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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第248話・悲哀の覚悟、決断



留置場から出た健吾は、不意に背後を振り返った。

(そび)え立つ留置場は明らかに、異世界の様な佇まいと存在感を残している。


(もう、此処には来る事はないだろうな)


冷たい風に煽られながら、健吾は無表情に見詰めた。

娘を危険な泥の海に突き落とす者はもういない。

それに対する気持ちは、安堵感だと覚える。


留置場に(きびす)を返した後に、健吾は総合病院に向かった。

726号室には【高城 理香】と。


白い個室の

病室のベッドには、娘が安らぎある表情を浮かべ眠っている。

その傍らの椅子に座るあの青年が優しい眼差しを浮かべ、彼女を見守る様に傍にいた。

健吾が病室に入って行くと、芳久は律儀にお辞儀した。


「…………理香は」

「眠っているままです。

先生によると、精神的なショックが影響している、そうです」

「そうか。………そうだよな。疲れたんだろう」


芳久は、目を伏せた。

その瞳に写るのは後ろめたさと心配の色合いが滲んでいる。

話がある、と切り出され、隅に廊下の休憩スペースまで脚を運んだ。

目の前にある背中を見詰めながら、芳久は口を開いた。


「謝らなければならない事が、あります」

「…………なんだ」

「秘密裏に、貴女のお嬢様と入籍しておりました。

僕が言ったんです。契約結婚すれば、復讐がスムーズに事が運ぶかも知れないと」


青年は律儀にお辞儀する。

それはまるで、謝罪を体で表している誠実な物腰だった。

そんな誠実の姿に健吾はやや()を細めながら


「…………解っていたよ」



朗らかに微笑む健吾に、芳久は瞳を目を見開いた。


「そんなに堅苦しくなくてもいい。

君は娘の同僚であり、友人であり、復讐の協力してくれたんだろう?」


芳久は申し訳無さそうに、静かに頷いた。

ただ結婚に関しては実父しか知らない筈だと、芳久の中に疑問符が浮かんだ。


(何処で、悟られてしまったのだろう)


芳久と理香の結婚は、あの料亭で知ってしまった。

何せ提携経営会社同士の会食だというのに何故、

見知らぬ一社員でしかない理香が参加出来るのか、不思議だった。

あの会話の一部始終を聞いてしまった以上、悟る事しか出来ない。

しかし突き付けられた現実に

健吾は、気分を害した、とは思わなかった。


(………自身を犠牲にしても

孤独で薄幸な娘に、協力し傍にいてくれたのだ)


「君が婿ならと良いと、私は反対する気はなかった。

君は理香が消えた時に、心底心配し捜してくれ

身体を張って娘を助けてくれただろう、それに今も理香を見守ってくれている。

私は結婚には大賛成だ」

「………勝手な事をしてしまい申し訳ございませんでした。

そしてご理解して頂き、ありがとうございます」


芳久は頭を下げ、絞り出す様にそう告げる。


「それに私も謝らないといけない。

娘に傍にいる君に不信感を抱いて、身辺調査や後を付けた事を」


芳久は静かに聞いていた後に、ゆっくりと呟く。




「誰かに、後を付けられているというのは解っていました」


朗らかに真剣に、芳久は告げる。


洞察力と警戒心が強い芳久は、

誰かに後を付けられている気配を感じ取っていた。

日常を脅かす者ならそれなりの対処を、感じ取っていたが、

相手を悟った刹那、芳久は知らない、分からないふりをした。


もう必要ないからと健吾は、茶封筒を芳久に渡す。

高城芳久の身辺調査書だ。しかし、次第に芳久の表情は

目を伏せて、その表情は曇り出し浮かない表情を醸し出す。


「………あの」

「………なにかね?」


「僕は、理香さんと居て良いのでしょうか……」

「………どういう事だい?」


芳久を対面する様に、健吾は椅子に腰を下ろした。

芳久は相変わらず浮かない物憂げな表情を浮かべながら



「理香さんは……自分自身をしっかり持っていて、

自分自身の世界や時間を最も大切にする人です。

そんな彼女の時間や気持ちに、割り込んで良いものかと、思い始めたんです。


僕は今までは復讐の為に、協力していた人間でしか過ぎません。

復讐は終わりました。僕は単なる協力者でしかなくて。

彼女が望んだ復讐が成し遂げられた今、僕は傍に居て良いのかと」

「…………そうか」


復讐者と協力者の利害関係人でしかないのだから。

理香の傍に居続けて良いものなのだろうか。


(自分自身の時間を大切に、孤独を好む彼女の弊害にはならないか)


「………君は、どうしたいんだ」

「………理香さんの気持ちに従います。覚悟は出来ていますから。

そして厚かましいですがお義父様には、お願いが一つあります」


青年は手際よく鞄から、

封筒を取り出して、テーブルに差し出す。

その紙切れと青年の心構えに、健吾は(おのの)いた。


「理香が目覚めたら、これを渡してくれませんか」



緑の縁取りが特徴的な紙切れと、白い封筒。

離婚届の夫の欄は既にサイン済みだった。

その離婚届を見詰めている青年は何処か悲哀の表情に満ちている。


解っている。これらは青年の本心じゃない。


(気持ちがありながら、身を引くのか)


思い人がいながらにして、芳久は身を引くつもりなのだ。


(きっと、理香は復讐が始まる前の日常と自身に戻りたい筈だ。

………理香の日常に、俺は要らない)


理香の平穏を、ずっと願っていればいい。

復讐の利害関係が終わってしまえば、理香との付き合いも終わる。

彼女の下す判断に任せるしかないだろう。


芳久は先程、

彼女の華奢な薬指から外した指輪をちらりと見た。



(きっと、高城君の本心ではないだろうな)



迷走の中で健吾は、そう思った。




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