、
自身に振り向いてくれたのは佳代子だけだった。
ただ何処かで満たされなかった。
心は晴れず、虚無感と、ぼんやりとした煮え切らない心が繭子を苛立たせた。
偽りの娘は、母親に似ているだけだけで佳代子ではない。
その見分けが付けず、
心菜を通して佳代子を、その残像を求め続けた。
心菜として生きていた娘が、母親の愛情を求めていたのなら
繭子は佳代子の姿を、佳代子の心を奪われ痛め付けられ憔悴する姿を求めていた。
それは憎悪故に。佳代子の娘を痛め付ける姿は、佳代子の人格を崩れていく恍惚な快感を抱いていたのは幻だった。
佳代子はもう、何処にもいないのだから。
(佳代子の偽物を痛め付けても、心は満たせない)
どうして、今まで気付けなかったのだろう。
自身の人生は、佳代子の仮面を被った娘という人形を騙された。
まやかしを、幻に狂悴していたいただけ_____。
その刹那_______。
「ああああああああああああ______!!」
留置場に響き、木霊する悪魔の断末魔。
この描写により、
ご気分を不快にされた方に対して
物語の構成上で必要とは言えども、申し訳ございません。




