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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第249話・真実を知った代償


どうして、ここまで落ちぶれてしまったのだろう。

どうして、此処まで穢れてしまったのだろう。


暗闇の中で、

輪廻の様に考えが巡り、蔦の様にまとわり着く。

繭子は留置場の房にて、隅に座り込みながら項垂れた。


髪は艶がなくボサボサとして

肌は荒み皺が縦横無尽にめり込んでいる。

“女社長”という華やかな姿は消え失せ、年相応の女性という印象だ。


しかし

眼はギラギラと光る眼光は鋭く、

面持ちは(やつ)れてながらもやや険しい。

化けの皮が剥がれた、悪魔の様だ。


(全部、理香のせい)


理香が現れた暁には、彼女に奪い拐われた。

26年のあの日、理香を佳代子を奪った事から間違えたのかもしれない。


(アイツは、紛れもなく悪魔の子よ)


取調室。

コンクリートに覆われた、取調室は酷く無機質に見えた。

グレーの囚人服を着、彼女はただ俯きながら何も答えない。

逮捕されたあの日から彼女はただ黙秘権を(つらぬ)いている。



「何故、姉を殺したんです?

そして何故、姪に当たる子供を拐ったのか」

「_____________…………」


もう何も答える気はない。

華やかな人生のレールを歩いてきたと思って信じて止まなかった。


けれども、

あの日、あの憎い女の娘を拐った事自体が、

とんでもない自分自身の人生での汚点だったのだ。

そんな華やかな人生での経歴に着いた汚点を認めたくない。

その存在すらもなかった事にしたい。


(あたしの人生は、理香に壊された)


戻れはしない自身の人生の後悔と懺悔、あの女の娘への耐えぬ憎しみ。




理香の意識が戻ったと連絡を受けた芳久は、何処か安堵感を覚えた。

しかしその安堵感は刹那に崩れ去り、代わりに底無しの闇に落ちる。





理香は半月もの間、意識不明のままだった。

変わらない状態から担当医からは“植物人間として状態も

覚悟して下さい”と宣告を受けた矢先の出来事だった。



だが。





「あの、どちら様、ですか………」


呟きの様な、か弱い声。

いつも見ていた理香の姿、声音、顔付きとは少し違う気がした。

まさか、と健吾は思いながらも“私が解りますか”と冷静に尋ねた。

理香は何処か警戒心を佇ませながら、



「私は________“森本心菜”です」



そのおどおどした、何処か困った様な口調と面持ち。


その理香の呟きに、

健吾は背中に冷水を浴びせられた気がした。


「椎野理香という人は、どなた、ですか」


自分自身が椎野理香、高城理香、という認識も

繭子から逃げてからの記憶も全く記憶していなかった。


「_____私は、森本心菜です」


そう純粋に自分自身を語る娘は、何処か不気味に、

そして初めて“森本心菜”という繭子によって

洗脳された人格に触れた気がした。




「記憶が退行している様です。

精神的なショックを緩和する為なのか……今ではなんともいえないです」


担当医は、理香が、

森本繭子によって拐われた少女だと了解している。

報道規制をかけ、森本繭子が拐ったのは姪であり

実娘は自殺、というスキャンダルの誤認により世間はそう熟知していた。


(…………まあ、その誤認が有難いのだが)



事実上の記憶喪失。

理香は、実母を殺めた女との復讐に捧げていたあの日々を消してしまったのか。

それが母を殺められた真実を知った精神的なショック

の代償。


(…………理香は、森本心菜に戻るつもりなのか………)


理香は、健吾に尋ねた。


「あの、母は今、何処に……」

「貴女のお母様は今、大事な所に居ます」


それしか言えなかった。

森本心菜にとって、自分自身は知らない人。



全てを知った芳久は懺悔と後悔の念に苛まれた。

自分自身の責任放棄しようとした過ちで、

理香は繭子の事に加えて精神的に参ってしまったのではないか。


自分自身の、クズさとゲスさ、身勝手さ。

その心境を客観的に見詰めながら呆れていた。


(こんなの、高城の人間と一ミリも変わらない)

(醜い人間が、理香の傍に居ても良いのだろうか)


風に煽られながら、芳久は思った。



白い部屋。

窓際にあるベッドで、彼女は座り窓際の景色を見詰めていた。

その端正な美麗な横顔と、

凜とした儚さ、ふわりとした鈴蘭の様な雰囲気。

理香にはない、森本心菜の持ち醸し出す柔な花。



恐る恐る、部屋の中に足を踏み入れる。

不意に彼女が此方へ向いた。


復讐心を忘れたその姿は、表情は穏和で柔らかい。

彼女は此方を見てからきょとんとした表情を浮かべ、

(やが)てそして微かに微笑みながら、首を傾けた。


その純粋無垢な微笑みに、芳久は察し悟る。



(彼女は、自分自身を忘れている)


と。そして思ったのだ。


(彼女にとって、

全てを忘れた方が良かったのかもしれない)


そして揺らめいていた迷いが、決心に変わった。



(彼女の為に、消えよう)


ごめんなさい、と

謝罪を加えながら、芳久は彼女の幸せを願いながら。





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