第251話・血統の滅亡を望む
終わった、と思った。
彼女の望む復讐が終わった今、
きっと、彼女にとって誰の存在も要らないだろう。
二人に手を合わせた後に、不意に無意識に、畳に横たわる。
二人を見ていると懐かしさを覚えて仕方ない。
(僕はもう疲れたんだ。生きる力ももうないんだ)
心の中で呟かれた思いは、水面を揺らす。
「母さん、兄さん、僕、そちらに行ってもいい?」
(また、父親の操り人形に戻るだけなら………)
闇夜の奥の和室で、芳久は微笑みながら告げる。
その微笑みは無情に穏やかなものだった。
遺影の箱にいる母と兄は何も言わない。
__________プランシャホテル、理事長。
コンコン、と慎ましやかなノック。
安定した穏和な声音。品行方正な、律儀なお辞儀。
全てにおいてに完璧な絵に書いた様な息子に、微笑みが止まらない。
「本当にお前は、
プランシャホテルに相応しい人間に育ってくれたものだ。
誇らしい。不安等、一つもない」
「………そうですか」
(そんなに人形を崇め立てるのは、嬉しいか)
表向きは微笑みながらも、心の中の憎悪は膨らむ。
一礼した後に芳久は静かに腹を括る。
控えめに窓から差し込む闇夜と月夜が混濁した。
「………一つお願いがありまして」
「どうしたかな」
芳久はそう穏やかに告げると、
後ろ手に持っていた”切り札“を出した。
芳久は、ゆっくりとそれを、こめかみに向けた。
刹那に英俊は目を見開き、表情が強張る。
穏やかな微笑みを浮かべる青年の右手にあるものは、______拳銃だった。
「それは、どういうつもりだ!?」
英俊は声を荒くする。その英俊の表情に
芳久は無表情に、まるで冷水を浴びせるかの如く
冷ややかな視線を向けた。
(この人を見る度に、冷めていく)
「…………今まで貴方に尽くしてきましたが、
そろそろ飽きてしまいました。貴方を見る反吐が出る。
高城家は不幸しか生まない。そんなの壊した方がマシだ」
その物言いは穏やかだが、酷く雪結晶の様に冷たく鋭い。
英俊は焦った。芳久は跡継ぎ。
彼が居なくなれば、高城家の血筋は崩壊する。
英俊を身を乗り出して息子を突き飛ばした。
ガシャン、と回転しながら、床に落ちる拳銃。
父親に突飛ばされた芳久は扉に座り込んで項垂れている。
前髪に隠されてその表情は伺えない。
「気でも触れたのか!?
お前はプランシャ、私の後を継ぐ者なんだぞ。
高城家の血を絶やし、私の栄光を終わらせるなんて許さんぞ!!」
「……………栄光、ね」
繊細な声音は、ぽつり、と呟かれる。
刹那に、英俊は自身の身体に衝撃を感じた。
背中に床の絨毯の感触を覚え、両肩を強く押さえ付けられている様だ。
苛立ちを混じった感情を覚えながら、恐る恐る瞳を開けた刹那、
背筋が凍った。
人形の如く端正な顔立ち。
その面持ちに浮かんだ、嘲笑にも似た微笑。
いつもは冷静沈着な面持ちに浮かんだ、
息子が浮かべた事のない表情、嘲笑いに固まってしまう。
道化師の様な嘲笑は、全てを嘲笑っている裏では、
何処か悲哀を秘めた物哀しさが滲む。
現に嘲笑の中で瞳は微笑んでいない。
「ふざけるのも大概にして下さい。
その華やかな栄光の裏では、血の涙を流した人をいる。
兄は貴方の跡を継ぐ事を強いられ、人生を潰し
母は、貴方の決め事に息子の将来を涙を流した。
現に苦しんでいた」
「………何故、そんな確定した事を言えるんだ!!」
「………忘れていませんか。高城和久以外に、”もう一人息子が居た事“を……」
英俊は、唖然とする。
あの頃、跡目を継ぐ和久しか見えていなかった。
けれども和久には弟が居て、可愛がると、いつも叱咤していたか。
和久が可愛がる奴が、疎ましく思っていた、その人物は_____
今、己の目の前にいる。
(芳久は、いつも“影”を見詰めてた)
プランシャの跡継ぎとして生きる道しかないと、
父親の愛情のという名の鎖で繋がれる兄の苦悩も、
亭主関白で家庭を省みず愛情に溺愛し、息子に人生のレールを敷き、嘆く姿も。
蔑ろにしていたからこそ、理解らなかっただけだ。
芳久は全て見て解っていた。影に追いやられた身で、
陽の目も同時に見て歩いてきたのだから。
(………ずっと、憎まれてきた)
「私は、ずっと………憎まれてきたのか」
「そうですよ。そうとも知らずに威張る
貴方を哀れに思っていましたよ」
芳久は、即答でそう断罪するかの如く呟く。
今更、気付いても遅い。
「貴方が抗うならば、一緒に高城家を終わらせましょう」
(この穢れた血を終わらせ、絶やすなら、俺しかいない」
この不幸を生む事を出来ない、悪魔の家柄とその生き血を。
ずっと肩を押さえ付けられていた手がするり、と英俊の首にまとわり着いた。
徐々に力が込められていく。
死への拒絶をしても、青年の表情も決意も変わらない。
逃げられないのだ。青年の力のせいか、
それとも恐怖からか微塵も身体は動かない。
「………終わりましょう。
ただ、貴方が向かうのは、地獄です。
俺と再会するとしても、母さんにも、兄さんにも絶対に会わせない」
芳久は、穏やかに微笑んだ。
悲哀の色合いを心の奥底に隠しながら。
最初は、理香だけ主人公だと思い込んでいたのですが
ここまで来ると芳久はもう一人の主人公だったのだと
深くそう思います。




